Select Language

被傷性の人類学/人間学

研究期間:2021.10-2025.3

代表者 竹沢尚一郎

キーワード

被傷性、苦難、人間であること

目的

1992年、英国の人類学者J. Davisは難民研究の枠内で、従来の安定した社会構造や文化体系の研究に加え、「混乱と絶望に満ちた人類学」、彼のいう「苦難の人類学」が必要だと提言した。その20年後の2016年には、米国の人類学者Sherry Ortnerが、工場閉鎖、失業、短期雇用、疾病、戦争、災害等に苦しむ人々を対象とする「暗い人類学が人類学の中心的テーマになっている」と断言した。人類学におけるこうした関心の変化の背景にあるのは、グローバル化と新自由主義の進展による大量の移民や難民の出現、工場移転の結果としての失業や短期雇用の増加である。急速に変わりゆく現代世界の中で、人類学がその使命とされてきた「異文化研究の学」にとどまることは可能なのか。むしろそれは研究対象と研究方法の根本的な改変を必要としているのではないか。本研究の目的は、苦難に満ちた現代世界に生きる多様な人々を包括的に研究するための新たな方向性を見つけることである。

2024年度

2024年度は、3年にわたって実施してきた本研究会のまとめを行い、出版に向けた調整をする。それにあたり、各共同研究者が執筆予定の論文の内容を概略説明し、全員で討議する。10月をめどに執筆を完了し、年度内の出版をめざす。

【館内研究員】 鈴木英明
【館外研究員】 飯嶋秀治、稲賀繁美、兼松芽永、北中淳子、近藤有希子、菅原和孝、高林秀明、田中真理、寺戸淳子、西井涼子、深海菊絵、松田素二、森田良成
研究会
2024年7月20日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
研究成果本の出版に向けた打ち合わせ(全員が発表)


2023年度

本年度は6月に医療人類学の観点から被傷性に関する研究会を実施する。つぎに9月に、アートと被傷性のテーマで研究会を実施する。12月には人類学と被傷性のテーマの内、これまでにアプローチしなかったテーマについて研究会を実施する。この3回の研究会によって共同研究の全メンバーの発表が終わる計算なので、2月に最後の研究会を実施して、本の出版の協議をおこない、可能なかぎり今年度中に原稿を集め、出版社との協議に入る予定である。

【館内研究員】 鈴木英明
【館外研究員】 飯嶋秀治、稲賀繁美、兼松芽永、北中淳子、近藤有希子、菅原和孝、高林秀明、田中真理、寺戸淳子、西井涼子、深海菊絵、松田素二、森田良成
研究会
2023年7月29日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
深海菊絵(国立民族学博物館)「『倫理的』であることへのこだわり――ポリアモリーとvulnerability (仮)」
森田良成(桃山学院大学)「路上で生きることと被傷性――大阪のホームレスの事例」
総合討論
2023年12月2日(土)13:00~17:30(日本カルチャー協会福岡 ウェブ開催併用)
北中淳子「脳神経科学的共感に向けて:医療人類学的視点(仮)」
浜田明範「感染症からみる被傷性と集団の多重性」
総合討論
2023年12月3日(日)9:30~12:00(日本カルチャー協会福岡 ウェブ開催併用)
田中真理「動作法の解説と実習」
2024年1月27日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
兼松芽永(女子美術大学)「局所的/個的被傷性をひらく試み ケアとしてのアート」
松田素二(総合地球環境学研究所)「アフリカ都市底辺にとってグローバルなパンデミックの危機とは何だったのか――ナイロビ「スラム」の事例から」
総合討論
研究成果

本年度は3回の研究会を実施した。研究発表は合わせて7本。うち4本は医療人類学に関わり、他はポリアモリーと倫理の関係、路上生活者と被傷性、ケアとしてのアートをテーマにしたものである。コロナウィルス感染症が猖獗をきわめていたこともあり、医療人類学に関する発表のうち2本はわが国とアフリカにおける同病気への対処法を論じ、他の2本は脳神経科学の観点からの共感の位置づけと、九州大学の臨床心理学が独自に開発した非言語的コミュニケーションとしての動作法に関するものである。
テーマが多岐にわたるので、本年度の研究会の成果を要約することは不可能だが、人間存在の根幹にかかわる属性としての被傷性がどのように多様に現れているか、それに人間とその社会はどのように対処してきたかを明らかにするという本研究会の目的は着実に成果をあげている。翌年度中に報告書を完成させるという目的に向かって、議論をさらに深めていく予定である。

2022年度

2022年度は本研究の第2年度であり、1年目の昨年には2度の研究会を実施して、研究代表者が問題意識を説明したほか、災害と被傷性、障がい・ケアと被傷性などのテーマについて議論をおこなった。これにより、メンバー間の問題意識もかなり共有されてきているとおもわれるので、その方向で共同研究を継続して実施する。具体的には、昨年度中におこなった2度の研究会で得られた理解をさらに発展するべく、臨床心理と被傷性、アートの被傷性、被傷性と暴力などのテーマについて研究会を実施する予定である。また、問題意識の広がりに対応するべく、共同研究の構成メンバーを拡充することにしている。

【館内研究員】 鈴木英明
【館外研究員】 飯嶋秀治、稲賀繁美、兼松芽永、北中淳子、近藤有希子、菅原和孝、高林秀明、田中真理、寺戸淳子、西井涼子、深海菊絵、松田素二、森田良成
研究会
2022年8月25日(木)13:00~18:00(アクロス福岡703号室 ウェブ開催併用)
田中真理「発達障害と被傷性」
飯嶋秀治「児童福祉施設と被傷性(仮)」
総合討論
2023年1月21日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
菅原和孝(京都大学)「グイ・ブッシュマンの婚外性関係(ザーク)に具現する女の被傷性――発狂(ズワズワ)に注目して」
近藤有希子(京都大学)「ルワンダにおける暴力の記憶と被傷性(仮)」
2023年2月11日(土)15:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
西井凉子(東京外国語大学アジアアフリカ研究所)「死者と共にあるということ―記憶と時間性」
総合討論
研究成果

今年度は本共同研究の2年目であり、充実した発表と討論がおこなわれた。今年度の第1回研究会は九州大学の2人の教員の発表であり、いずれも臨床心理学やそれに近い観点からの発表であった。田村真理は発達障害の概念が近年になって導入されたことで、臨床心理学の現場でどのようなことが生じているかについて発表し、飯嶋秀司は臨床心理学者とともに児童福祉施設でしばしば生じる児童の暴力性と、それにどう対処するかを放した。
第2回の研究会では2人のアフリカ研究者が発表をおこなった。菅原義孝はグイの人びとのもとでの婚外性関係が社会のなかに緊張と連帯の危うい関係性を生みだしていること、近藤有希子はジェノサイドがおこなわれたあとのルワンダで、被害者たちがどのように過去を語っているるか/語り得ないかについて発表をおこなった。第3回は「死にどう向き合うか」をテーマとしておこなわれ、西井凉子が長年付き合ってきた一人のタイ人女性の死後に、西井自身を含めた周囲の人間がどのように対処してきたかを分析した。

2021年度

本研究は、貧困(森田)、災害(竹沢)、身体性(菅原)、性的マイノリティ(深海)、戦争被害(近藤)、うつ(北中)、アート(兼松)、先住民(飯島)、死(西井)などの、人間が逃れることのできない苦難や困難について研究してきた人類学者と、それらについて研究する歴史学(鈴木)、社会福祉学(高林)、臨床心理学(田中)、美術史(稲賀)などの他分野の研究者から構成される。一定数の他分野の研究者の参加を要請するため、本研究の課題を「被傷性の人類学/人間学」と広く題している。本研究の最初の年である今年は、まず申請者が全体の問題意識について話し、それに基づいて全員で討議する。その上で、以下のテーマについても具体的に考えていく。①被傷性が各社会でどう生きられているか。②被傷性は社会の中でどのように生み出さているか、それを生み出すメカニズムは何か。③人間は苦難や被傷性を避けようとするだけでなく、アートや儀礼などを通じて意図的に自己を被傷性に晒すことがあるが、そこではいかなる経験が得られているのか。

【館内研究員】 鈴木英明
【館外研究員】 飯嶋秀治、稲賀繁美、兼松芽永、北中淳子、近藤有希子、菅原和孝、高林秀明、田中真理、西井涼子、深海菊絵、森田良成
研究会
2021年10月23日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ開催併用)
竹沢尚一郎(国立民族学博物館)「被傷性の人類学/人間学に向けて――被傷性・共同体・ネオテニー」
松田素二(総合地球環境学研究所):コメント
全員の自己紹介と今後の研究方針について
2022年2月11日(金・祝)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
高林秀明(熊本学園大学)「災害の制度と被傷性・共同性――2016年熊本地震とコロナ禍の2020年熊本豪雨の経験から」
松田素二(地球研)「コメント」
寺戸淳子(国際ファッション専門職大学)「Vulnerableとdisponible――被る人々」
総合討論
研究成果

本年は2回の研究会を実施し、竹沢、高林、寺戸の3名が発表をおこなった。竹沢と高林は自然災害の地域社会の状況について、寺戸は障害者が集まる場としてのフランス・ルルドと支援団体ダルクについて研究発表をおこなった。高林は熊本地震の当事者であり、震災の翌日から支援と研究を並行して進めた経験、竹沢は東日本大震災の翌月から被災地で支援と研究を進めた経験にもとづいて、被災後の被傷性=脆弱性の状況とそれを人びとがどう乗り越えていったかについて論じた。寺戸は障害者がみずからの障害について表出するルルドの儀礼的状況とダルクの活動について論じ、日常では隠される傾向のある障害を明示することの意味と社会的効果について説明をおこなった。これらの発表を出発点としながら、来年度以降も現代社会における被傷性の諸相をとり上げていく予定である。