Select Language

インド世界の布 (2021年12月)

(1)多様性と普遍性

2021年12月4日刊行 上羽陽子(国立民族学博物館准教授)

企画展「躍動するインド世界の布」会場(第1章)に掲げられている戸口飾り布「トーラン」
企画展「躍動するインド世界の布」会場(第1章)に掲げられている戸口飾り布「トーラン」=国立民族学博物館で、筆者撮影

わたしたちの社会において、元来、布は人びとと密接した関係にあり、衣服としてだけではなく、人生儀礼における贈与品や神がみへの奉納品、社会運動でのシンボルといった多様な役割や機能を担ってきた。

国立民族学博物館では、1月25日まで企画展「躍動するインド世界の布」が開催されている。展示では、着るだけではない、布の役割や機能に注目し、「場をくぎり、人をつなぐ布」「神にとどく布」「政治をうごかす布」「布がうみだすグローバル経済」の四章に分けてインド世界の布を紹介している。

例えば、場をくぎり、人をつなぐ布では、戸口飾り布トーランが出迎えている。布製トーランは、家屋の戸口に掛けられる飾り布でインド西部の特徴的な刺しゅう布である。

ちょっと変わった下部の形は、ヒンドゥーの五種の神聖な葉のひとつであるマンゴーの葉を模している。垂れ部分は吉数である奇数でつくられている。

マンゴーの葉は、吉祥と豊穣(ほうじょう)のイメージと結びついている。祭りや婚礼などで吉を招くために、紐(ひも)で戸口や仮設会場に張りわたされる。神がみを招き入れる目印であり、空間のくぎりを明示している。

ぜひ、インド世界の布の魅力に触れ、布の普遍的な性質や働きを、展示を通じて感じていただきたい。

(2)神にとどける

2021年12月11日刊行 上羽陽子(国立民族学博物館准教授)

金色の飾りがつけられた布をまとうヒンドゥー女神=インド・グジャラート州カッチ県で2015年、筆者撮影
金色の飾りがつけられた布をまとうヒンドゥー女神
=インド・グジャラート州カッチ県で2015年、筆者撮影

わたしたちは、自分ではどうしようもできない事柄に対して、神に助けを求めることがある。

長年調査をしているインド西部グジャラート州カッチ県に暮らすラバーリーの人びとは、父系集団ごとに異なる女神を崇拝している。かれらは病気治癒や子授け、日々の生活での悩みを女神と交流することで祈願している。

ヒンドゥー教における女神崇拝とは、女神の持つ聖なる力(シャクティ)に、危機的状況を乗り越えるための力があると信じられているため、その力にあやかろう、すがろうとするものである。

ヒンドゥー女神と交流するための宗教行為には、神と視線を交わす、衣装をまとわせる、灯明や供物を捧(ささ)げるなどがある。そのため、女神像には煌(きら)びやかな布が衣装としてかけられ、装身具もつけられている。

人びとは布を神に捧げ、神に布をまとわせ、そしてその布をおさがりとして自身のお守りとしてきた。こういった布は身近なものに結び留められている。

現在開催中の企画展「躍動するインド世界の布」では、このような布の役割や機能に注目をしている。展示の第2章となる「神にとどく布」では、人びとが布を介してどのように神や聖なるものとつながるかを紹介している。

(3)政治的なシンボルに

2021年12月18日刊行 上羽陽子(国立民族学博物館准教授)

紡ぎ車を用いた、ガーンディー・アーシュラム(道場)の立体看板=インド・グジャラート州アフマダーバードで2011年、筆者撮影
紡ぎ車を用いた、ガーンディー・アーシュラム(道場)の立体看板
=インド・グジャラート州アフマダーバードで2011年、筆者撮影

政治活動での揃(そろ)いの服、抗議の横断幕といった布が象徴や意味をのせる乗り物だということは、すでに広く知られている。小さくたたんで持ち運ぶことができる布は、メディアとしての機能を備えている。

イギリス植民地下のインドにおいて、マハートマー・ガーンディーによるスワデーシー(国産品愛用)と呼ばれた民族独立運動の象徴は、手紡ぎ手織り布と紡ぎ車であった。企画展「躍動するインド世界の布」では第3章で紹介している。

紡ぎ車とは、小さな紡錘(ぼうすい)と大きな弾み車とを紐(ひも)で連結したものである。弾み車が1回転すると紐で回転力が伝えられた紡錘は何回転もし、回転力によって撚(よ)りをかけられた繊維が糸になって紡錘に巻き取られる仕組みになっている。

象徴となった紡ぎ車には、携帯可能な組み立て式のものもある。その形態からキターブ(本)・チャルカー(紡ぎ車)とよばれる。コンパクトな構造だが、できあがった糸をからまない綛(かせ)の状態にする綛繰り機まで備わっている。製糸だけではなく、製織までの工程が考えられている。

カーディーと呼ばれる手紡ぎ手織り布は、チャルカーとともに植民地支配からの脱却を実現するシンボルとなった。独立後のインドにおいても愛国主義のシンボルとして政治利用されつづけている。

(4)多色染めへの憧れ

2021年12月25日刊行 上羽陽子(国立民族学博物館准教授)

木版を用いて媒染剤を印捺(いんなつ)した布をアカネで多色染めにする
木版を用いて媒染剤を印捺(いんなつ)した布をアカネで多色染めにする
=インド、グジャラート州カッチ県で2013年12月、筆者撮影

インドの布は大航海時代以降、とりわけ東インド会社がおかれた17世紀から産業革命が進行した19世紀にかけて、ヨーロッパをはじめ、世界各地において熱狂的な流行を巻き起こしてきた。なかでも、注目されたのは、インド独自の媒染染色による多色模様染め布である。

現在は、多色模様染め布が安い価格で手に入るため、染めが特別な技術だとは思われていない。しかし、それは産業革命を経て、工業化によって布を染めることが容易にできるようになったからである。

この布が世界各地で好まれたのは、軽くて薄いにもかかわらず耐久性と保温性を備える木綿布の特徴と、洗濯しても色落ちせず鮮やかな色彩を保ち続ける染色の特徴とを兼ね備えていたからである。

媒染染色とは、染料を媒染剤と結合させることで、色落ちしにくい染色を可能にする染色技術である。異なる媒染剤を筆や木版などで布に塗布すると、その後の一回の浸染(しんぜん)で、染料は異なる媒染剤に反応することから多色染めにも適している。

ヨーロッパでは、布地に多色で模様を染める技術が発達していなかったため、このインド独自の染色技術を長年模索することとなった。

企画展「躍動するインド世界の布」の第4章ではインド産の布のグローバルな展開について紹介している。