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神がみとの絆を取り戻す ヒンドゥー教祭礼、熱狂再び

2023年10月1日刊行
三尾稔(国立民族学博物館教授)

例年8月半ばから9月初めごろ、北インドではジャナムアシュタミーという祭礼が挙行される。宇宙の秩序の護持を司(つかさど)るヴィシュヌ神の化身として生まれ、魔王を滅ぼしたクリシュナ神の生誕を祝う祭礼である。長年調査に訪れているラージャスターン州ウダイプル市はクリシュナ信仰が盛んで、数ある神の祭礼の中でも特に熱心に祝われてきた。

クリシュナは魔王の追及を逃れ、養父母のもとにかくまわれる。幼いころのクリシュナは天真らんまんだった。祭礼では幼子クリシュナの像にきらびやかな衣装を着せ、好物の菓子を食べさせたり、ブランコ遊びをさせたりして慈しむ。また好物の一つのバターを食べ過ぎぬよう手の届かないところに置いたつぼを、子供たちを集めて人間ピラミッドを組んで取り、中身を食べたという逸話を近隣の人びとが集まって再演する。さらにその2週間後には人間の赤子と同様に初めて人前でもく浴させる。ウダイプルではカーストごとの寺院から幼子クリシュナ像を乗せたみこしを出し、湖でもく浴をさせる。盛大な行進の途中では演舞をし、色粉を掛け合って幼子の無事の成長を祝う。

神像のもく浴のため像を頭に乗せて運ぶ女性=インド・ラージャスターン州ウダイプル市で2022年8月、筆者撮影
神像のもく浴のため像を頭に乗せて運ぶ女性
=インド・ラージャスターン州ウダイプル市で2022年8月、筆者撮影

これらの行事は参加者が神話の一部に加わって再演する形で行うという点で、ヒンドゥー教祭礼の典型と言える。像に実際に着付けをし、食事を像の口につけ、もく浴で本当に水をかけるなど、神の宿る媒体である神像に具体的に働きかける点にはヒンドゥー教の神と人との関係の特徴が表れている。人びとは幼子の養父母や友人であるかのようにクリシュナに関わり、誕生を祝い、悪を滅ぼした神の力に与(あずか)ろうとする。

COVID―19が何度も流行した2020年からの2年間、多人数が参加し、神像に触れるような祭礼はインドでは固く禁じられた。苦難のなか人びとが神との絆を最も求めるときに、神との伝統的な関わりが禁じられてしまったのである。

病の流行が収まり、祭礼は昨年からこれまでどおり開催されるようになった。それに合わせ同地を再訪してみると、2年の禁止を経たあとの熱気は高く、つぼ取り行事の観衆は以前に倍する勢いだった。またもく浴の行進での演舞では「やり方を忘れた」と言いながら楽しそうに行う姿が多数見られた。

コロナ禍で命を失った人や後遺症に苦しむ人もいる中でも新しい日常を築いてゆかねばならない。熱狂的に祭礼に没入する姿からは、神との絆の復活が、平穏な日常をかみしめる貴重な機会となっているように思えた。

みんぱくで開催中の特別展「交感する神と人」ではヒンドゥー教徒が神がみと五感を通じて交流する姿を多数の資料や映像で紹介している。足を運びご覧いただければ幸いである。