Select Language

観光における不確実性の再定位

研究期間:2021.10-2025.3

代表者 土井清美

キーワード

観光、不確実性、畏れ

目的

近年、観光にかかわる不確実性やリスクを取り上げて、その縮減を目指す研究が盛んになっている。しかしそれらの研究は、COVID-19問題や観光公害など増大する一方の各種リスクへの効果的な処方箋を、必ずしも提示できていない。今日の「リスク社会」で強化され続けるリスクや不確実性に対する「問題=解決」型の構えは、観光という対象を十全に捉えきれていないのではないか。
こうした問題意識から本研究は、不確実性やリスクを一括りに排除すべき問題として見なす態度からは距離をおく。観光は、現代の社会状況が先鋭的に反映される実践であると同時に、儀礼や象徴といった伝統的な世界観を基底にもつ現象でもある。本研究は、近年の観光研究では顧みられなくなった後者の側面に再び光を当て、人類学における古典的な議論とリスク研究や現象学的アプローチなど近年の理論展開を架橋することで、不確実性/リスクと共存する世界への新たな視角からの民族誌的研究を行う。そこから、不確実性を問題として捉えるのではなく、むしろ交渉を通じて資源としたり、呪術=宗教的な手続きを通じて受け止めたりする「不確実性と共にある」観光実践および観光研究への理論的展望を拓く。

2024年度

昨年度は、館外研究員および特別招聘講師による、多様なフィールドに基づく発表をもとに、各メンバーの問題関心を交えつつ、移動、旅行、娯楽など観光に関連した不確実性を研究するための方法論や観点を中心に議論した。本年度は、成果出版に向けて3つのことを行う。第1に、一般の謂いである「観光」を超えてどのような現象を観光として扱いうるか焦点合わせを行う。第2に、本研究会の前身である「リスクと不確実性、および未来についての人類学的研究」(2008~2011年度 代表:東賢太朗)や「確率的事象と不確実性の人類学」(2015~2018年度 代表:市野澤潤平)でなされた議論をふりかえり、それらの考察の継承されるべき点と、時代状況の変化を念頭にした概念的展開を検討する。そのうえで、「観光」と「不確実性」それぞれおよび双方の研究領域において本研究がいかなる理論的貢献をなしうるか、その射程を探る。

【館内研究員】 島村一平
【館外研究員】 東賢太朗、碇陽子、石野隆美、市野澤潤平、小河久志、芝宮尚樹、田中孝枝、鍋倉咲希、師田史子、渡部瑞希

2023年度

不確実性とはたんに過去の出来事が未来にも法則的に発生しないという異常な将来への見通しではない。それはかつてはリスクや危険と位置付けられ、回避したり資源にしたりする対象ではなく、直面することによって、過去を参照したり、関係性を外部へと広げたり、力をつけたりなど多様な実践や様相が現れる契機である。
3年度目も引き続き、「不確実な出来事」を実体や認識であるかのように捉えるのではなく、「経験されるもの」として焦点化する。そして、観光という枠づけられた時空間における不確実な生や社会関係、出来事がいかに特徴づけられるか、多様な地域やテーマにおける類似性と差異を明らかにし、文化人類学的理論を組み立てる。共同研究会では、共同研究員4名の発表や議論のほか、不確実性に関する人類学的研究を進めている特別講師の招聘を計画している。必要に応じてオンラインで議論することを検討している。

【館内研究員】 島村一平
【館外研究員】 東賢太朗、碇陽子、石野隆美、市野澤潤平、小河久志、芝宮尚樹、田中孝枝、鍋倉咲希、師田史子、渡部瑞希
研究会
2023年5月20日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室 ウェブ開催併用)
師田史子(京都大学)「台湾におけるパチンコと日本人観光客」(仮)
今後の共同研究の方向性についての議論
2023年10月7日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
特別招聘講師 岡野英之 氏 
「観光立国タイが直面したパンデミックー新型コロナウイルス流行初期に何が起きたのかー」
共同研究会の今後の予定、成果出版に向けた方向性について議論
2024年2月17日(土)15:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
今後の共同研究会における議論の範囲および方向性、情報共有、成果論集に向けての話合い
情報提供:土井清美(二松学舎大学)「『備え』から『手直し』へ 『神話』から『儀礼へ』」
研究成果

2023年度は、12名の共同研究員による2件の研究発表と特別招聘講師による講義と質疑応答が行われた。また、国立民族学博物館の館内展示から得られた不確実性に関する示唆についての議論もあわせて交わされた。発表内容は、台湾やタイ、スペインをフィールドに観光産業や余暇制度に下支えされた移動としての「観光」の脈絡を超えて、他所あるいは日常的な生活が営まれる場とは異なる時空間において不確実性の問題を考えるものであった。不確実性は単純に異なる場所の文化的論理から浮上するものではなく、たとえば賭博をする者の経験と不可分な嗜好であったり、パンデミック初期の外部の人間の到来であったり、執拗な反復を伴う移動を促す要因であったりした。これらの発表をふまえ、2024年度は研究メンバーの関心や考察と接点をもちうる理論的枠組みの設定を行い、成果論集の出版につなげたい。

2022年度

本年度はオンライン形式と対面形式とをあわせて5回共同研究会を開催予定である(ハイフレックス型開催を試みる)。共同研究員による事例検討のみならず、それらの知見を架橋するような理論的理解を開拓することを目指す。議論をより活発化するため、本年度、観光立国フィリピンにおける気候変動とその危機意識をテーマにフィールドワークを進める芝宮尚樹氏(東京大学大学院博士課程)を新規のメンバーとして迎え入れ、最新の理論的見地をふまえた研究に寄与していただく。また、ネパールと日本において山岳ツーリズム研究を進める古川不可知氏に特別講師として招き、「観光」および「不確実」の概念の輪郭を一度緩め、存在論的な観点から、移動および観光資源として飼い慣らされえぬ自然環境との関わり方について事例にもとづく理論的考察を示していただく。

【館内研究員】 島村一平
【館外研究員】 東賢太朗、碇陽子、石野隆美、市野澤潤平、小河久志、芝宮尚樹、田中孝枝、鍋倉咲希、師田史子、渡部瑞希
研究会
2022年4月9日(土)13:00~15:00(ウェブ開催)
芝宮尚樹(東京大学大学院)「リスク・不確実性・危機:これまで考えてきたこと、これから考えていきたいこと」
2022年5月28日(土)14:00~17:30(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
古川不可知(九州大学)「不確実な「自然」をガイドする――ヒマラヤの山岳観光とリスクをめぐる冒険(仮)」
今後の共同研究会の方向性に関する議論
2022年11月26日(土)15:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
東賢太朗(名古屋大学)「観光の現場における偶然性:メイヤスーとヘグルンドの交差からの試論」
質疑応答
2022年11月27日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
碇陽子(明治大学)「遊び仕事についての人類学的考察」
質疑応答
研究会の方向性に関する議論
2023年1月7日(土)14:00~18:00(ウェブ開催)
田中孝枝(多摩大学)「オンラインツアーからみる観光の不確実性」(仮) 
渡部瑞希(帝京大学)「「観光客」としての不確定性を活用する――中国人観光客の「爆買い」とWeChatビジネスの事例から」

2021年度

別表に記したメンバー11名が、下記の理論的視座および調査対象のいずれかに沿って作業を進める。同時に、研究会発表を通じて知見を交換する形式で共同研究を推進する。

① 観光や不確実性に関する文献レビューと理論的検討
– 観光産業における不確実性/リスクの資源化および創造性/創発性の理論研究
– 「他者」や「他性」に関する人類学的研究蓄積と観光現象との接点の探究
– 「畏れ」や儀礼的行為に関する人類学的研究蓄積と観光現象との接点の探究
– 学際的なリスク研究や現象学的アプローチからの不確実性にかかわる理論検討
② 現代における多様な観光実践にみる不確実性の事例検討
– 管理困難な自然を対象とした観光実践における不確実性
– 多様化・複雑化するホスト/ゲスト関係における不確実性
– リミナリティ、非日常性、他性への欲望など観光の基本構造が生み出す不確実性
– 災害やCOVID-19、国境管理など外的・制度的要因に基づく不確実性

初年度(2021年)は2回研究会を開催する。初回は代表者が自身の論文「観光における「不確実性」:人類学的よび理論研究の展望」(中央学院大学紀要、2020年)をベースに趣旨説明を行った後、共同研究構成員全員が15分程度の発表を行って問題意識を共有し、共同研究全体の方針と個別の問題関心の接点を探る。第2回は構成員3名がそれぞれ①②のいずれかについて一時間程度の研究発表と質疑をおこない議論を深める。不足する要素についてはゲストスピーカーを呼ぶことで補完する(以降の回も同様)。
次年度(2022年)は2日間×2回の研究会を開催し、各回3名ずつ、前年度の議論と調査結果をふまえた発表を行う。また特別講師として、移動と環境の関係論を専門とする九州大学の古川不可知氏を招き、特に山岳観光に際しての不確実性への対処または利用の仕方について専門分野の知見を得る。7月の観光学術学会では本共同研究と同テーマの分科会を開き、観光に関する諸ディシプリンからの意見を取り入れる。最終年度(2023年)は、6月の日本文化人類学会において分科会を開き人類学的議論を強化し、視点を刷新する。研究会は3回(2日間×3回)開催する。初回と第2回は2名ずつ発表を行い議論の時間を長めに設ける。最終回はこれまでの議論を集約し成果物刊行の方針を定める。

【館内研究員】 島村一平
【館外研究員】 東賢太朗、碇陽子、石野隆美、市野澤潤平、小河久志、田中孝枝、鍋倉咲希、師田史子、渡部瑞希
研究会
2021年10月30日(土)13:30~16:30(ウェブ開催)
土井清美(中央学院大学):本研究の趣旨・概要
共同研究各メンバーからの質疑応答・意見交換・提案事項
2022年3月12日(土)9:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
国立民族学博物館館内展示見学
鍋倉咲希(立教大学大学院)「不確実性を「待つ」こと――「何もしない観光者」と時間について」
質疑応答
石野隆美(立教大学大学院)「不確実性が対面する空港空間――疑われる存在としてのツーリストをめぐる理論的考察」
質疑応答
2022年3月13日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
市野澤潤平(宮城学院女子大学)「不確実性をどう捉えるか」
質疑応答、研究会の方向性に関する議論
展示に関する議論、今後の研究会の予定
研究成果

初年度は2回の研究会を行った。第1回目の研究会では、観光における不確実性のレビューと本研究会の方向性の確認ののち、簡単な自己紹介や不確実性に関連した自らの問題関心などについて自由に討論を行った。第2回目の研究会では、鍋倉咲希(立教大学大学院)が、不確実性研究に関するレビューをしたのち、カンボジアはシェムリアップのゲストハウスをフィールドに、滞在者の他者との関わり方、未来への身構えなどについて発表した。石野隆美(立教大学大学院)は、空港の非―場所性について、日本の空港のセキュリティエリアの文献調査をもとに、安全性と搭乗客の監視システムの不確実性について発表した。市野澤潤平(宮城学院女子大学)は、不確実性と確実性に関する、人類学以外の概念を類型的に整理し、不確実性に内在する多様な含意を紹介した。これらの研究結果をもとに、次年度は「不確実性」の問い方を再度検討し、議論の出発点を共有するほか、旅行移動と滞在を焦点とした不確実性をめぐる事例検討を素材に、より広範なトピックに適用しうる理論的考察を行う。