白猿ハヌマーン
インド起源の叙事詩ラーマーヤナは、東南アジアの芸能の題材としても広く取り上げられてきた。それらの芸能において、主役のラーマ王子やシーター妃にも増して活躍するのが超能力をもった猿ハヌマーンだ。風神の息子と語られ、空を飛び、巨大な姿に変身し、山をも軽々と持ち上げる力をもっている。
民博の東南アジア展示場には、ミャンマーの人形劇、カンボジアの仮面劇、マレーシアの影絵劇、インドネシアの人形劇に用いられるハヌマーンの人形や仮面が展示されている。マレーシアの影絵劇など、ごく一部の例外を除き、それら東南アジアのハヌマーンに共通する特徴がその白い姿だ。東南アジアの芸能を通してラーマーヤナに親しんだ私は、インドでもハヌマーンは白く描かれるものと思い込んでいた。ところが民博の所蔵資料を見てみると、インドではハヌマーンは白いとは限らない。むしろ白く描かれることの方がまれなようなのだ。確かに、古代インドの詩人ヴァールミーキがまとめたとされるラーマーヤナには、ハヌマーンが白いとは書かれていない。
一体、ハヌマーンはいつどこで白くなったのか。アンコールワットやプランバナンのような石造寺院に彫られたラーマーヤナのレリーフは彩色されていないので、ハヌマーンがどのような色でイメージされていたのかはわからない。文字で書かれたラーマーヤナには、ハヌマーンの色の描写があまりないことを考えれば、そもそも登場人物が鮮やかな色をもつものとして想像されていたのかどうかも確かではない。
しかし、私にとってのハヌマーンは、白い姿でさっそうと登場し、アクロバティックな激しい動きで相手を倒し、ラーマ王子らの危機を救うヒーローである。これは、東南アジアの諸芸能によって育まれたイメージだ。恐らく、あるとき、具体的なイメージをもったラーマーヤナ、すなわち演じられるラーマーヤナが東南アジアで共有されるようになり、その中で鮮烈な白いハヌマーンの像が定着していったのだろう。その伝統は、現代に至るまでラーマーヤナを演じる東南アジアの芸能に生き続けている。