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持続可能な文化財保存・活用を 変容する社会のなかでの博物館

2023年8月6日刊行
園田直子(国立民族学博物館教授)

博物館など文化財の保存や活用に携わる施設を取りまく社会状況は、ここ半世紀で大きく変化した。環境問題が文化財の保存を考えるうえで、避けて通れないものになったのである。とくに影響を与えたのがオゾン層保護と地球温暖化の問題である。

オゾン層とは、地球の大気中の高度約10~50キロの成層圏をさす。オゾン層が太陽からの有害な紫外線を吸収することで地上の生態系を守っている。特定の化学物質がオゾン層を破壊することが指摘されており、日本で文化財の殺虫燻蒸(くんじょう)剤として広く使用されていた化学薬剤の生産と使用が2004年末に全廃となったのを受け、博物館における生物被害対策は、予防措置を重視する方向に大きく舵(かじ)を切った。

みんぱくで展示されている、つくりもんまつり野菜一式飾り「蘭陵王」という資料。空気を窒素に置換して密閉する「低酸素濃度処理」の処理前(左)と処理中(右)の画像
みんぱくで展示されている、つくりもんまつり野菜一式飾り「蘭陵王」という資料。空気を窒素に置換して密閉する「低酸素濃度処理」の処理前(左)と処理中(右)の画像=2014年8月、筆者撮影

総合的有害生物管理の考え方に基づき、身近なところから生物被害への意識を高める。展示場や収蔵庫を清潔に保ち、生物被害を受けにくくする。文化財への目配り、点検を怠らず、被害の早期発見につなげる。被害が発生した場合は、害虫の種類、被害の規模、文化財の材質、展示や保管の状況、さらには処理に要する時間や費用などを考慮し、処理方法を選択する。化学薬剤に頼らない処理方法としては、材質への適用範囲が広く大量処理が可能な二酸化炭素処理、温度を利用した高温処理や低温処理、酸素欠乏状態をつくりだす低酸素濃度処理などがある。みんぱくでは、展示場から移動することが難しい資料を対象に、03年に木造漁船の高温処理、14年に一式飾りの低酸素濃度処理を実施した。

地球温暖化により、温室効果ガスの排出量削減への取り組みが求められている。日本は、電力やガスなどのエネルギー需要の大半を化石燃料に依存しており、エネルギー消費は地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出に直接、結びつく。博物館では、いかに持続可能な方法で資料の展示・収蔵環境を維持できるかが問われている。エネルギー消費量を削減する方法としては、温度や湿度の制御方法の見直し、建物の物理的構造の改善、再生可能エネルギーへの置き換えなどが検討されている。

そのようななか、新型コロナウイルス感染症が発生し、日本では「密閉」「密集」「密接」の回避が呼びかけられた。このうち、「密閉」は、室内環境の整備に関わる。節電を意識しながら適切な環境の維持に努めていたところに、換気(外気取り入れ)の徹底という新しい要素が加わったのである。外気を多く取り入れると、温度や湿度を調整するために多くのエネルギーを消費せざるを得ない。そして、昨今の世界的なエネルギー価格の高騰は、この問題をさらに深刻化させている。

変容する社会のなかで、博物館は、環境問題にも配慮しながら、文化財の保存と活用の両立を図っている。