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流行から見えた文化の違い ウズベキスタンの「て」

2024年6月2日刊行
寺村裕史(国立民族学博物館准教授)

日本とウズベキスタンの共同発掘調査隊が2017年、同国サマルカンド市近郊にあるカフィル・カラ遺跡から長方形の木彫りの板絵(縦約1・1メートル、横約1・3メートル)を見つけた。出土品は炭化していたものの、浮き彫りの図像ははっきりと判別できた。欠損がほとんどみられず、これほど完全な形で発見されたのは、ウズベキスタンでも初めてのことである。

木彫板の中心に描かれていたのは、ゾロアスター教の女神「ナナ」だ。4~7世紀ごろを中心に、シルクロード交易で活躍したソグド人の間で信仰されていた。ナナの周りにはさまざまな供物や楽器を携えた人物群像が表現されており、当時のソグド人の文化や宗教観を知ることができる重要な資料といえる。この発掘現場に立ち合えたのは、筆者にとっても貴重な経験だった。

「セーブル」店舗内に並べられている「て」がデザインされたスマホケース=ウズベキスタンのサマルカンドで、筆者撮影
「セーブル」店舗内に並べられている「て」がデザインされたスマホケース
=ウズベキスタンのサマルカンドで、筆者撮影

さて、「ナナ」といえば筆者にはもう一つ、出合いのエピソードがある。「ウズベキスタンで『て』のロゴがはやっているらしいですよ」。職場の同僚に教えてもらったのは、1年半ほど前のこと。実はこのひらがなの「て」のように見えるデザイン、同国トライアスロン連盟のオタベク・ウマロフ会長が19年に創設した「7SABER(セーブル)」というスポーツブランドのロゴで、数字で運勢を占う「数秘術」で「勇気」と「意志の力」というスポーツ哲学を意味する数字の「7」を表したものだそうだ。

考古学の発掘調査のため、毎年のようにウズベキスタンに渡航していた筆者も、「て」の流行を全く知らなかった。話を聞いてから、一度は実物を見たいと思っていたところ、23年9月になって以前からお世話になっていた国際協力機構(JICA)青年海外協力隊として現地に駐在する方から「サマルカンドにもセーブルの直営店がオープンしましたよ」と教えてもらったため、さっそく店を訪ねてみた。

実際に行ってみると、店の前には巨大な「て」の看板が掲げられ、店内も「て」がデザインされた商品で埋め尽くされていた。Tシャツやパーカーなどの衣服だけでなく、靴やスマホケース、水筒に至るまで「て」がデザインされているのには驚かされた。日本人からすると、どう見てもひらがなの「て」にしか読めないが、現地の人にとってはあくまでも縁起の良い数字の「7」のデザインであるところに、言語や文化のギャップがあって面白い。

筆者の名字が「てらむら」だからだろうか。なんだか商品に呼びかけられているような気持ちになり、背中全面に大きく「て」がプリントされたTシャツを自分用に購入してしまった。もしも日本国内で「て」のTシャツを着ている人物を見かけたら、それは筆者かもしれない。