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社会変化と民俗特有の病いの変容:韓国と台湾の産後の病いに対する比較研究(2019-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|研究活動スタート支援

諸昭喜

★2020年4月1日転入

目的・内容

本研究は社会的な変化に直面した病いの代表として東洋医学上の産後の病いにフォーカスを置いて、韓国と台湾の二つの病いの実態を比較する。二つの社会の比較研究を通じて、産後に適切なケアを受けられなかった女性がかかる産後特有の病いの語りを通じて明らかになると予想されることは、レイヤー①:個人)女性の経験からくる苦しみのidiom、文化的価値観、文化的表現の検討、女性が感じている症状、苦悩に焦点を当て個人から解釈される様相、レイヤー②:医療文化)東洋医学の置かれた位置づけとこの病気との関係、西洋医学との関係(未来)と植民地経験(過去)の2つに引きずられて、現在の東洋医学が存在している様相、レイヤー③:社会環境) 少子化などの現在の社会の変化からくる出産への注目と、それが産後の病にもたらす影響、である。

活動内容

2021年度活動報告(研究実績の概要)

「国と文化、時代にのみ発見される病気についてどう理解するか」という根本的な問題意識から、産後ケアや病いにおける複数の現場でのエスノグラフィと比較研究をしていた。これまでは研究の中心は、文化特有の病いと社会・文化との関係を、患者の語りに焦点を当てて分析することを中心に行ってきた。この科研では2つの側面で研究を拡大させた。第一に、韓国という地域の研究テーマを多様化し、産後風や冷え症の治療に対する民間療法(ヨモギ)について取り上げ、日本語で出版される。第二に、産後の文化的様相について台湾の研究にも地域を広げ、台湾での中医学の受容と産後の症状についての解釈について研究を進め、英語で出版される。
ある文化の中で生きて行く人々が共通的に持っている身体観と病観念は、その文化を集約的に見せてくれると言っても過言ではない。医学的信念体系は他の信念と同じように社会によって条件づけられている。人々は病と病の治療について経験的に蓄積された知識を持っているし、その知識は多くの部分は歴史的に形成されて、文化的背景の中で変化しながら構成される。病に対して理解することはその社会の文化を理解することの核心的要素になりえる。文化による病気の認識と治療の変化に対する可能性は、同時的分析として同時代の多くの文化を理解することができる可能性を開き、通時的でも疾病の歴史的変化に対しても論ずることができるようになる。したがって疾病の認識と治療の慣行を把握することは一つの社会が共有する過去と現在の文化を理解するのに重要なだけでなく、未来の再構成のための起草作業になった。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

本研究は、文化特有の病いと社会・文化との関係を、患者の語りに焦点を当てて分析することを主たる目的としている。研究対象は韓国の産後の女性に特有の「産後風」といわれる症状であり、本年度は、韓国の若い世代に対する調査を行い、社会の近代化と病いの変容に焦点を当てた。
1)産後ケアを大事にするようになった現在の韓国でも産後の症状を訴える患者たちは常に存在するが、その語りの内容は世代によって異なる。近代化以前の多くの女性は、栄養不足と労働に起因する慢性衰弱状態であり、さらに頻繁な出産と育児のために苦しんでいた。近代化の時期になると、家族だけでなく地域と国のため、身体的、精神的な苦痛に耐えていた。また、現代の女性はライフを構成する主な活動領域が変化したが、さらに負担になった出産と育児の責任感がこの産後の病いの語りから生き生きと表れている。症状の解析の中身には否定的記憶、人生の苦難を表現する方法として、身体の慢性的な痛みという形が文化的に許容される側面が見える。伝統医学における病いが時代とともに変容するさまを、患者自身の症状に対する解釈の変化も含めて明らかにする。
2)韓国の場合、西洋医学のパラダイムにおいて、東洋医学の疾病名は失われる傾向があり、「○○症、〇〇症候群」という症状で呼ばれる傾向が強まっている。しかし、産後の病に関しては、政府からの出産関連政策と漢方の言説形成、産後ケアサービス業拡大の影響があり、産後風の病名がまだ認められる点も有意味だった。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況要)

韓国の産後の病に関しては、博士論文の内容と2020年度の調査結果を発展させ、学術図書の執筆、編集をすすめ、韓国の韓国学中央研究院の2021年度の出版助成により、刊行を予定している。民俗病の歴史と近代化、病いのイディオムから見る妊娠と産後の体、共有されている病いの語りと時代の反映、漢方の中で構築される民間の病いというそれぞれのテーマで、伝統医学の病いがバイオメディカルなパラダイムとの競合関係の中でどのように変化するかを分析した。東洋医学に同じ起源をもつ台湾の「月内風」と産後の産後ケアに関して文献調査からも類似な仮設は提起される。しかし、新型コロナウィルスの発生のため、現地調査が行われていないので、実際の現地調査からの資料を基にする比較研究までは進んでいない。

2019年度活動報告

2019年度は、韓国と台湾を対象として、地域選定及び予備調査、資料調査を行った。具体的には、伝統医学の病いがバイオメディカルなパラダイムとの競合関係の中でどのように変化するかを分析することを目的として、両国の歴史、近代化と都市化、医療システム、グローバル化における漢方の立場、家族構成、人口政策や少子化への対策、出産と産後ケアの状態などの基本情報について文献調査を実施した。韓国での調査に関しては、奈良女子大学の倫理審査を受審し、承認後にインタビュー依頼を開始し、2019年8月から12月の間に3回の予備調査を行った。これまでの高齢者に対する調査と比較するため、若い世代とその治療者に対する調査を主に行い、調査結果については韓国で研究会で2回発表した。この内容は韓国医療人類学研究会の編集の本で来年出版される予定である。台湾については、東洋医学に起源をもつ台湾の「風湿」又は「月内風」との比較研究の初段階として、今年度は主に文献調査を行った。