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南北端で肉をたのしむ/下 主役入り乱れる仰天狂騒曲

2022年12月3日刊行
宮前知佐子(国立民族学博物館助教)

唐突だが、筆者は、「北極航路通過証明書」の所有者である。つまり、北極を通過したことがあるということで、筆者史上最北端の肉食紀行は、航空機の中から、カメラ映像で真っ白な北極を眺めつつ食べたチキンサンドになる。北極点を目指し過酷な冒険を続けた探検家や、気軽な旅行を可能にしたエンジニアたちの努力に思いをはせながらいただく肉は、それはそれでユニークな味わいがあった。だが今回は、南極大陸にほど近いパタゴニアに続き、北極海に面したノルウェーから、忘れられない肉の味をお届けしようと思う。

師走に差し掛かり、日本でもクリスマスの装飾が目を引く。きらびやかなイルミネーションの向こうに、ふとマッチ売りの少女、ではなく、北欧のクリスマスの夕食がよみがえる。ある年の冬、筆者は、ノルウェーの首都オスロを訪れていた。クリスマスツリーはいつもと変わらぬたたずまい。でも、赤い帽子のサンタクロースが何だか変だ。帽子の下は、見慣れた好々爺(こうこうや)の顔ではない。隣に立つトロル(妖精)に似ている。よく見ると、女性や幼い子どもの風体をしたサンタまで並んでいる。

実は彼らは、サンタクロースではない。ニッセというらしい。この時期、街行く人は、「God Jul!(ゴー・ユール!)」と、あいさつを交わす。ユールとは冬至のことで、ノルウェーの年の瀬のお祝いは、キリスト教伝来以前の冬至祭に起源を持つ。準備されるごちそうも、我々のイメージとは、ちょっと違う。地方によっても異なるが、リッベという角煮のお化けのような、分厚い皮付き豚肉のローストが人気だ。ポップコーンのように皮目がはぜるまで焼き上げられたメインの肉。こってりと脂がのった主役を引き立てるのは、なんと、ミートボールとソーセージ。

上:オーブンから出された直後のリッベ 下:迫力の肉トリオ=オスロ近郊で2021年12月、筆者撮影
上:オーブンから出された直後のリッベ 下:迫力の肉トリオ
=オスロ近郊で2021年12月、筆者撮影

肉食女子も、このトリオには仰天した。ハンバーグを優に超えるサイズのミートボールと、縁日のフランクフルトくらい丸々ぷくぷくとしたソーセージ、立派にセンターを張れる主役級の肉たちが、今夜は付け合わせとして前座に徹する。食後は、アクアビットという、ユールのお酒をユールりと傾ける。「消化を助けるため」の習慣だという。そう、豪華な肉の供宴は、まだ終わらない。翌朝のテーブルに、ずらりと並ぶ加工肉の数々。肉祭りの後夜祭もまた肉なのだ。スウェーデン風のクリスマスハムやデンマーク風のレバーパテが、凍(い)てつく大地の上で、肉の狂騒曲を奏でる。

植物が枯れ果てたあとの雪景色を前に、菜食の方が不自然に思えてくる。菜食か、肉食か。知的好奇心とおなかを同時に満たす、決着のつかないテーマを掲げ、さて来年は何を食べよう。