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インド北東部フィールドワーク、相棒は小さな口琴

インドとミャンマーの国境周辺には、ナガというモンゴロイド系の山岳民族が暮らしている。現在、ナガの意匠文化に関する調査のため、滞在中のインド北東部ナガランド州からこのコラムを執筆している。ナガの人びとの日常では、さまざまな場面で音楽が欠かせない。そのため、コミュニケーションの一つの手段として、調査のたびに楽器を携帯している。今回の相棒は、小さな口琴である。

口琴という楽器をご存知だろうか。「ウワ、ウワ」「ビヨヨーン」など、効果音として用いられることも多く、音色を聴けば「ああ、これが口琴か」と納得される方もいるかもしれない。ユーラシア大陸を中心に世界各地の民族に見られ、愛好家も多い楽器である。その構造は枠と弁からなり、枠を唇や歯で挟み、指で枠あるいは弁の先端を弾くことで、弁が振動し、気流を伴って発音する。さらに、口腔内で共鳴した音を、顎や舌を動かし、息を調整することで、音高や強弱、そして何よりも音色を変化させて楽しむ。
その形状と奏法から、板状の枠をもつ口琴(写真1)と、金属製の棒状の枠をもつ口琴(写真2)に大別することができる。板状の口琴は、竹や木、骨、金属などのさまざまな素材で製作される。東南アジアなど金属加工技術が発達した地域には金属製が、竹が自生する地域には竹製が見られるなど、素材や制作技法、意匠にも地域性が表れている。

ナガが使う口琴は、板状の枠をもつ竹製である。枠を直接弾くのではなく、アイヌのムックリのように、先端についた紐を引っ張って振動させる(写真3)。かつては、冬季に限り、女性たちが二人一組で演奏する慣習があった(写真4)。しかしながら、現在ではナガのほとんどの地域で、この口琴を演奏する文化はすでに消滅してしまったようだ。
今回の滞在中、唯一探し出せた演奏者が、州南部ヴィスウェマ村に暮らす76歳の女性、ノクレさんであった。幼少期に祖母から譲り受けた口琴で、「森での狩猟」や「米搗き」の情景を次々と演奏してくれる(写真5)。そして、「今はもう、口琴の作り手も、一緒に演奏する人もいなくなった」と語る。そこで筆者が持参したベトナムの金属製口琴ダン・モイを取り出すと、その形状やカラフルな竹製の収納筒に興味津々の様子である。直ちに、ノクレさんのリズムや音色を筆者が真似ながら、二人による即席のセッションが始まった(写真6)。

現在、みんぱくに常設展示されている口琴は数点に過ぎないが、研究者たちが世界各地で収集してきた口琴は、「標本資料目録データベース」から確認することができる。そこで「口琴」と簡易検索するだけでも、130点以上が表示される。
調査前に、みんぱくの収蔵庫に眠っていた口琴を手袋越しに触って眺めながら、音を出してみたいという欲求に駆られた。だが、それは叶わない。博物館に収蔵された時点で、楽器は演奏のための生命を終え、言わば「死蔵」となる。とはいえ、楽器は各時代の需要に応じて改良されたり、社会が変化する中で時に淘汰されたりするものである。みんぱくが存続する限り、収蔵された楽器は、収集当時の形状や製作技術を伝える貴重な歴史資料としての役割を持ち続ける。
みんぱくのミュージアムショップでも購入できる口琴。実際に演奏し、音を通して交信する人々の営みに、想いを馳せてみてはいかがだろうか。

岡田恵美(国立民族学博物館准教授)

関連ウェブサイト

国立民族学博物館「標本資料目録データベース」



関連写真

写真1 板状の枠をもつ口琴
(筆者撮影、国立民族学博物館、2025年)

・左上から(国名と民族名、みんぱく所蔵資料の標本番号)、
インドネシアのトバ(H0004258)、フィリピンのハヌノオ・ヤンマン(H0063460)、マレーシアのマレー(H0002827)、タイのムッソー(H0095696)、中国のペー(H0237688)、日本のアイヌ(H0062307)
・右上から、ネパール(H0200641)、台湾のルカイ(H0019272)、
ラオスのモン(H0175175)、パプアニューギニア(H0137039)、ソロモン諸島(H0138583)


写真2 金属製の棒状の枠をもつ口琴
(筆者撮影、国立民族学博物館、2025年)

・左上から、ベトナムのエデ(H0161143)、マレーシアのスマイ(H0000151)、モンゴルのハルハ(H0280330)、インド(H0230680)
・右上から、カメルーンのフルベ/フラニー(H0227269)、
ハンガリー(H0161645)、イラン(H0272649)


写真3 ナガの口琴
(筆者撮影、インド・ナガランド州ヴィスウェマ、2026年)


写真4 1979年撮影の口琴を演奏するチャケサン・ナガ女性
(森田勇造撮影、インド・ナガランド州ケザケノ、1979年、X0563385)  


写真5 口琴を演奏するアンガミ・ナガ女性のノクレさん
(筆者撮影、インド・ナガランド州ヴィスウェマ、2026年)


写真6 セッションを終えて
(ヴェルーゾ・テツェオ撮影、インド・ナガランド州ヴィスウェマ、2026年)