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「民族芸術」の生成過程―中国雲南省麗江におけるトンパ教文化の資源化と観光(2020-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C)

代表者 高茜

目的・内容

本研究の目的は、中国雲南省麗江ナシ族におけるトンパ文化を資源化した「民族芸術」の生成過程に着目し、過去30年間のナシ族をめぐる観光開発と社会変容を明らかにすることである。麗江では、観光開発、震災復興、ユネスコ世界遺産登録と観光地化などに対し、政府、観光市場、現地の人びと、移民など様々なレベルで社会組織や文化の再編が起こっている。既に社会生活の中で姿を消したはずのトンパ文化は、観光産業に組み入れられ新たな形で甦った。2005年には、トンパ文化の3つの技能が国家無形文化財に指定され、トンパ文化を資源化した「民族芸術」は、宗教色を薄めつつ市場に出回って変容し、ナシ族の一般生活にも溶け込んできている。本研究では、こうした動向を政策、市場の需要と供給、人びとの自発的な営みから調査し、ナシ族理解の深化を計ると伴に、民族芸術、資源、観光開発に関する文化人類学的研究の理論的な発展に寄与することを目指す。

活動内容

2023年度実施計画

2022年度事業継続中

2022年度活動報告(研究実績の概要)

フィールドワークの実行が困難なため、調整案として、まず、「中国ナシ族のトンパ文字の日本への越境」というテーマの研究を深めることにした。とりわけ、2000年前後における、日本での関係者の活動を中心に調査を行った。その結果、麗江やナシ族が日本で知られるようになった経緯について理解を深め、トンパ文字が多様な文化交流のなかで使用されてきたことの確認ができた。そのなか、麗江やトンパ文化を巡って、メディア、デザイナーおよび学者の交流活動などの資料収集を行った。とりわけ、造形アートに関連する内容に重点をおき、明らかになった成果の一部について、論文として発表することができた。
また、1990年代からの麗江におけるグローバルな環境の構築という視点から、国際化と地域化とに関わる麗江の多文化社会の形成にも着目をした。そのために、まず、近年におけるトンパ文字とナシ言語の連動の状況について調査した。そして、中国国内の他地域、他民族、海外の人などの観光、国際イベンド、移住といった動きから、麗江にもたらされた多様な影響について考察を行った。結果として、麗江の多文化社会の形成および実態をより明確に把握することができた。
2022年度の研究活動によって、麗江のトンパ教文化と関連する「民族芸術」の生成について、麗江の多文化社会という背景を踏まえて、多様な角度から理解を深めることできた。さらに、それらの研究が地域研究、文化遺産、文化共生など課題と深く関わることが確認でき、さらなる研究の展開が可能となったと考えている。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

2022年度も計画していたフィールドワークが実行できなかったため、トンパ文化と関連した3つの「民族芸術」について現地資料の確認や収集作業を十分に行うことができなかった。だが、2019年までの調査で、現地の「民族芸術」については、一定の資料を持っており、昨年度、メディアで公開された近年のトンパ文化・民族芸術の動きについて、追跡することが可能となった。
現在、研究の準備段階から収集し続けてきた麗江のフィールド調査に関する資料に加え、昨年度の日本関連の資料、およびウェブ関連の資料などをもとに、「民族芸術」(木彫、絵画・書道)の形成過程」に関する整理と考察を続けている。

2021年度活動報告(研究実績の概要)

2021年度の計画では、トンパ文化に関連する土産品の創出から制作者、意匠、制作などの実態調査を行うこととなっていた。現地へのフィールドワークができない状態が続いているため、インターネット上の情報および現地とのオンライン通信等によって資料収集を行った。2005年から2019年まで、麗江ナシ族の日常的文化生活の中で、木彫、文字、絵画におけるトンパ文字の利用が数多く行われていったことが分かった。それは、それらの文化が2019年までに現地で根付いてきたことの反映と考えられる。発表した論文では、1980年代末から現在まで30年余りの麗江ナシ族木彫の歴史を振り返り、検討したものである。さらに、麗江ナシ族のトンパ文化の現地の日常生活における普及や、観光土産名所の古城での進出などに関するテーマについて、2021年4月、2022年1月に比較民俗、文化遺産それぞれの分野の研究会で口頭発表を行った。
現地調査が困難ということもあり、関連するテーマとして、トンパ文字の日本的越境についても、日本で調査を行った。その内容は、麗江のトンパ文化が置かれているグローバル化環境の一側面を捉え、アジア的な視座から、現代麗江ナシ族のトンパ文化を理解することに役立つものである。調査は、麗江のトンパ土産品の創出・定着期あたる1990年代から2000年初頭にかけて、日本でのトンパ文字への関心に着目し、文化交流およびグラフィックデザイン活動を調査した。ナシ文化の研究をはじめ、グローバル観光や、一般民衆に対するメディアの発信も考察対象にした。トンパ文字の特徴的図案が日本グラフィックデザイン界で話題となり、若者のあいだでブームとなったことは、21世紀の中日文化交流や現代的視覚デザイン文化・アートの伝達事例として挙げることができる。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

前年度と同じく、フィールドワークができなかったため、研究内容を大幅に調整した。木彫以外の各種の民芸・土産品の調査ができなかった。インターネットの情報や現地への連絡を通じて一定の資料を収集することができたが、現地での確認作業、そして継続的に資料の収集は、今後の課題となっている。トンパ絵画の研究については、日本のグラフィックデザインにおける芸術造形まで手を伸ばすことができ、本課題の新たな展開へと繋がったが、それにより、グローバル的な意味合いなど、より総合的かつ横断的な視点で考察に進むことが必要になっている。また、ナシ族のトンパ文化に関わる社会組織、それらの活動に関する確認調査も含め、フィールドワークと関係する部分については、現時点では遅れている。このような状況を踏まえ、実現可能な実行案を定めていくことが必要だと考えている。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

本研究課題の1年目にあたる本年度は、「2020年度」計画では、麗江現地において観光開発をめぐる社会・芸術組織編成とその活動を中心に調査を行い、その整理と分析をまとめることであった。2020年度、コロナの影響によりフィールドワークができないことから、手持ちの資料をもとに、インターネット上の情報を加えて再取集した資料を加えて現在の状況を確認した。結果として、今後の現地での再調査の目標はさらに明確化した。
さらに、改革開放まで麗江の木彫民芸の歴史について、文献資料に基づいて検討し、1980年代以降の木彫業の麗江市街への復帰から、職人組織の設立や作品テーマの転換まで、多様で波乱に満ちた変遷と展開について整理した。研究の準備にあたって、2019年にデザイン史学研究会の第40回研究発表会において、「中国麗江ナシ族の「トンパ木彫」民族芸術の生成過程– デザイン史とアート史の人類学」について既に研究発表を行っていた。2020年に「大師」と認定された工芸家の職人に対する継続調査は、現地のWebサイトの情報や、職人および関係者に対するインターネット通信によるインタビューなどによって進めた。また、麗江近くにある雲南の木彫の郷の職人への調査も同様に実行した。そして、フィールドワークの資料を基に、2020年度の資料も加えて、学術論文の執筆を行うことができた。
また、トンパ絵画に関する研究について、伝統トンパ教における歴史を文献資料により一定な整理をした。そして、2020年度に、現代の動きに関する資料収集は、インターネット上に公開された資料や、一部の関係者との連絡により進めている。それらの資料の整理・分析を行い、今後の調査内容と範囲を定めた。2020年12月、デザイン史学研究会第43会研究発表会において、本課題である麗江現地の視覚造形と関連する「中国のトンパ象形文字のデザイン資源化:日本への越境」を発表した。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

2020年度、フィールドワークができなかったため、研究内容を大幅に調整し、麗江の社会・芸術組織の動きの再調査からナシ族の「木彫芸術」へ研究の中心を変更した。それは、これまでの長期にわたるフィールドワークで入手した確定できる資料の量と質によるものである。2019年末まで、現地の木彫芸術の考察を行ったため、現在の状況を把握しやすく、また2020年中も関係者との連絡を頻繁に取ることができたので、研究は木彫芸術に絞った。「絵画」に関する研究も同様の理由で2020年度に一定の成果を得ることができた。現地のナシ族木彫業者、研究者および絵画の従事者の協力で、手持ち資料の再確認および追加調査ができたので、研究について2021年度に実施を予定していたものの一部を先に進めることができた。以上の理由で、研究はおおむねに順調に進めることができている。