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ルーマニアの陽気なお墓

ルーマニアには世界にただ一つしかない墓地がある。「陽気なお墓」と呼ばれる。サプンツァ村にあるルーマニア正教会の教会を取り囲むように、色鮮やかな墓標が何十本も立ち並んでいるのだ。今から数十年前、ヨン・スタンクというひとりの大工が、村人が亡くなるたびに家族から依頼を受けて、故人の人柄を表す言葉と絵で墓標を彩ることを始めた。一本また一本と墓標が増えて、今では墓地を埋め尽くすようになった。

死と別れというのは人生の中でもっとも意義深い瞬間だ。もちろん誕生と出会いもまた同様である。ただ、誕生とは異なり、死においては死に行く人の意識とそれを見送る人の意識とが交わりあう。死に行く人は己の人生を振り返り、また見送る人も死に行く人の思い出をかみしめる。平和と静寂のうちに、この瞬間を経験できる人は幸せだ。暴力によって引き裂かれ、失われる命ほどむごいことはない。今この瞬間にも、ガザでウクライナでミャンマーで暴力によって多くの命が失われている。あるいは自然の猛威という暴力でも命は失われる。

色鮮やかな墓標によって、繰り返し繰り返し残された人に想起される幸せ。なのに現代の日本では墓石が疎まれ、邪魔者扱いされている。墓じまいは現代人のもっとも気の重い仕事だ。

ルーマニアの「陽気なお墓」は、我々になにを語りかけるだろう。

新免光比呂(国立民族学博物館教授)



関連写真


展示場を飾る陽気なお墓(筆者撮影、1995年)



墓地に林立する墓標(筆者撮影、1995年)



陽気なお墓と花束と(筆者撮影、1995年)