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現代アンデスにおける寄進と宗教性に関する研究―奉納品と教会記録の分析を中心に(2020-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究

代表者 八木百合子

目的・内容

本研究は、現代のアンデス地域でみられる宗教実践の一つとして、寄進に注目し、モノを介して立ち現れる人びとの宗教性の問題について検討をおこなうものである。具体的には、近年、数多くの奉納品が集まるペルー南部クスコ市の教会に納められた奉納品と個々の寄進者に関する調査・分析をつうじて、当該地域における寄進の動向と人びとの信仰の様態について明らかにしていく。その際、民族的・歴史的にさまざまな背景をなす個々の主体の営為に目を向けることで、従来の形式化された認識枠組み(白人/混血/先住民、キリスト教/土着宗教)を相対化し、当該社会の人びとの多元的な宗教性の諸相の解明を試みる

活動内容

2023年度実施計画

2022年度事業継続中

2022年度活動報告(研究実績の概要)

今年度は現地へ渡航し、ペルー南部クスコ市の教会で奉納品に関する調査を実施した。今回調査をおこなったC教会は、本研究課題の調査対象に選定した三つの教会のなかでも歴史的に古い先住民の居住区の一つとして知られ、伝統的にそうした教会周辺に居住する地元住民が教会を支える重要な存在となってきた。この教会には本尊である聖人Xのほか、これと同様に古くからこの教会に祀られてきた聖人Yに奉納された衣装類(ケープ、マントほか)が多数保管されており、現地調査では双方の聖人の奉納品のすべてを記録した。聖人Xについては57点のケープと関連するアイテム57点、聖人Yはケープ49点と関連アイテム66点を確認した。分析の結果、これらの奉納品のうち、前者は1940年代、後者は1950年代のものが現存するものとしてはもっとも古いことが判明した。また聖人Xに寄せられた奉納品にはこの聖人の持物と関わる表象が繰り返し刻まれている一方、聖人Yには寄進者の家系を表す紋章がたびたびみられ、当該教会の主聖人に対する地元有力者の影響がうかがえた。これらの情報を補完するために、双方の聖人を支える組織(兄弟会)の関係者に聞き取りを実施し、C教会の聖人崇拝の動向や祭礼に関する情報を収集した。
以上の調査で得られた情報とこれまでに調査をおこなってきた二つの教会の状況を比較することで、それぞれに歴史的背景や社会階層の異なる人びとが集まる三つの教会(A~C教会)の寄進の実態や特徴がみえてきた。特に近年は近隣の村落から市内に移住してきた人たちの影響により、寄進の質や量が変容してきている点が浮かび上がってきた。今後はこうしたなかで、寄進という宗教実践が人びとの信仰や帰属意識などさまざまな要因といかに関わっているかを考察していきたい。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

2年にわたる海外渡航制限がようやく緩和されたことで、本年度は現地調査を二度にわたり実施することが可能になった。本研究課題の計画段階で調査を予定していた三つの教会のうち、最後の一つとなるC教会の奉納品に関する調査を完了した。調査では、奉納品の管理をおこなってきた人物や兄弟会などの教会組織のメンバーからも奉納品の詳細について聞き取りを実施した。これにより、C教会の奉納品の移り変わり、寄進者の社会背景などを把握することができた。
また、前年度までに調査を終えたA教会とB教会については収集した情報をもとに、奉納品の特徴や寄進者の傾向について分析をすすめた。その結果、両教会ではともに20世紀後半、特に1980年代以降に寄進が大きく拡大してきているが、それぞれの教会における寄進の中身や担い手が異なる様相を呈している点が掴めた。A教会の聖母には地元住民だけでなく近隣県からクスコに移住してきた人たちからの寄進が増加している一方、クスコでもっとも格式のあるB教会では、寄進者のなかに地元の有力者や政治家のほか、民間企業なども数多く名を連ねていることなどがわかってきた。
今後は、クスコ市内でもとりわけ多くの奉納品が集まるこれら三つの教会の状況から現代アンデスにみられる寄進の特徴について考察をおこなっていきたい。そのために、今回の現地調査では十分な時間を割くことができなかった各教会の財産目録など資料の収集と分析もおこなう予定である。

2021年度活動報告(研究実績の概要)

本年度は、予備調査の情報を精査のうえ、調査対象に選定した3つの教区のうち、主としてB教区に関する記録の分析をおこなった。
1)B教区に2018年までに納められた奉納品(スダリオ)330点の画像を解析し、奉納品に残された奉納者の情報を読み取った。
2)奉納品に描かれた紋様について、関連書籍ならびに修道院関係者の助言をもとに、図像学的な分析をおこなった。
3)B教区に関する予備調査の内容を整理して、スペイン語の報告書”Catalogo de los Sudarios del Senor de los Temblores”(全111頁)を作成し、クスコ大司教府文化財管理局に提出した。また、ペルー文化省とカトリック司教協議会(Conferencia Episcopal)文化財委員会が主催する、教会関連施設の文化財の保全に関する国際会議(VII Encuentro de Responsables de Bienes Culturales en el Bicentenario-PANEL INTERNACIONAL)において、これまでペルー南部地域の教会でおこなってきた寄進財に関する調査について報告した。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

現地への渡航の目途がたたず、本年度に予定されていた調査が計画どおり実施できなかった。他方、メールやウェブ会議を積極的に活用することで、現地機関との調整や、調査対象に関する情報収集の一部はすすめることが可能になった。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

研究初年度にあたる2020年度は、関連資料の読み込み、および今後の調査に向けた現地機関との調整を中心におこなった。
(1)本研究が対象とするペルー南部クスコ市の3つの教区でおこなわれている聖人にまつわる行事について、既存資料をもとに情報を精査した。予備調査の際に収集したA教区における近年の状況、とくに聖人信仰がいかなる主体によって支えられてきたのかについて分析をおこなった。いくつかの記録をもとに、ア)聖人祭礼主催者をとりまく人々、イ)奉納品の寄進者、ウ)民俗舞踊を奉納する集団、という大きく3つの主体の存在が明らかになった。このうち、ウ)の動向に関する分析結果については、日本文化人類学会の次期研究大会の分科会において、「競合と連帯:ペルーにおける都市祭礼の再編」という題目で報告予定である。
(2)現地機関の関係者とコンタクトをとったほか、ウェブミーティングを実施し、調査のすすめ方について協議し、来年度以降、現地への渡航が可能になった段階で速やかに調査ができるよう調整した。既に予備調査を済ませたA教区以外に、B教区およびC教区の責任者である教区長にも調査概要を説明し、実施許可を得るとともに、現在の奉納品の管理状況やそれらに関する記録等の所在について確認をおこなった。さらに、クスコ大司教および大司教府の文化財管理局の局長に書面で調査許可と調査データの学術雑誌等の掲載許可を申請し、報告書等の出版にかかる手続きを整えた。
上記のA教区の予備調査の内容を整理して、スペイン語の報告書”Catalogo de las Capas y Vestimentas de la Virgen de Natividad del Templo de Almudena”(全113頁)を作成し、クスコ大司教府文化財管理局に提出した。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

現地への渡航の見通しがたたず、初年度に予定されていた調査が計画どおり実施できなかった。他方、メールやウェブ会議を積極的に活用することで、現地機関との調整や、調査対象に関する情報収集の一部はすすめることが可能になった。