Select Language

つきあいから生まれる情熱 よそ者が伝える水俣病

2024年3月3日刊行
平井京之介(国立民族学博物館教授)

熊本県水俣市に水俣病センター相思社(以下、相思社)という一般財団法人がある。名前から想像がつくように、水俣病被害者を支援する目的で1974年に設立された団体であり、現在は、併設する水俣病歴史考証館という展示施設を中心に、水俣病を伝えることを主な活動にしている。

私は、2004年に初めて水俣を訪れ、水俣病歴史考証館を見学し、職員から相思社の活動について説明を聞いた。このときの滞在はわずか数時間だったのだが、私はたちまち相思社の魅力に取り憑(つ)かれてしまった。いろいろある中でも一番の魅力は、職員の水俣病を伝えることに対する情熱である。まじめに、誠実に、水俣病を伝えようとする彼らの情熱とは何なのか、それはどこから来るのかを知りたいと強く思った。

無病息災を祈って龍の下をくぐる女性と子どもたち=中国安徽省和県で2009年、筆者撮影
水俣病歴史考証館で展示解説する相思社職員
=熊本県水俣市で2015年10月、筆者撮影

当時、相思社には、20代から50代までの常勤職員7人がいた。全員が東京や大阪から移り住んだよそ者である。彼ら自身は被害者ではないし、家族に被害者がいるわけでもない。そんな彼らが展示場で水俣病や水俣について解説をはじめると、話は熱を帯び、全身にエネルギーが満ちあふれていく。話題にする被害者が彼らに憑依(ひょうい)しているのではないかと思えることもあった。

翌年、私は相思社に半年間滞在し、ボランティアとして職員と一緒に働きながら、彼らの水俣病を伝える活動について本格的な調査を開始した。以来、これまでに水俣での滞在は計23カ月に及ぶ。

これまでの研究で、次のようなことがだんだん分かってきた。相思社の水俣病を伝える活動の基礎には、被害者との「つきあい」がある。彼らのいうつきあいとは、おしゃべりすること、相談にのること、手伝いをすること、気にかけること、といった日常的な交流のことである。そうしたなかで彼らは、被害者の深い悲しみや耐えがたい苦しみ、逆境のなかで生きるための工夫などを学ぶ。これらは、被害者と生活を共にし信頼関係を結んだ彼らだからこそ知り得ることである。現代社会のあり方を考えていくうえで重要な経験や知識であり、自分たちがそれらを拾い上げて紹介しその価値を訴えていかなければならない。そんな使命感が、彼らの水俣病を伝える情熱の根源にあるのではないか。

さて、国立民族学博物館は、3月14日から6月18日まで、企画展「水俣病を伝える」を開催する。これは、私のこれまでの水俣での研究成果を展示を通じて発信しようというものだ。論文とは違う、展示だからこそ伝えられることもあるだろうと期待している。

相思社の水俣病を伝える情熱についての私の説明に説得力があるかどうか、ぜひ企画展に確かめに来ていただきたい。