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インドネシアにおける華人キリスト者の人類学的研究:「中華性」と対峙する日常(2019-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|研究活動スタート支援

Mori Albertus.Thomas

◆ 2021年4月1日転入

目的・内容

研究の概要

本研究の目的は、インドネシアにおける中国に出自を持つプロテスタント信者に着目し、特に2000年の華人文化禁止政策の解除以降、「中国人らしさ」を強調するような華人文化の復興活動に対して、彼らがいかに伝道活動などの信仰実践を通じて一定の距離を保ちながら独自の文化解釈を試みているのか、その現状を参与観察と聞き取り調査を中心とする現地調査から明らかにするとともに、「中国人らしさ」を考察と議論の基準とした従来の華人研究に疑問を呈し、「華人」と区別する「華人キリスト者」という独自のカテゴリーの成立可能性を含めて新たな研究手法を模索することである。

研究の目的

本研究の目的は、インドネシアの華人(Orang Tionghoa/ Chinese Overseas)の約2割を占めるプロテスタント信者を対象として、従来の華人研究が前提とする「中華性(Chineseness)」のカテゴリーに含まれないキリスト信仰をコアとする彼らが、如何に伝道活動などキリスト教ミッションの実践を中心に共同体を構築し、中国社会との文化的連続性を表す「中華性」と対峙しているのかを明らかにすることであり、さらに「華人」と区別する「華人キリスト者」という独自のカテゴリーの成立可能性までを検討の視野に入れ民族誌として記述する。

活動内容

2021年度活動報告(研究実績の概要)

本研究は2022年2月の時点で、新型コロナウイルスの影響により、主な調査先(インドネシア、マレーシアなど)のへ渡航制限および研究調査許可の申請受付の一時中止がまだ継続している。それを受けて、インターネットを活用して一部の調査対象者へのインタビュー調査などを図っていたが、本来予定した現地協力者をはじめとする対象者や関係者の大半が高齢のために、SNSや電子メールなどに慣れておらず、本研究にとって満足できるコミュニケーションをとれなかった。
その状況に鑑み、本研究の計画における主な研究活動である現地フィールドワークを実施できる見込みがないと見られたため、これ以上の延長申請を行わずに研究事業を終了させるべきと判断した。
他方、調査対象である各教会やミッション系機構の関係者の中、10~30代の人々が集まるSNSのグループ合計6つに参加してかつ日常的なチャットを調査した。結果として、これら若い世代の華人キリスト者たちは伝道大会などの宗教イベントへの積極的な取り組みを立身出世委などの自己実現のツールとして考える傾向があると分かった。実際に行われる宗教実践の空間にアクセスしないとこの傾向性を検証できないが、今後渡航制限および調査許可の制限が解除された暁に、この傾向性への把握は、本研究事業と同じ方向の研究活動に資すると考えられる。それに関連する考察作業は、本研究事業が終了した後も継続してかつ公表する予定である。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

2020年は新型コロナウイルスの影響により、国際渡航ができなかったため、当初予定したフィールドワークを実施できなかった代わりに、今後フィールドワークが再び可能になる時に備えて、いったん、インドネシアの華人キリスト者の行動原理を巡る仮説を立てる作業に切り替えた。
具体的には、東南アジアにおける華人貿易活動の歴史は数百年あるが、祖先の出自地域および言語集団を基本とする従来の共同体形成の仕方は、やがて近代国家制度に敵わなくなる。それで経済活動のフロンティアに立つ人々は、利益の最大化を追求するために、「近代」へのアンチテーゼである福音主義キリスト教を結束の手段に選んだという仮説である。この仮説をもとに、福音主義キリスト教に内在する近代批判の性質をエリック・フェーゲリンの政治哲学を通して、「インドネシア華人キリスト教会連合会」の実業家出身指導者の動機分析はミレット制度における非ムスリム商人の活動との比較を通してそれぞれ研究を進めている。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

主な調査予定地であるインドネシアとマレーシアは感染対策の一環として、公務などを除いた外国籍の新規入国および滞在申請を受け付けないため、本研究のメインな調査を実施できない。このような状態の中で、本来予定した6人の現地協力者を介して、Skypeなどの即時通信手段で調査対象にインタビュー調査を行おうと試みたが、現地政府の様々な外出制限によりごく一部にしか接触できなかった。また協力者も調査対象も高齢者が多く、このような非対面コミュニケーションに慣れない方がほとんどのため、効果的な調査には及ばなかった。

2019年度活動報告(研究実績の概要)

本研究は従来の華人研究において絶対的な基準として主張された「中華性(Chineseness)」とは別に、「華人キリスト者」たちの日常的宗教実践を通して新たな「華人像」を描き出すことを目指す。具体的にはジャカルタ首都特別区におけるインドネシア華人キリスト教会連合会(PGTI)、メソジスト派のインドネシア第二年会(GMI Wilayah II)の第三教区、首都圏最大の単立華人教会「国語堂(GKY)」を対象として、各自の海外交流や関連事業、及び相互間の比較について調査する。
本年度は主に文献調査を中心に、特に教会情報誌『文橋』を通してPGTIの成立の経緯を明らかにした。台湾、アメリカ、香港の華人キリスト者を中心とする「世界華人福音運動」は、1987年からインドネシアに進出を試みたが、「華人」という特徴の強調が政府の基本方針に抵触したため、ジャカルタで月に1回情報交換を目的とする合同祈祷会のみを開始させた。しかし、「世界華人福音運動」が中華性への過剰な拘りによって1990年代半ばから多くの華人教会の支援を失った一方、ジャカルタの華人教会の一部の実業家たちは、1998年の5月暴動の善後処置のために設立した支援団体をもとにPGTIの事務局の前身を設立し、「世界華人福音運動」からインドネシア支部として認めてもらった。だがそれらの実業家たちは中国大陸の教会との関係性を重視する傾向が強いことは、中国の政府公認教会の機関誌『天風』には大量の訪問交流活動の記録が確認された。
そのため、PGTIに強烈な親中的傾向があることが分かった。その大規模な組織、華人キリスト者全体を代表する団体という政府のお墨付きにより、インドネシアの華人キリスト者たちの現状は、特定のカテゴリーへの帰属を勝手に設定されているように考えられよう。これが引き続き個々の華人キリスト者の意識と行動を捉える際の重要な前提になっている。

2019年度活動報告(現在までの進捗状況)

2019年10月18日、マレーシアのミッション系出版社の好意により、教会の伝道関連情報誌『文橋』のバックナンバー(1985年~2000年)を寄贈してもらった。スハルト政権時代の華人文化禁止政策によってインドネシア国内には歴史を反映できる一次文献がないため、この情報誌に記載されたインドネシアの華人教会関連の情報を抽出・整理している。1月中旬までの時点では、すでに前述したように文献調査を行い、フィールドワークを実施するための前提を把握した。
しかし、新型コロナウイルスの拡散により、とりわけインドネシア政府及び日本政府の渡航制限により、1月下旬から予定した2か月間のジャカルタと香港の現地調査を実行できなかった。本研究にとって研究データの収集は主にフィールドワークを通して行わなければならないため、3月末まで電話やSNSなどを通して現地の研究協力者及び予定した調査対象者たちとコンタクトを取るよう試みているが、それだけでは人類学的研究にとって必要な信頼関係が十分に構築しがたい。また調査対象者には電子機器類の使用などに疎い高齢者が多くいるため、通信手段のみではフィールドワーク事態を代替できない。そのため、現在本研究は予定より大幅に遅れている。