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チャビン・デ・ワンタル遺跡、ランソン像の拓本(ペルー)

民博の収蔵品の中には世界各地の土器や彫刻の拓本が数多く存在する。その中でもひときわ目を引くのが、ペルーの世界遺産チャビン・デ・ワンタル遺跡にあるランソン像という石彫の拓本である。この像は、紀元前1000-500年ごろに多くの巡礼者が訪れる神殿として栄えた同遺跡において、重要な神格を表したものとして世界的に知られている。

この石彫は細長く槍(スペイン語でLanza:ランサ)のように見えることから、大きな槍を意味するランソン(Lanzón)と呼ばれ、神殿建築の中に張り巡らされた回廊と称される内部構造の中に安置されている。薄暗く狭い空間の中で急に浮かび上がるように現れる高さ約4.5mの巨大な神像は、今なお訪れる人々に強烈な印象を与え続けている。

図像表現の中心となるのは、巨大な牙をもつネコ科動物の表象であるが、胴体などは人間の特徴を有しており、その末端には蛇や蝙蝠などが複雑に絡み合っている。現地で一見しただけでは、その全体像を把握することは難しい。そこで研究者たちは、ランソン像の展開図を作成して、それを基に図像的な分析を行ってきた。ただし、当然ではあるが、これでは暗闇から現れる石の質感や強烈な印象までを把握することはできない。書籍のページの中にコピーされた展開図では、当時の人々が味わったはずの衝撃など、この像と対面した時の様々な感覚が失われてしまうことになる。

その一方で、民博に所蔵されている拓本は、当然ながら原寸大であり、石彫の図像だけではなく、その石の肌理(きめ)までもが白と黒の強烈なコントラストによって写し取られている。そのため、実物のランソン像のもつ迫力を一層増幅しているような印象すら受けるのだ。展開図といった図面では均一な線として表現される図像だが、実際に見ると刻線が微妙にゆらいでおり、それが巨大な石の質感と組み合わせられたときにある種の視覚的効果を生み出していることがわかる。拓本を前にするとこのようなディテールを分析に組み込むことはできないのかという思いがいつも頭をよぎる。こうしてみると、拓本という媒体は立体の平面化という意味では図面に近いが、図面によって捨象された、実物が感覚に訴える要素を改めて分析に供することを可能にするのかもしれない。

松本雄一(国立民族学博物館准教授)



関連写真

ペルー、チャビン・デ・ワンタル遺跡ランソン像の拓本
(民博収蔵品・標本資料番号H0106469, H0106468)


チャビン・デ・ワンタル遺跡、回廊内に位置するランソン像
(ジェイソン・ネスビット氏撮影)