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アンデス高地の味、モンドンゴ 高低差が生んだ週末料理

2023年3月4日刊行
松本雄一(国立民族学博物館准教授)

だいぶ前に朝食を抜いたほうが体の調子がよいと友人から聞いて実行してみたことがある。確かに眠くなりにくく、体も軽い気がしてしばらく続けていた。しかし、アンデス高地における調査ではこれは全く通用しなかった。

筆者が2007年から考古学調査を続けているペルー共和国のビルカスワマンという町は、標高約3500メートルに位置している。インカ帝国期(紀元後1400頃~1532年)の遺跡で有名な町だが、3000年前の神殿遺跡も確認されており、古くから人々が集まる場所であった。

出来立てのモンドンゴ
出来立てのモンドンゴ
=ペルーのアヤクチョ州ビルカスワマンで2022年9月16日、筆者撮影

昼夜の寒暖差が非常に大きく、昼は激しい直射日光にさらされるが、夜と朝は凍えるように寒い。この環境では朝は何か温かいものを口に入れなければ全く体が動かない。せいぜい15分くらいのはずの遺跡へ向かう上り坂に全く太刀打ちできないのだ。朝は紅茶にラム酒を入れて飲むといいと聞いて実行したところ、ものの見事に気分が悪くなって座り込んだ。パンと砂糖入りコーヒーが命綱であった。

そんなある日、家主の奥さんがごちそうしてくれた朝の料理は私の大好物となった。白濁したスープに、刻んだミントとネギが散らしてある。大量のトウモロコシと崩れるまで煮込まれた羊の肉と内臓が入ったスープは、疲れていた体に優しく染み渡った。モンドンゴとよばれるこのスープは、週末に家族が集まって食べる朝食に供される特別な料理であり、前日の夜に、チョクロと呼ばれる白いトウモロコシと、家畜の肉や内臓を塩とともに一晩中とろ火で煮込むのである。

ここで使われるトウモロコシは、日本ではジャイアントコーンとして知られているもので、ゆでるとホクホクとした食感で甘くない。夢中でおかわりをしながらはたと気づいた。この高度でトウモロコシは栽培できないはずである。

聞けば一家は、ここから馬で数時間の、高度が低い場所にトウモロコシ畑を所有しているという。高低差の激しいアンデスでは、比較的狭い地域内に多様な環境が併存している。標高の高い場所で放牧された家畜の肉と、低い場所で栽培されたトウモロコシのコンビネーションは、今は貧困に苦しむ人々の多いアンデス高地が、実は潜在的に豊かな場所であることを教えてくれる。遠い昔に、人々が巨大な神殿をこの地に建造したのも多様な環境を活用できるその豊かさが理由の一つなのだ。

週末の料理のはずが、調査中奥さんは折に触れてモンドンゴを作ってくれた。そのたびに遺跡へと上る気力がわいてきたものである。昨年の調査を終えて私が町を離れる日にも、やっぱりモンドンゴをふるまってくれた。この味を忘れる前にまた行こう。