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海外フィールド経験のフィードバックによる新たな人類学的日本文化研究の試み

研究期間:2020.10-2024.3

代表者 片岡樹

キーワード

国外フィールドワーク、 ホームに帰る人類学、 日本

目的

本共同研究の目的は、国外フィールドでの民族誌的経験を通して、文化人類学による日本社会/文化理解の新たな視角を提案することである。我が国における文化人類学は、戦後しばらくまでの時期を除けば、主に国外フィールドにもとづく異文化理解の学として発展してきた。異文化理解とは異文化を自文化と参照する営為であるため、それは必然的に一種の自文化論となる。ただしこの自文化論はほとんどの場合、研究者自身にとってもじゅうぶんに意識化されることはなく、あくまで民族誌の行間に埋め込まれている。しかし実際には、梅棹忠夫や佐々木高明、中根千枝の例が示すように、日本の人類学には、海外ですぐれた民族誌的研究を行ってきた人類学者が日本文化に関するユニークな仮説を提案するという良質な知的伝統が存在する。本共同研究では、そうした伝統を新たに継承すべく、国外での民族誌的研究の経験を重ねてきた研究者たちが、暗黙裡の参照項として措定してきた日本文化を対象化することで、国外フィールド発の日本研究の新たな可能性を提示したい。

研究成果

本共同研究では、メンバーである桑山敬己の「民族誌の逆さ読み」という概念を手がかりに、海外フィールド経由での日本文化理解の可能性について討論を重ねてきた。そこからは以下のような論点が明らかになった。
1)逆さ読みというのは、すぐれて双方向的なプロセスである。海外フィールドによる民族誌が裏返しの日本論なのであれば、海外フィールドを経由した日本論もまた暗黙裏に当該フィールドとの比較を念頭に置いている。逆さ読みが相互往還の過程なのだとするならば、その起点が日本か海外かは本質的な問題ではなくなり、人類学者の日本回帰と民俗学者の海外進出は同じ地平を共有しうることになる。
2)海外での異文化研究の基本が、他人事を我が事とする試みなのだとすれば、そこを経由した日本国内フィールドにおいては逆に、我が事を他人事として新たな発見のフィールドにすることが求められる。したがって人類学者の営為においては、海外においても国内においても、脱親和化と親和化の契機の双方が、それぞれ逆方向ではありながら同時に作動しているということになる。
3)人類学者の自国回帰は、多かれ少なかれ自分自身の生い立ちや背景に関する自己開示を伴う。そのかぎりにおいて、再帰性を高める自国回帰型の人類学には、オートエスノグラフィーとの対話の接点と、そこからの発展可能性を認めうる。
4)人類学者の自国回帰は、必ずしもネイティブ人類学と同じではない可能性がある。ある土地において誰がネイティブであるかは、その土地におけるステークホルダーの境界設定の論理に規定される。この点を突き詰めていけば、海外の他者のフィールドと国内の他者のフィールドとに本質的な違いはなくなる。その場合むしろ、調査者と被調査者の権力関係という、より普遍的な課題が前景化するのかもしれない。

2023年度

本年度は成果の集約作業を行う。前年度までの共同研究からは、以下の点が明らかになった。そのひとつは、海外フィールドを経由した日本文化への視点を、ふたたび海外フィールドに投げ戻すことで、アジア・アフリカのフィールドに新たな視点を提示しうる可能性である。もうひとつは、海外フィールドをも視野に入れた日本民俗学との対話が有意義な知見を生み出しうる可能性である。この二つの論点をさらに深めるべく、今年度は二回の共同研究会を行う。そのうち一回は、成果集約のための集中的討論である。またもう一回は、現代民俗学会との共催で京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科で行う公開シンポジウムである。とくに後者については、民俗学と人類学が共有する地平から、新たなアジア・アフリカ地域研究を構築する可能性を考える機会とする予定である。

【館内研究員】 飯田卓、平井京之介
【館外研究員】 市野澤潤平、川瀬由高、川田牧人、桑山敬己、黄潔、島村恭則、清水展、中谷文美、中村昇平、平野美佐、松村圭一郎
研究会
2024年1月28日(日) 13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ開催併用)
平井京之介(国立民族学博物館)「水俣病運動の人類学的研究の試み――フィールドワークと参与客観化(仮)」
研究成果の集約・公表方法に関する打ち合わせ
総括討論
2023年12月23日(土) 13:00~17:00(京都大学稲盛財団記念館3階大会議室 ウェブ開催併用)
清水展(関西大学)・趣旨説明
川瀬由高(江戸川大学)・「コミュニタスの場:浅原神社秋季例大祭の「奉納煙火」に関する予備的報告
中村昇平(東洋大学)・「池は誰のものか──共有地の使用権をめぐる当事者意識の重層性」
片岡樹(京都大学)「タイの廟から日本の神社を考える」
コメンテーター:平井京之介(国立民族学博物館)
コメンテーター:梅屋潔(神戸大学)
総合討論
研究成果

本年度は現代民俗学会との共催による公開シンポジウムと、成果の集約に向けた共同研究会を行った。シンポジウムにおいては、人類学者による日本回帰が研究者個人の自己開示を伴うため、オートエスノグラフィーとの類似性が見られること、日本の研究者が日本国内のフィールドにおいてネイティブであるかどうかは当該社会におけるステークホルダーの境界設定に規定されること、逆さ読みは日本回帰の局面だけではなく双方向的なプロセスであることなどが明らかになった。また共同研究会においては、参与客観化という新たな概念が提示された。参与客観化というのは、参与観察を行う民族誌家個人だけではなく、民族誌家を取り巻く社会的環境をも含めた客観化を意味するもので、これが日本国内のフィールドワークにおいて特に鮮明に争点化しうることについて集中的な議論が行われた。

2022年度

昨年度は、新型コロナウイルスの流行による行動規制を受け、共同研究の実施は当初予定を下回る三回にとどまった。そのため、今年度は昨年度後半に予定されていた課題の継続からはじめる。本共同研究会は、基本的に、海外でフィールドワークを行ってきた日本の人類学者を主体に構成されている。共同研究会においては、それぞれフィールドを異にするメンバー間の知見の交換と並行し、海外フィールド経験を有する日本民俗学者や、日本で活動する海外出身研究者などをゲストに招いて、新たな視点を補足するという作業を行っている。これは当初予定では二年目(昨年度)後半から今年度にかけて実施する予定になっていたが、今年度にその作業を集中的に行うことにする。また今年度は当初予定に合ったように、年度後半においては京都大学でのシンポジウムと、出版に向けた成果集約のための研究集会を予定している。

【館内研究員】 飯田卓、平井京之介
【館外研究員】 市野澤潤平、川瀬由高、川田牧人、桑山敬己、黄潔、島村恭則、清水展、中谷文美、中村昇平、平野美佐、松村圭一郎
研究会
2023年2月26日(日) 14:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
飯田卓(国立民族学博物館)「文明史のなかのブリコラージュ―南西諸島とマダガスカルにおける漁のいとなみ-」
片岡樹(京都大学)「本共同研究でここまで明らかになったこと」
総合討論
研究成果

本年度の共同研究での討論を通じ、次の二つの論点についての理解を深めることができた。
第一は、海外フィールドを鏡に映し出される日本文化とはそもそも何なのか、という点である。海外のフィールドの現場においては、「自文化=日本文化」というものが一枚岩的に想定されやすい。それに対し、海外での異文化理解の訓練を受けた視点を日本の国内フィールドに転用することで、日本のフィールドに向き合うときに、海外にいるときに無自覚に想定していた自文化像を批判的に相対化しうる可能性が生じる。
第二は、他人事を自分事にするというフィールドワーク民族誌の手法の本質は、海外と国内双方のフィールドにおいて通底するという点である。この点から言えば、海外フィールド経験のフィードバックは、単に自文化の脱親和化に貢献するだけではなく、いったん脱親和化したうえで、なおかつそれを内側から理解する試みをもたらすという点において、日本各地の文化に関する厚い記述への可能性をひらきうる。

2021年度

【館内研究員】 飯田卓、平井京之介
【館外研究員】 市野澤潤平、川瀬由高、川田牧人、桑山敬己、黄潔、島村恭則、清水展、中谷文美、中村昇平、平野美佐、松村圭一郎
研究会
2021年11月20日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
桑山敬己(関西学院大学)「『ethnographic reading in reverse/民族誌の逆さ読み』(2004/2008)とその後」
川田牧人(成城大学)「我が事としてみる/他所事のようにみる」
総合討論:今後の進め方について
2022年1月30日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ開催併用)
島村恭則(関西学院大学)「なぜ私は民俗学者なのか?」
黄潔(名古屋大学)「国東の鬼から観る、考える」
菅豊(東京大学)「アヒルを食べない日本人、カモ食べない中国人―東アジアの技術と所有と自然観」
総合討論
2022年3月11日(金)13:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ開催併用)
平野美佐(京都大学)「カメルーンから沖縄へ:貨幣を通してみえるもの」
休憩
松村圭一郎(岡山大学)「『地域研究』に抗する人類学:ホームとフィールドの往復から」
休憩
内藤直樹(徳島大学)「誰にむけて語るのか:アフリカ研究者が日本の世界農業遺産申請に関与した経験」
休憩
総合討論
研究成果

本年度は三回の共同研究会を行い、文化人類学の視点からの日本研究の可能性について、ゲスト講師をも交えて討論を行い多面的な考察を行った。以下は本年度の討論から明らかになった成果である。我々のめざすのは、海外フィールドの知見と経験をもって新たな視角のもとに日本文化をとらえ直す「人類学back home」である。それは、海外フィールドを自分のこととして理解することを志してきた人類学が、その知見を継承しながら、なおかつそれとは逆に、自分たちのことを他人事としてとらえる視点の提示をめざすものである。しかしそこからは新たな論点が生ずる。日本人人類学者による自国研究において、自分が日本人だというだけの理由でネイティブたりうるのだろうか。ここにおいて我々は、「日本とは何か」「ホームとは何か」をめぐる批判的な問いへと導かれることになる。

2020年度

本研究は、これまで主に海外で調査を行い、現在では日本の研究にも着手している人類学者を中心に組織するが、しかし海外フィールドと国内フィールドの往還から日本研究への新たなアプローチをさぐる、という本研究を遂行する上では、それに加えさらに
A)日本で自文化研究をする外国出身研究者
B)海外で日本研究に従事した経験をもつ日本人研究者
C)日本研究から始めて海外調査にも着手し始めた研究者
の視点を補うことが有効である。そのためメンバーの一部にA)B)C)それぞれの分野を担う研究者を加え、また必要に応じて該当する分野のゲスト講師を研究会に招聘する。
本研究に関する研究会は、初年度に2回、第二年度と第三年度にはそれぞれ4回ずつ、合計10回の実施を予定する。
初年度の研究会では、海外フィールド調査の経験を日本研究に適用するにあたっての基礎的な問題関心を共有する。海外の視点を経由させた日本文化研究は、実際には岡正雄にはじまり梅棹忠夫、佐々木高明など多くの研究蓄積を有している。またこの文脈では、海外の人類学者による日本研究も参考になるであろう。初年度は、これらの研究群の得失を検討することで、本共同研究が依拠する理論的立場を明らかにし、共有する。

【館内研究員】 飯田卓、平井京之介
【館外研究員】 市野澤潤平、川瀬由高、川田牧人、桑山敬己、黄潔、島村恭則、
清水展、中谷文美、中村昇平、平野美佐、松村圭一郎
研究会
2021年2月23日(火・祝)13:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
片岡樹(京都大学)「全体趣旨」
清水展(関西大学)「横須賀ネイティブの自文化=自分化(?)グラフィーという企て」
片岡樹(京都大学)「逆さ読みの日本論へ」
全体討論
研究成果

本年度は初年度ということもあり、2月23日に第一回のキックオフミーティングをハイブリッド形式で行った。同研究集会を通じ、メンバー間の問題意識の共有を行うことができたのは、次年度につながる成果ということができる。また当日の討論からは、海外フィールドを経由させた「自文化語り」や「民族誌の逆さ読み」が、海外フィールド経験者の視点からの日本論への切り口として一定の有効性があることが確認された。これらはいずれも、異文化のフィールドで日本との意外な共通点を発見することで、自文化に再び同一化を図るというベクトルによるアプローチである。それとは反対の極として、日本を異文化として発見し、異文化研究で培ったツールを適用するというアプローチもあり得るだろう。次年度以降は、この二つの極を念頭に、さらに討論を深めていく予定である。