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災害遺構を巡る住民の語りをもとにした集合的記憶形成過程の分析(2020-2022)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|特別研究員奨励費

代表者 坂口奈央

目的・内容

災害遺構を巡る被災住民の語りは、災害前の地域社会構造やその背景に起因している。その語りは、決して被災の衝撃に伴う個人的な感情論ではなく、被災前の生活経験を拠り所に社会的行為としての意思決定の中で形成されたものである。住民の語りの背景を知るために諸個人の生活史を調査することは、住民が被災前の地域社会における出来事や社会的変動とどのように 向き合ってきたのか、またその語りを手がかりにすることで、災害遺構に対する住民の意味付与の内実を解明できる。これまで、災害遺構を巡る住民の語りの内容とその背景を、集合的記憶の形成過程から分析した研究は見られない。そこで本研究では、災害遺構を拠点にした地域住民の災害前の生活経験に基づく集合的記憶の内実とその形成過程、そして、地域住民が集合的記憶を手掛かりにどのような復興を模索しているのか、被災地域住民が集合的記憶を再構築させていく過程を明らかにする。

活動内容

2021年度活動報告(研究実績の概要)

コロナ禍で海外調査は実現不可だったが、その分、国内における災害遺構調査を幅広く実践するとともに、そこで暮らす人びとの固有の論理について調査した。1年目は、岩手県内における災害復興に対する住民の生活史調査を軸に行ってきた。これを踏まえ2年目は、宮城・福島において保存された遺構調査および災害伝承に関連した施設の調査を実施した。災害遺構といっても、伝承施設として保存されたものもあれば、当該地区住民間で災害遺構と名付けた自然物など、固有のモノもある。いずれも、そこで暮らす人びとによる、かつての日常(過去)/震災時/これからを生きる(未来)という時間軸に分節された記憶が再構築される交差点であり起点となっているのが、災害遺構である。調査では、震災から10年という時間に着目し、人々の記憶の変容がどのような過程を経ているのかについても、聞き取り調査で裏付けを行った。聞き取り調査では、対象者1名に対し、3回ほど行い、各自の生活史について、じっくり語ってもらった。こうした濃密な調査を重ねる中で、対象者との関係構築が生まれ、新たな発見もあった。それは、語りについて、聞き手との相互作用の中でどのように生み出されていくのか、調査者=私という視点を組み込んだ分析を用いることで、三陸の人々にとっての災害復興とは何かを明らかにする道を拓くことである。生活史調査では、語り手が一方的に自身の半生を語っているわけではない。語りが生み出されるいくつかの要因がある。これらを踏まえたうえで分析することで、新たな発見がみえていく。
研究成果として1年目および2年目の調査で得られたデータをもとに、今年度は、日本文化人類学会、日本災害復興学会、オーラルヒストリー学会、社会関係資本学会など、5つの学会で8本の報告を行った。報告の際、聴衆者からいただいたコメントをもとに、現在2本の査読論文の作成を終え、現在、審査中である。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

当初、海外における遺構調査を今年度予定していたが、海外渡航が困難となった分、三陸での調査に加え、阪神淡路大震災後に残された遺構調査など、国内における災害遺構調査を行うことができた。当調査によって、災害遺構には、地域の歴史や主要産業など、地域の特性によって、何を保存したいのか、違いがみられることが判明した。これは、国内調査を重点的に行うことで得られた発見である。また、生活史調査を重ねる中で、語りの意味について探求し、分析に加えることが、本研究を深めていくこととなった。生活史調査については、当初から予定していたが、日本オーラルヒストリー学会に所属し、当学会シンポジウムに登壇する機会を得る中で、生活史調査がもつ社会的意義について、先行研究から学ぶことができた。以上の点から、研究はおおむね予定通り進捗しているといえる。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

2020年度は、査読論文2本執筆、掲載された。これら論文の概要は、次の通りである。
①投稿論文『社会学研究』に掲載された論文は、災害遺構「船」を巡り、地元婦人会の女性が主張した背景について、彼女たちの生活史をもとに、ライフコース分析を行った。その結果、彼女たちの主張には、地域社会構造とりわけ漁業に規定された日常が大きく影響していることがわかった。
②投稿論文『Journal of Disaster Research』に掲載された論文は、英語論文である。災害遺構の中でも論争に発展した「旧役場庁舎」を巡り、震災時60代男性に共通してみられた特徴的な語りの背景について、聞き取りおよび文献調査をもとに、分析・考察を行った。その結果、①同様、特に近代化によって発展したものの漁業形態の変容で、人びとの生活が大きく揺さぶられた経験が彼らの主張には大きく関係していること、また、災害遺構は地域社会の象徴的意味付与がなされていることが判明した。
これまでの災害遺構論は、遺構の活用方法に関した論理展開が多く、保存を前提としたものであった。こうした従来のとらえ方に対し、本研究では、被災当事者らがどのように災害遺構を意味づけているのか、また、災害遺構は被災当時の記憶を想起させる点が焦点化され、防災減災や伝承教育といった社会的価値が提示されるが、被災当事者らにとっての災害遺構とは、こうした外部者のまなざしとは異なる意味付与を行っていることを明らかにした。その上で、被災当事者らにとっての災害伝承のあり方について、再検討する必要があることを明示した。
この他、災害伝承をテーマに、東北大学の研究者らと、ジェンダーおよび多様な視点をふまえた災害伝承のあり方について共同調査を行い、ポスター発表も行ったところである。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

2020年度の調査は、三陸沿岸の被災地にとどまったが、これまでメイン調査地であった岩手県大槌町だけでなく、岩手県大船渡市越喜来地区や、宮城県気仙沼市鹿折地区など、新たな調査対象地を開拓した。また聞き取り調査についても、各地区5名ほどずつ、複数回実施することができた。新たな災害遺構のあり方に対する住民の記憶や意味付与に関する考察を深めているところである。
また、投稿査読論文を2本作成し、掲載された。いずれも災害遺構を巡る住民間の対立を事例に、なぜ被災当事者らが災害遺構に対して特別な意味付与を行うのかについて、被災前の日常の記憶がどのように想起され、集合化されてきたのか、明らかにしたものである。
さらに、東北大学に所属する研究者4名とともに、2020年度から共同研究を始めた。本研究チームは、「災害伝承」および「地域社会における女性の参画、役割」について研究実績をもつ以下の5名で構成される。研究の目的は、災害伝承とは誰に向けてどのようにあるべきかを目的に、インパクトのある伝承だけでなく、誰もが共感できる災害伝承のあり方について、女性視点からアプローチする、というものである。近年被災地に相次いで新設された伝承施設には、「歴史」や「事実」に基づく教訓が、被災者や来訪者らによって集合的記憶化されていく場となりうる。また、社会的多様性を含みながら防災意識を高めていく、公的施設としての代表的役割を担う。こうした災害伝承施設で取り扱われる展示物などは、被災時のインパクトが焦点化され、また一般的な事象に関する展示にとどまっている。災害を介し、被災者そして外来者によって紡ぎあげていくはずの災害伝承に関する集合的記憶の変容に関して、共同研究を実践することは、本研究をより発展的に考察することにつながっている。