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日本列島の鵜飼文化に関するT字型学際共同アプローチ――野生性と権力をめぐって

研究期間:2020.10-2023.3

代表者 卯田宗平

キーワード

鵜飼、野生性、T字型学際共同アプローチ

目的

本研究の目的は、日本列島の鵜飼文化に関わる新たな事例をT字型学際共同アプローチの方法論(後述)によって比較検討し、それらの事例を整理することで鵜飼文化の全体像を明らかにすることである。
ここでいうT字型学際共同アプローチとは、(1)鵜飼に関わる埴輪造形や文献史料、絵画、俳句や短歌、美術、装束などの通時的な視点、(2)各地の鵜飼に関わる民俗技術や知識、社会組織、物質文化などの共時的な視点、(3)ウ類(ウミウやカワウ)の生態、捕食される魚類の生態、鮎鮓の食品栄養に関わる自然科学的な視点から得られた成果を統合して分析する方法論である。これらの事例は代表者が鵜飼研究を続けるなかで確認したものであり、これまで統合的に議論されてこなかった。本研究ではこれら3つのアプローチをまとめて「T字型学際共同」とよぶ。
そのうえで、本研究では個別事例の比較検討および中国の鵜飼との対比を通して、日本列島の鵜飼文化の全体像と地域固有性を明らかにする。その際、本研究では野生性と権力を分析の切り口とする。それは、1300年以上の歴史をもつ日本の鵜飼においてこれまで野生のウ類がおもに利用されており、かつ鵜飼はときの権力者の庇護のもとで続けられてきた。こうした現象は中国の鵜飼においてみられない特徴だからである。

研究成果

本研究の目的は日本列島の鵜飼を考古学や歴史学、民俗学、鳥類学、魚類学、芸術学、食品科学、服飾学など学際的なアプローチによって捉え、それらの成果を整理することで鵜飼文化の全体像を明らかにすることであった。
本研究は2020年10月から2年半の期間に、館外開催2回を含む計8回の研究会を開催し、鵜飼の歴史的な変遷、鵜舟や道具といった物質文化の特徴、鵜飼に関わる芸術作品の種類と変遷、ウミウやカワウ、アユの生態からみた鵜飼技術の妥当性など計20のテーマに関わる研究発表をおこなった。毎回の研究会ではまず冒頭で代表者がそれまでの成果を明示し、メンバー全体で共有した。こうした一連の研究により、本研究では以下のような成果をえた。(1)鵜飼に関わる文字資料、絵画資料、造形物のなかでそれぞれ最古作例を確定した、(2)古墳時代から近世、現代にいたる1500年の鵜飼史を整理し、年表としてまとめた、(3)ウ類の生殖に介入せず、野生個体を利用するという現在の方法は少なくとも平安時代から続いている事実を明らかにした、(4)日本で夜間に手縄をつける技術が発展した理由を捕食者カワウやウミウ、被食者アユの行動生態の観点から明らかにした、(5)日本の鵜飼技術は漁期や漁獲対象の違いから3つのタイプに分類できることなどである。
こうした成果を踏まえ、本研究では日本の鵜飼において過去よりウ類をドメスティケート(家畜化)しない要因やウ類のなかでもウミウを重視する理由を示し、中国ではみられない日本的な動物利用のありようとその背景を明らかにした。そして、上述のような内容をまとめ、計20章からなる『鵜飼の日本史―野生と権力、表象をめぐる1500年』(仮)を刊行する予定である。このほか、本研究の内容を『月刊みんぱく』や『野鳥』(日本野鳥の会)などで特集したほか、写真・映像展(国立民族学博物館、2022年6月30日-8月2日)や民博ゼミナール、市民講座などを通して公開した。

2022年度

2022年度は、計4回の共同研究会を実施する予定である。本年度の第一回目と第二回目の研究会では、動物埴輪や絵画、文学作品、歴史資料に描かれたり、表現されたり、書き残されたり、模られたりした鵜飼についての研究発表をおこなう。そのうえで、過去の人びとによって表象された鵜飼の特徴とその時代的な変化についてメンバーとともに考察する。なお、第二回目の研究会は群馬県かみつけの里博物館での開催を予定している。本年度の第三回目は、鵜舟や鵜籠、鵜飼装束、手縄、篝火など鵜飼の物質文化に焦点をあてる。そして、物質文化研究の成果を共有し、鵜飼関連道具の地域固有性と共通性、歴史、技術継承をめぐる今後の課題などについて検討を進める。第四回目は、鵜飼で利用されるウミウやカワウの生態や行動、鵜に捕食されるアユの生態、伝統的なアユ鮓の製作や食品科学的な側面などに着目する。そのうえで、鵜飼を成りたたせる背景としての魚食文化の存在や鵜の飼い慣らしの技術などについて検討する。そして、最後に成果図書に関わる議論を進める予定である。

【館内研究員】
【館外研究員】 井口恵一朗、石野律子、今石みぎわ、大塚清史、小川宏和、賀来孝代、筧真理子、亀田佳代子、河合昌美、篠原徹、瀬戸敦子、宅野幸徳、葉杖哲也、夫馬佳代子、堀光代、松田敏幸、水野裕史、三戸信惠
研究会
2022年7月9日(土)12:00~18:15(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ開催併用)
卯田宗平(国立民族学博物館)展示『現代中国を、カワウと生きる』の見学と解説
卯田宗平(国立民族学博物館)共同研究の成果図書(目次、構成)にかんして
松田敏幸(宇治市役所)「自治体の観光事業のなかの鵜飼」
三戸信惠(山種美術館)「東アジアにおける主題モティーフとしての鵜飼―中国美術を中心に」
瀬戸敦子(岐阜女子大学)「外国人による鵜飼の記録―旅行ガイドブックや新聞記事から」
2022年10月29日(土)13:00~17:00(群馬県高崎市かみつけの里博物館 ウェブ開催併用)
(1) 卯田宗平(国立民族学博物館)「かみつけの里博物館での共同研究会の趣旨説明」
(2) 水野裕史(筑波大学)「美術作品に見る「鵜鷹逍遥」」
(3) 小川宏和(武蔵野美術大学)「古代の鵜飼」
2022年10月30日(日)9:30~13:00(群馬県高崎市かみつけの里博物館 ウェブ開催併用)
(1) 賀来孝代(毛野考古学研究所)「古墳時代における鵜飼の始まりとその様相」
(2) 原佳子(高崎市立六郷小学校)「保渡田八幡塚古墳出土鵜形埴輪について」
(3) 保渡田八幡塚古墳から出土した鵜形埴輪の熟覧と古墳の巡検
2022年12月10日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ開催併用)
(1) 石野律子(神奈川大学)「長良川鵜飼のくらしと道具――小瀬鵜飼と長良鵜飼」
(2) 今石みぎわ(東京文化財研究所)「鵜飼船の製造技術とその伝承――長良川鵜飼を中心に」
2022年12月11日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ開催併用)
(1) 井口恵一朗(長崎大学)「アユ・コメ・カワウ・ニッポン人」
(2) 宅野幸徳(日本民具学会)「放ち鵜飼の知識と技術」
2023年2月4日(土)12:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
(1)大塚清史(岐阜市歴史博物館)「長良川における近代漁業法制度と御料鵜飼」
(2)筧真理子(犬山城白帝文庫)「江戸時代における長良川鵜飼」
(3)堀光代(岐阜市立女子短期大学)「岐阜長良川鵜匠家に伝わる「鮎なれずし」の製法と微生物」
(4)夫馬佳代子(岐阜大学)「鵜匠の腰蓑と地域に伝わる漁撈の腰蓑」
2023年2月5日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
(1)亀田佳代子(滋賀県立琵琶湖博物館)「ウミウ・カワウにとっての鵜飼」
(2)卯田宗平(国立民族学博物館)「成果図書の構成と内容について」
研究成果

2022年度は計4回の共同研究会を開催し、計17名の研究者による成果発表をおこなった。具体的には、鵜形埴輪や歴史資料、芸術作品、物質文化、行政支援、捕食者であるカワウやウミウの行動生態、被捕食者であるアユの生態など多様な観点から日本列島における鵜飼を捉えた。とくに、10月末には群馬県高崎市かみつけの里博物館において保渡田八幡塚古墳から出土した鵜形埴輪を熟覧しながら古墳時代や古代における鵜飼の表現方法や当時の鵜飼の様相、権力者とのかかわりなどの議論を深めた。このほか、共同研究会では日本と中国の美術作品における鵜飼表現の違い、鵜舟や鵜飼用具などの物質文化の特徴、江戸から近代に続く長良川の鵜飼制度の変遷、「鮎なれずし」の製法と微生物との関係などを明らかにした。こうした成果を踏まえ、最終回では成果図書の構成と内容について議論し、日本列島の鵜飼を通時的・共時的な視点からまとめる『鵜飼の日本史』(仮)を出版することを確認した。

2021年度

2021年度は、計3回の共同研究会を実施する予定である。今年度の共同研究会では、生業としての鵜飼に注目する。日本の鵜飼はかつて生業としても続けられていたが、とくに今年度は広島県三次市における鵜飼に焦点をあてる。三次鵜飼は、いまでは見せる鵜飼として実施されているが、それまでは長期にわたり生業としても続けられてきた。よって、ほかの地域の鵜飼とは異なり、鵜匠たちはより多くの漁獲を得るために鵜舟や漁具をたえず改良し、ウミウやカワウを飼い慣らしてきた。三次市には広島県立歴史民俗資料館があり、その収蔵庫には鵜飼に関わる物質文化が保管されている。今年度は研究会のメンバーらと収蔵庫を訪れ、鵜飼用具の熟覧と物質文化の地域間比較、あるいはほかの河川漁業の漁具との比較研究などを実施する。くわえて、かつて各地でおこなわれていた徒歩による鵜飼やそこで使用されていた鵜飼用具に関わる研究発表もおこない、観光化されたいまの鵜飼との比較研究も実施する予定である。

【館外研究員】 井口恵一朗、石野律子、今石みぎわ、大塚清史、小川宏和、賀来孝代、筧真理子、亀田佳代子、河合昌美、篠原徹、瀬戸敦子、宅野幸徳、葉杖哲也、夫馬佳代子、堀光代、松田敏幸、水野裕史、三戸信惠
研究会
2021年12月11日(土)13:30~18:00(広島県立歴史民俗資料館 対面開催)
(1)卯田宗平(国立民族学博物館)広島県三次市での共同研究会の趣旨説明
(2)葉杖哲也(広島県立歴史民俗資料館)「三次の鵜飼について――その歴史と現状、生業技術を中心に」
(3)鵜小屋や飼育道具などの実測調査
(4)三次の鵜飼における漁場実地調査
2021年12月12日(日)9:00~12:00(広島県立歴史民俗資料館 対面開催)
(1)広島県立歴史民俗資料館の収蔵庫における熟覧調査(漁具と漁法、漁船、ほかの淡水漁撈との比較など)
2022年2月26日(土)13:00~16:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
(1)卯田宗平(国立民族学博物館)「今年度の成果と来年度の予定」
(2)篠原徹(滋賀県立琵琶湖博物館)「俳諧にみる鵜飼」
(3)卯田宗平(国立民族学博物館)「日本史のなかの鵜飼-野生・権力・表象」
研究成果

2021年度は、当初9月に広島県三次市で館外開催を予定していたが、新型コロナウィルス感染症拡大の影響を受けて延期となった。よって、今年度の研究会は計2回であった。2021年12月11-12日に三次市で開催した研究会では、広島県立歴史民俗資料館の葉杖哲也氏による「三次の鵜飼」の研究発表を実施した。三次の鵜飼は1940年代の漁業法改正のころまで生業としておこなわれていた。そのときの特徴がいまの漁船や漁具にも残る。葉杖氏の発表を通して、かつての鵜飼の漁具や漁法、漁獲物の漁通構造、江の川における河川環境の変化と川漁師たちの対応が明らかになった。くわえて、三次の鵜匠たちが使用するウミウの飼育小屋において飼育道具の実測調査をおこなった。さらに、江の川で唯一の船大工への聞き取り調査も実施し、造船の技術や知識、後継者問題、資材の仕入れといった現状をメンバーと共有した。2022年2月26日に実施した研究会では、篠原徹氏による「俳諧にみる鵜飼」の研究発表を実施した。俳諧には民俗誌資料性があり、その分析を通して当時の人びとの生活や生業への理解が可能になる。篠原氏は、俳諧や絵画の資料性に注目し、当時の鵜飼の技術や知識、とりまく環境とその変化を明らかにした。続いて、卯田宗平が「日本史のなかの鵜飼」と題した発表をおこなった。卯田は、日本の鵜飼を通時的にみると「過去より野生のウミウやカワウを利用してきたこと」、「ときの権力者による庇護のもとでもおこなわれてきたこと」、「絵画や造形などで表現された鵜飼が多いこと」という3つの特徴があることを明らかにした。このように、2021年度の研究では、日本列島における鵜飼の歴史的な側面を明らかにすることができた。

2020年度

2020年度は計2回の研究会を実施する。まず、2020年11月に第1回目の研究会を実施し、代表者が本研究の趣旨と今後のプランを説明する。そのうえで、それぞれの分野における鵜飼研究の到達点と課題を発表し、メンバー全員で共有する。

【館内研究員】
【館外研究員】 井口恵一朗、石野律子、今石みぎわ、大塚清史、小川宏和、賀来孝代、筧真理子、亀田佳代子、河合昌美、篠原徹、瀬戸敦子、宅野幸徳、葉杖哲也、夫馬佳代子、堀光代、松田敏幸、水野裕史、三戸信惠
研究会
2020年11月28日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ会議併用)
卯田宗平(国立民族学博物館)「共同研究会『日本列島の鵜飼文化』で目指すもの」
共同研究メンバー全員による研究紹介と今後の予定
卯田宗平(国立民族学博物館)「比較対象としての中国の鵜飼の紹介およびディスカッション」
2021年2月27日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ会議併用)
卯田宗平(国立民族学博物館)「前回の研究会を踏まえて①」
特集:宇治川の鵜飼におけるウミウ産卵を問いなおす
沢木万理子(鵜匠、宇治市観光協会)「宇治川の鵜飼における鵜の人工ふ化について」
卯田宗平(国立民族学博物館)「ウミウの繁殖生態と鵜匠たちによる繁殖技術の収斂化――計5回の繁殖記録から考える」
亀田佳代子(滋賀県立琵琶湖博物館)「飼育環境下でのウミウ産卵に関する鳥類学からのコメント」
研究成果

2020年度は計2回の研究会を開催した。第1回目の研究会では代表者である卯田(民博)が日本列島の鵜飼文化に関わる問題意識と今後の研究方針を示した。具体的には、鵜飼に関わる造形や文献史料、絵画などを通時的な視点で捉えるアプローチ、各地の鵜飼に関わる民俗技術や知識、物質文化、観光化などを共時的な視点で捉えるアプローチ、ウ類の生態や捕食される魚類の行動特性などに関わる自然科学的なアプローチという三つのアプローチによって、日本の鵜飼文化を包括的に捉えていくことをメンバーのなかで共有した。第2回目の研究会では、「宇治川の鵜飼におけるウミウ産卵を問いなおす」と特集テーマとして、2014年5月にウミウが産卵した事例に関わる発表をおこなった。具体的には、ウミウの人工繁殖に当事者として関わった沢木万理子氏(鵜匠、宇治市観光協会)が当時の対応や繁殖技術を構築していく上での問題点、働きかけ、放ち鵜飼に向けた取り組みに関わる報告をした。それを踏まえて、卯田は過去5年間の繁殖作業の記録を手がかりに、飼育環境下におけるウミウの繁殖生態の変化を自然下のウミウとの対比から報告した。最後に、鳥類生態学が専門の亀田佳代子氏(滋賀県立琵琶湖博物館)が鳥類学の立場からのウミウ繁殖の要因に関わるコメントをした。この研究会を通して、日本の鵜飼史のなかで記録上初めてとなるウミウの人工繁殖と今後の課題をメンバー間で共有した。