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大衆演劇が受け継ぐ伝統 新春の祝福芸、三番叟

2024年1月7日刊行
鈴木昂太(国立民族学博物館助教)

あけましておめでとうございます。日本では新年を迎えると、どうしてもこのように「おめでとう」と挨拶(あいさつ)をしてしまう。

正月におめでとうと祝福する慣習は、古くから存在していたと考えられている。鎌倉時代には、正月に家々の座敷や門口(玄関先)でめでたい祝いの言葉を述べ、その年の幸福を予祝してまわる千秋(せんず)万歳(まんざい)という芸能者が活動していた。こうした新年の祝福芸は、現在も万歳や春駒、松囃子(ばやし)、獅子舞など一般の人々による民俗芸能として各地で舞い継がれている。

橘小竜丸劇団鈴組2023年正月公演=静岡市清水区の清水ヒカリ座で2023年1月1日、筆者撮影
橘小竜丸劇団鈴組2023年正月公演
=静岡市清水区の清水ヒカリ座で
2023年1月1日、筆者撮影

さまざまある日本の祝福芸のうち、全国で広く多様な形態で舞われているのが、三番叟(さんばそう)(三番三)である。もともと三番叟は、天下泰平(たいへい)・五穀豊穣(ほうじょう)を祈禱(きとう)する能の「翁(おきな)(式三番)」のうち千歳(せんざい)・翁に次いで3番目に出る舞のことであった。その後江戸時代以降には、能の「翁」を基に翁よりも三番叟を中心として新たに創作された三番叟物が発展した。これらは、主に歌舞伎・邦楽・人形浄瑠璃の曲目として、正月のみならず劇場のこけら落としや顔見世興行など慶事に際し、祝言として現在も演じられている。こうした祝禱(しゅくとう)性から、二つの系統の三番叟は地域社会に受容され、寺社の祭礼でも舞われることが多い。

このような三番叟は、古典芸能・民俗芸能の世界だけでなく、大衆演劇でも舞われている。大衆演劇は、全国を興行して回る旅芝居の一座による、娯楽性豊かな演劇である。現在120ほどの劇団があると言われ、主として下町の小劇場や地方の健康ランドなどで上演されている。演者と観客の距離が近く、迫力ある芝居と華麗な舞踊・歌謡ショーを安価で気軽に楽しめるのが魅力である。

大衆演劇の劇団は、正月三が日の公演で三番叟を演ずることを慣例としている。人数や衣装、振り付けなどの演出は劇団により違いがあるが、新年を寿(ことほ)ぐという儀式性を残している点は共通している。筆者が拝見した橘小竜丸劇団鈴組の三番叟では、舞台の中央奥に祭壇が設けられ、太夫元、座長はじめ5人の役者が登場した。彼らは、日の丸剣先烏帽子(えぼし)に鶴の模様の素襖(すおう)、若松の袴(はかま)と、伝統芸能の三番叟物を踏まえた衣装を着ている。謡の入った邦楽の録音テープに合わせ、前半は袖を翻し足を上げて躍動的に舞い、後半も直面(ひためん)のまま鈴を振り上半身を大きく反って軽妙に舞う。儀礼性を残しつつエンターテインメント性豊かな舞踊へ昇華しているのが、大衆演劇の三番叟の特徴といえる。

このように日本では、新年を祝い寿ぐ感覚を基にさまざまな祝福芸が発展した。それらは、ジャンルや都鄙(とひ)を問わずあらゆる場所で多様な形態で演じられている。来年の正月には、皆さんも見に行きませんか。