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モノから見る海とヒト 舟や漁具に精神性や美

2022年10月1日刊行
小野林太郎(国立民族学博物館准教授)

東南アジアやオセアニアの島世界では、ヒトの暮らしは海と密接につながりつつ、営まれてきた。そんな人びとの暮らしの中で生まれたモノには、人類が海に適応するプロセスの中で生み出したさまざまな知恵、そして美しさが見え隠れしている。

さて、海の暮らしに欠かせないアイテムに舟がある。オセアニアでは、カヌー本体に平行して1本の浮き木が装着されるシングル・アウトリガーカヌーが主流だ。ミクロネシアのカロリン諸島では、今でもアウトリガーカヌーを使い、荒波を越えて長距離航海をする人びとがいる。


シンプルな漁具のみでサメを釣る男性=南太平洋のソロモン諸島で2012年、門田修さん撮影

海との生活で不可欠な舟やカヌーは、ヒトの「生と死」にも結びつく。東南アジアでは海民として有名なサマの人びとが、レパと呼ばれる家舟(えぶね)に美しい彫刻を施し、住まいとしてきた。一方、先史時代から知られる霊舟や船棺葬の伝統の中では、舟は死者をあの世へと運ぶ道具としても重要な役割を担ってきた。

12月13日まで、国立民族学博物館では企画展「海のくらしアート展―モノからみる東南アジアとオセアニア」が開催されている。そこでは、オセアニア・東南アジアのさまざまなカヌー模型や櫂(かい)などの船具のほか、ユニークな漁や魚たちを豊富な映像と共に紹介している。また本邦初公開となる土製の霊舟や龍頭舟からは人びとの精神世界を覗(のぞ)くこともできる。

この企画展でも注目する、海での暮らしにかかせないもう一つのモノに漁具がある。東南アジアやオセアニアの島世界では、現在も他地域にはないユニークな漁具や漁法が多い。これらはヒトが捕獲対象となる海の生き物の生態や行動を観察し、創意工夫することで生まれた。

夜にカヌー上で松明(たいまつ)をかかげ、明かりに飛び込む習性をもつトビウオを捕獲する網漁や、ココヤシ殻の道具で音を鳴らし、体長数メートルのサメをおびき出して捕獲する釣り漁も、魚との知恵比べから生まれたユニークな漁だ。

そして漁具の中でも美しいプロポーションを誇るのが釣り針だ。オセアニアでは近年まで真珠母貝など太陽の光を反射してキラキラと輝く素材が重宝され、疑似餌としての効果もあった。驚いたことに、貝製釣り針は2万年前ごろにさかのぼる旧石器時代の段階ですでに誕生していたことが東南アジアや沖縄での考古調査で明らかになってきた。中には副葬品として利用された事例もあり、釣り針は装飾品としても認識されていたようだ。

たしかにキラキラと輝く円形のフォルムは、現代人の目にも美しく映る。そうした日常的なモノの美も、やはりアートとして捉えられるのではないだろうか。