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ネパールにおける近代医療の市場化―医療アクセス・薬剤・身体経験―(2020-2022)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|特別研究員奨励費

代表者 中村友香

目的・内容

本研究の目的は、近代医療の市場化と浸透が進む現代ネパールで、人々の生活世界がいかに変容しつつあるのかを、糖尿病患者の治療実践から明らかにすることである。特に、マクロな視点から社会状況を把握するために、①ネパールにおける近代医療の歴史と動態を明らかにする。それを踏まえたうえで、ミクロな視点から、②医療アクセスをめぐる社会関係の広がりと薬局・検査施設の実態を明らかにする。それにより近代医療の市場化が、社会的要素と科学技術と絡み合いながらいかに進行しているのかを考察する。さらに③医療技術の受容と身体観の再編や、疾病や医療と連携する市民権運動の様相を明らかにすることで、人々が想像する「より良い」身体や社会、それに向けての実践を捉える。これらの調査から、包括的に、地域における近代医療の実態と社会変容過程の関係、さらにはその中での人々の生と病いの経験を明らかにする。

活動内容

2021年度活動報告(研究実績の概要)

2021年度、報告者は『ネパールにおける近代医療の市場化―医療アクセス・薬剤・身体経験―』という研究課題について以下の活動を行った。
2021年度は主に、これまでの研究成果発表と日本国内における調査を行った。第一に、医療の市場化が著しいネパールにおいて、糖尿病患者らがいかに薬剤を購入しているのか、また薬剤が包摂する多様な意味とそれが自己治療に対して与える影響に関して論じた論文が掲載された。
第二に、身体経験に関する語りと、医療従事者との経験共有の在り方についてAnnual Conference on South Asiaで発表を行った。新型コロナウイルス感染拡大の影響でネパールでの現地調査を行うことは叶わなかったが、この点については国内において以下の調査を行った。まず、在日ネパール人を対象に、病いの経験や医療アクセス、医療従事者との関わりについてインタビュー調査を行った。医療通訳のボランティアを通じて医療現場における相互行為の在り方の観察調査も行った。また、物語の類型や場を共有するもの同士の相互作用による物語の変容等の在り方を理解するために、日本の語り部と呼ばれる人々の現代的実践について岩手県遠野市でインタビュー調査を行った。
第三に、西ネパールの医療状況や社会文化的背景をより詳しく理解するために、当該地域に住む先住民である、マガール及びタルーの人々の保健医療に関する資料収集及び日本国内におけるインタビュー調査に取り組んだ。
このほか、前年度までの研究成果を整理し、『病いの会話―ネパールで糖尿病を共に生きる』を京都大学学術出版会から出版した。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

2020年度は主に、文献研究及び研究成果の発表を中心におこなった。まず、前年度までに実施した現地調査のうち、糖尿病患者の自己治療に関わる語りについて発表をおこなった。第54回日本文化人類学会では、特に糖尿病に関する語りが断片的に繰り返されていることを一種の経験の共有の方法として考察した。また、2020年度次世代育成セミナー・文化/社会人類学研究セミナーでは、糖尿病の自己治療と行為の責任に関わる語りに着目し口頭発表をおこなった。本研究の議論の深化のため、オンラインを通じてネパールのインフォーマントへのインタビュー調査を継続している。
第二に、ネパールにおける医療改革運動の様相について発表をおこなった。2020年度南アジアセミナーでは、特に医療改革運動がネパールの社会的包摂の一連の運動や現象と関連して、いかに位置づけられるかについて発表した。また、現代ネパールでの医療改革運動を、南アジア的なハンガーストライキの動きと、民族運動から大きくはみ出た人権の主張などが絡まり合うハイブリッドな運動として考察しIUAES (International Union of Anthropology and Ethnological
Sciences)にて発表した。
第三に、研究対象地域である西ネパールの医療状況や社会文化的背景をより詳しく理解するために、当該地域に住む先住民族であるマガールの人々の保健医療状況や伝統医療に関する資料収集と文献研究に取り組んだ。それらのうちの、伝統治療師の社会的地位に関する調査の結果の一部を、ヒマーラヤ若手共同研究会で発表した。
このほか、前年度に研究成果を発表した糖尿病患者の薬剤とのかかわりに関する口頭発表について精査を加えStudies in Nepali History and Societyに論文を投稿し、採録が決定している。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

新型コロナウイルスの蔓延のため、現地での調査を実施することができなかった。ただし、これまでの調査結果を分析し、分析の成果の発表をおこなうことができた。また、文献研究に加え、オンラインを通じたインタビュー調査により補足調査を実施し、研究課題についての理解を深化させることができた。以上のことから、研究成果の発信についてはおおむね順調であったものの、調査については計画と比較してやや遅れていると考える。