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ペルーの箱型祭壇をめぐる秘話

民博の収蔵品のなかには世界的なお宝がいくつも存在するのは言わずと知れたことだが、最近、その秘宝の列に新たに加わったものがある。「レタブロ」と呼ばれる、ペルーで誕生した箱型祭壇の一つだ。

この小さな箱型祭壇は、新約聖書に綴られたエジプトへの逃避のエピソードをもとにした作品である。箱の内側には、イエスの父ヨセフが、幼子とその母であるマリアを連れエジプトへ逃げる道中の姿が表現されている。イエスの家族のエジプトへの逃避の物語は、西洋の美術作品のなかにもしばしば描かれ、キリスト教世界ではよく知られたシーンである。他方、独特な箱の外形は、ペルーのレタブロ発祥の地であり、この作品の制作者の故郷にあたるペルー南部山岳地帯のアヤクチョの町の教会をモチーフにしている。

この作品は、1989年に民博に収蔵されて以来、作者不詳となっていたが、一昨年、現地の専門家と職人が鑑定した結果、レタブロの父として有名なホアキン・ロペス(1897-1981)の手になるものであることが判明した。ホアキン・ロペスは、1940-70年代を中心に、キリスト教的なテーマだけでなく、ペルー農村の風習を題材にした数多くのレタブロを生み出している。その大半は、首都リマに住む知識人や富裕な収集家の手に渡ったが、その後いくつかの作品は、ペルーの博物館にも寄贈されている。ペルーの民衆芸術家の活動の火付け役ともなった名匠ホアキン・ロペスが残した一連の作品は、2016年に国の重要文化財に指定されている。

専門家によれば、民博に収蔵されているレタブロは、箱の裏側に残された痕跡から判断すると、収集家として高名なホルヘ・トーマスのコレクションであったと考えられるという。その一部が、めぐりめぐって民博にたどり着いたようである。また、調査を進めていくなかで、この作品には姉妹品ともいえるレタブロがペルーに存在することも明らかになった。同じ場面を描いたその作品はいま、ホアキン・ロペスの曾孫が営む小さな博物館で、職人の技と世界観を伝える逸品の一つになっている。

八木百合子(国立民族学博物館助教)



関連写真

エジプトへの逃避を題材にした箱型祭壇(民博収蔵品・標本資料番号H0167920)



ホアキン・ロペスの自宅兼工房を改装して作った博物館(2019年、筆者撮影)