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ラテンアメリカの民衆芸術と日本の民芸(民衆的工芸)

3月9日から5月30日まで特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」が開催される。民衆芸術とは、ラテンアメリカの主要な言語であるスペイン語でアルテ・ポプラルと呼ばれるもので、民衆がつくる洗練された手工芸品を意味する。展示場にならぶ焼き物、木彫、人形、仮面、布、刺繍などを見ると、「民芸品」という言葉が思い浮かぶかもしれない。しかし特別展ではその言葉はあえて避けた。それには理由がある。

「民衆芸術」という言葉が広まる一つのきっかけは、1920年代にメキシコ人美術家のヘラルド・ムリージョがメキシコ各地の手工芸品の芸術的価値を讃えるためにこの言葉を使ったことである。当時のメキシコは、革命による社会変革を成し遂げたばかりで、新しい国にふさわしい国民文化の育成のために、手工芸品を民衆芸術として振興する政策を打ち出した。一方「民芸」は、周知のごとく、日本の思想家の柳宗悦が、同じ1920年代に「民衆的工芸」の略語として提唱した言葉である。日用の雑器のもつ「用の美」を評価し、その価値を普及させる目的で「民芸運動」が展開された。その後1960年代〜70年代と、2000年以降の「民芸ブーム」をへて、現在、民芸は地域の伝統にねざす手工芸品として理解されている。

民衆芸術と民芸の大きな違いは、美術概念との関係にある。ラテンアメリカでは、民衆芸術という表現の前提として、手工芸品は美術と呼ぶに値する美しさをもつという主張が存在する。それに対し柳は、工芸と美術は「美の都にいたる二つの道」と表現し、民芸の美しさは、西洋の美術には還元できないという立場をとった。この差は、西洋文明に対する距離感がラテンアメリカと日本とでは異なっていることの表れかもしれない。ラテンアメリカの人びとの中には、西洋文明を容易に相対化できず、自分たちの文化的独自性は西洋の枠の中で追求せざるをえないと感じる者がいるのである。民衆芸術の背後にはそうしたアイデンティティを巡るある種の葛藤が隠れていることを頭の片隅において、特別展を楽しんでいただければ幸いである。

鈴木紀(国立民族学博物館教授)

関連ウェブサイト

国立民族学博物館 特別展「ラテンアメリカの民衆芸術」



関連写真

写真1 メキシコのオリナラ集落の漆器(個人蔵。特別展に出品)


写真2 メキシコのサンマルティン・ティルカヘテ集落の木彫(個人蔵。特別展に出品)