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狩猟からみた「人間らしさ」 仲間とつながり、増す喜び

2023年7月2日刊行
池谷和信(国立民族学博物館教授)

私は、この40年間、東北地方のマタギから始めて世界各地のハンターに参与することを通して「人間にとって狩猟とは何か」を研究してきた。滞在先は、アフリカのサバンナ、アマゾンの熱帯林、ベーリング海、熱帯アジアの森と山など、地球の多様な自然環境を代表するような場所である。そこには、クマ、サル、クジラ、イノシシなど対象とする生き物は異なるけれども、弓矢、槍(やり)、吹き矢、罠(わな)、銃などの技術や知恵を駆使して狩猟をおこない、動物とかかわる人びとの生きざまがあった。なかでも、今から30年も前になるが、アフリカでの狩猟の一場面が忘れられない。

そのとき、見渡す限り灌木(かんぼく)と草原が広がるなかに1頭のゲムズボックが立ち止まり、数頭の犬が獲物を取り囲んでいた。獲物は、長さが1メートルを超える2本の角を持ち、背丈が1メートルを超える大型のカモシカの仲間だ。犬はといえば、前や後ろから動物に向かって吠(ほ)えているもの、なかには背を向けているものもいる。そして獲物が犬に向けて角を振りまわすので、犬は近づけない。私は動物の攻撃で負傷して死んだ犬もいるのを知っていたので緊張が走る。猟師3人は、鉄製の刃を棒先につけた槍を投げるチャンスをうかがっていた。

カラハリ砂漠に暮らすサン人による狩猟場面=ボツワナで1987年11月、筆者撮影
カラハリ砂漠に暮らすサン人による狩猟場面
=ボツワナで1987年11月、筆者撮影

そして1人が、1回目の槍を投げる。獲物は、最初に見つけられたときと同様に走り出した。同時に犬や猟師も私もそのあとを追う。道なき草原でのマラソンのようだ。まもなく犬が追いつくと獲物は立ち止まった。その場所で猟師は「獲物は疲れている。(私に対して)近づくな。近づくと逃げ出してしまう。犬は、まだかみついていない」と言った。その後、獲物はまた逃げるが犬や人も追いつき、4回目の槍でようやく動物はひざまずいた。2頭の犬の腹からも血がでていたことが、格闘のすさまじさを物語っていた。

ところで、どうしてここまでして人は動物を獲得したいのだろうか。まずは、おいしい肉を食べたいという望みがある。このゲムズボックは、現地の人びとにとって3番目においしいといわれる肉を持つ動物だ。鉄鍋で煮込んだ肉はたしかに赤身も脂も美味であった。つぎに、動物を得るために、走るのはつらいが楽しいという側面があるのではないか。現に私は、動物を探すところから追いかけて仕留めるところまで、たえず予測がつかずに夢中になってしまった。最後に、この猟は1人ではできない。追う、槍を投げる、獲物を解体する、集落まで肉を運ぶなど、犬たちを含めて皆の協力が必要だ。そこにつながりが感じられ、楽しさや喜びが増すのではと思われる。

このようにサバンナでの狩猟の一場面であるけども、肉を求める心、挑戦する楽しさ、人や犬との協力という「人間らしさ」の原点をみることができる。