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タサ記録の人文情報学的研究―スペインの植民地統治とアンデスの先住民社会(2021-2024)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B)

齋藤晃

目的・内容

研究の概要

スペイン統治下のアメリカでは、タサとは先住民がスペイン国王に支払う租税の種類と数量を査定した文書を指す。アンデスでは、最初のタサは1570年代に作成された。約150万人の先住民の人口構成や居住形態、経済活動を記録したこの文書は、その大きな情報量がかえって妨げとなって、総合的に研究されることがなかった。本研究は、国内外の専門家を糾合した国際体制のもと、人文情報学の道具と方法を活用してタサの体系的分析を試みる。それにより、16世紀後半にスペインの植民地統治が「近代的」と呼びうる方向へ転換したことを示すとともに、先住民社会が細分化し、系譜集団から地縁共同体へ変貌していく過程を全体的に描き出す。

研究の目的

本研究は次のふたつの目的をもつ。
目的1:本研究では、作業仮説として、タサ記録を①スペイン人による先住民の支配と搾取を法制化するとともに、②先住民社会に関する「民族誌学的」知識を植民地統治に応用する道具とみなす。この仮説を検証するため、タサの作成経緯や流通経路、利用方法や保管場所を調査し、それが先住民の支配と搾取において果たした役割を解明し、ひいてはスペイン人がアンデスに構築した統治システムそれ自体の特徴を浮き彫りにする。
目的2:人文情報学の道具と方法をタサの分析に応用し、スペイン統治下の先住民社会の全体像を総合的かつ多角的に解明する。具体的には、レパルティミエントとエンコミエンダとレドゥクシオンを重点的調査項目に定め、タサの情報を体系的に整理・分析することで、約550の先住民集団のすべてに関して社会組織や人口構成、居住形態や経済活動などの特徴を把握し、その通時的変化を再構成する。

活動内容

2023年度実施計画

本年度の研究活動は次のふたつの軸に沿って展開される。
1.ネットワークグラフ型総覧図の作成
昨年度に引き続き、レパルティミエントとレドゥクシオンのネットワークグラフ型総覧図の作成を進める。この総覧図は、専用のウェブポータルサイトで公開し、国内外の研究者の学術的利用に供することを目指している。昨年度は情報システムの専門業者の協力を得て、レパルティミエントからレドゥクシオンへの人口移動を概念的・抽象的に視覚化したネットワークグラフを開発した。本年度は、そのネットワークグラフをアンデスの地図に関連づけ、個々の人口移動を地図上で具体的に視覚化することを試みる。
2.研究成果の論文へのとりまとめ
これまでに実施したタサの現存史料の分析に基づいて、第5代ペルー副王フランシスコ・デ・トレドが1570年代にアンデス全土で実施した先住民の総集住化に関する論文を執筆する。この論文では、従来の研究がタサから一部の情報のみを抽出し、その情報に基づいて分析を進めたため、偏った結論に陥ってしまったことを指摘する。そのうえで、タサの情報を網羅的・総合的に分析することで、トレドの集住化に関するより正確な情報を提示する。

2022年度活動報告(研究実績の概要)

本年度の研究では、①海外の図書館・文書館におけるタサの現存史料の追加調査、②収集済みのタサ史料の解読と分析に基づく目的別データベースの作成、③目的別データベースを活用したネットワークグラフ型総覧図のプロトタイプの作成、④研究成果の英語論文へのとりまとめを実施した。以下、個別に詳述する。
まず①についてだが、南米ペルーのアヤクチョ市の農業会議所の文書館にタサ史料のコピーが保管されているという情報を入手し、海外共同研究者に調査と収集を依頼した。成果としては、アヤクチョ市を中心とするワマンガ地方のレパルティミエントとレドゥクシオンに関して、これまで調査した史料にはなかった新たな情報を入手することができた。
②については、③のネットワークグラフ型総覧図の作成に必要なデータを抽出し、整理した目的別データベースを複数作成した。この作業の過程で、必要に応じて、総合的データベースの改良も実施した。
③については、専門業者の協力を得て、ネットワークグラフ型総覧図のプロトタイプを作成した。最初のヴァージョンとしては、完成度はまずまずだが、見やすさや扱いやすさの点ではまだ改善の余地がある。また、ネットワークグラフと地図を連結させるという重要な作業がまだ残されている。
④については、新たなタサ史料の入手や既存のデータベースの改良により、論文で提示するデータ、およびそのデータに基づく見解を部分的に修正しなければならなかった。そのうえで、執筆作業をさらに進めた。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

4年の研究期間のうちの2年目にして、本研究プロジェクトの最重要課題であるレパルティミエントとレドゥクシオンのネットワークグラフ型総覧図のプロトタイプを完成させることができた。まだ改善の余地は多いが、必要なデータはすでにそろっており、技術的な問題もおおむね解決のめどが立っている。

2021年度活動報告(研究実績の概要)

本年度の研究では、スペインとラテンアメリカの図書館・文書館におけるタサの現存史料の探求と収集、および収集した史料に基づくデータベースの構築を優先的に進めた。
まず前者についてだが、新型コロナウイルスの流行を踏まえて、文献調査は当該国に在住する海外共同研究者に担当してもらった。成果としては、スペインのセビーリャ大学図書館とペルー国立図書館において、新史料を発見し、コピーを入手することができた。未刊史料はもちろん、既刊史料に関しても、解読ミスや誤植を避けるため、オリジナルのコピーを入手した。過去に収集した史料についても、紙のコピーやフィルムのものはデジタル化を進め、研究チームによるデータ共有と共同作業の便宜をはかった。
データベースの構築については、本年度はレパルティミエントとレドゥクシオンのふたつに焦点を絞り、史料に記載された関連情報を網羅的に抽出し、容易に参照可能なかたちに整序した。また、ネットワークグラフ型総覧図の作成に必要な情報のみをとりまとめた特化型データベースも別途、作成した。そのネットワークグラフについては、情報システムを専門とする業者の協力を仰ぎながら、具体的な構想を固めた。
スペイン統治下のアンデスにおいて最初のタサを生み出した1570年代の「近代的」行政改革については、国内外の専門家と協力して、英語の論文集を刊行する準備を進めた。スペイン語原稿については、業者に依頼して英語に翻訳した。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

新型コロナウイルスの流行により図書館・文書館の利用が困難になることが懸念されたが、さいわい、大きな支障をきたすことなく、文献調査を進めることができた。データベースの構築についても、設計の段階で十分な議論を積み重ねたおかげで、関連情報を効率的に整序することができた。