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世界に1台しかないタイプライター

みんぱくには、世界に1台しかないタイプライターがある。今年(2024年)創設50周年を迎えるみんぱくの初代館長梅棹忠夫先生が日本語を書くために開発した電動の縦がきカナかなタイプライターである。現在も本館3階の梅棹資料室に、姉妹品の横がきカナかなタイプライターとともに大切に保管されている。

英文タイプライターでは、キーを平うちするとアルファベットの小文字が、シフトキーを押しながらキーを押すとアルファベットの大文字がうてる。キーに連動したハンマーの先にはアルファベットの小文字と大文字が2段に刻印されており、シフトキーを押すとキャリッジがあがり、大文字をうつことができる。

梅棹先生は、ひらがな、カタカナ、ローマ字を1台でうてるタイプライターを、ブラザー工業株式会社の協力のもと、開発した。キーの数は56、シフトは3段。ハンマーの先には、ひらがな、その上にカタカナ、さらにその上にローマ字、数字、記号が、3段に分けて刻印されている。すなわち、平うちでひらがな、シフトキーを押しながらキーをうつとカタカナ、シフトキーを2つ押しながらキーをうつとローマ字(大文字)、数字、記号がうてる。しかも、縦がきカナかなタイプライターでは、ハンマーの先の活字は、紙の上で横向き(左90度)になるように配置されているため、左から右にうっていくと、文字は上から下に縦がきになる。数字は漢数字、ローマ字は大文字、これらも縦に並ぶ。日本語の文章を、漢字を用いず、わかちがきで書くのである。言葉でいうのは簡単だが、シフトを2段から3段にする工夫や、縦に読みやすく味わい深い一文字一文字のデザインなど、その開発には多くの努力があっただろう。

いま、わたしたちは漢字をふくむ日本語の文章を何不自由なくパソコンで書いている。しかし、1980年代にワープロ(後にパソコン)が開発されるまでは、日本語で書類や手紙を作成するにはもっぱら手書きに頼るしかなかった。和文タイプライターもあったが、その仕組みは英文タイプライターとは異なり、文字をキーで対応するのではなく、いくつもの活字箱から適切な文字を探しだし、一文字ずつ打ち込んでいくという、特別な技能が必要な機械であり、ごく限られたひとしか使いこなせなかった。

梅棹先生は、ローマ字にくらべて文字の数が多い日本語をタイプライターにのせる方法として、漢字かなまじりの日本語がうてる機械が登場する前に、漢字を使わないで日本語をかくことを考えたのである。

園田直子(国立民族学博物館教授)



関連写真


電動式の縦がきカナかなタイプライター(筆者撮影、梅棹資料室、2023年)



ハンマーの先に刻印されたひらがな、カタカナ、記号など(筆者撮影、梅棹資料室、2023年)