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文化遺産と観光の折り合い 高地アマゾンでみた課題

2025年4月7日刊行
関雄二(国立民族学博物館長)

ここ5年ほど、南米ペルー北東部に位置するアマソナス州で、国際協力機構(JICA)による観光分野の技術協力プロジェクトに携わってきた。目指すのは観光の大衆化を表す「マスツーリズム」ではなく、住民が自主的に管理運営できる持続的な観光の実現である。

アマゾン上流域の雲霧林の中に点在する村々で観光資源を調査し、保存や利用の仕組みを住民とともに作り上げてきた。とりわけ、長い時間をかけ、時に自然と一体となってできあがる文化的景観に注目した。

その過程で選んだ場所の一つがハルカ地区であった。ここには文化遺産の利用における課題が凝縮されていた。拠点は海抜約2800メートルもの高地に位置するハルカ・グランデ市にある。

熊の子フアンの踊り=ハルカ・グランデ市、2024年3月14日 関雄二撮影
ペルーのハルカ・グランデ市に伝わる熊の子フアンの踊り
=同市で2024年3月、筆者撮影

ハルカ・グランデの近郊には、インカによる征服前に栄えたチャチャポヤ文化を代表するオヤペ遺跡があり、観光資源としての潜在性も高い。一方で、遺跡の頂上には十字架が据えられ、ハルカの人々は、今でも5月に開催されるカソリックの祭礼「十字架の祭り」で祈りを捧げている。古代から今日に至るまで、住民が宗教や世界観を変貌させながらもこの場所を利用してきた点で、文化的景観の枠組みにもぴたりとあてはまる。

しかしオヤペを管理するペルー文化省は、この場所を遺跡としてしか認定せず、保存の妨げとなる行為を認めていない。このため現代の祭礼を組み込んだ観光の実現は容易ではない。同じラテンアメリカでも、ピラミッドがそびえるマヤ遺跡で、マヤ先住民による儀礼を公認するグアテマラとは大きく異なる。

ハルカ地区の住民にとってもう一つ大切な存在が熊である。古くからの説話に「熊の子フアン」がある。熊に連れ去られたハルカの女性が産んだ男児フアンにまつわる話で、ハルカ・グランデの教会や鐘塔はフアンが築いたという。塔の壁面には、熊の姿をしたフアンのレリーフがはめ込まれていた。2021年の地震で塔が崩壊すると住民は嘆き、再建を強く要望した。

この話にまつわる踊りもある。私たちは説話に沿った観光ルートを設定し、こちらは文化省にも公認してもらった。ところが、踊りについて疑問を呈する観光業界関係者が現れた。踊りには、洞窟から母親とともに逃げたフアンを捕らえようとする父親熊をハルカの人々が暴力的に追い払う場面があり、動物愛護の精神に反するというのである。踊りの変更を受け入れるかは住民が決めることであろうが、グローバル化で広がる人権、環境、動物愛護などへの一般的な価値観が、世界各地の伝統文化にも影響を及ぼそうとしている一例であろう。

果たして、文化遺産の多義性は認められるのか、地域の文化的景観は世界的価値観の潮流と折り合えるのか。今後も注視していきたい。