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チャビン問題を問い直す:アンデスにおける複合的社会の出現過程に関する学際的研究(2022転入-2024)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B)

松本雄一

★2022年4月1日転入

目的・内容

本研究では、中央アンデスにおける複合的社会(complex society)の出現過程を地域的な考古学データの獲得と地域間比較を通じて実証的に解明する。複合的社会の指標となるエリート層の出現は、貴金属、黒曜石、朱などの希少財の交易が中央アンデス全域で活発化した形成期後期(紀元前800-250年)に起きたことが確認されている。しかし、調査がペルー北部中部の大神殿が存在する地域に集中し他地域のデータが不足しているため、地域間交流の実態とその社会変化との関係は謎のままである。本研究では同時期の黒曜石の流通において重要な役割を果たしたカンパナユック・ルミ遺跡に加えてペルー南部のアヤクチョ地方に調査を広げて地域レベルでの基礎データを充実させ、ペルー北部中部との比較を行うことで人とモノの動きを地域内と遠隔地間という異なるレベルで実証的に解明し、社会変化と地域間交流の関係を考察する。

活動内容

2023年度実施計画

2023年度は、ペルー共和国アヤクチョ県に位置するチュパス遺跡の発掘調査と遺物の整理を行う。申請者のこれまでの調査によって、同じアヤクチョ県に位置するカンパナユック・ルミ神殿が紀元前1000-500年において地域間交流の核として機能し、アンデス文明の初期形成において重要な役割を果たしたことが明らかとなった。しかしその一方で、近隣において同遺跡と比較可能な他遺跡のデータが極めて少ないため、地域レベルの歴史的過程をアンデス文明の形成のなかに位置づけることは困難であった。そこで比較可能なデータを獲得するため、約60㎞北西に位置するチュパス遺跡に焦点を当てる。同遺跡はペルー中央高地南部における数少ない神殿建築として知られており、1960年代に小規模な発掘調査が行われている。しかし、当時のデータに関しては十分な提示が行われておらず、絶対年代データも存在しない。そこで神殿とその周囲に発掘区を設定して層位的発掘を行い、カンパナユック・ルミの場合と同様に神殿と居住域のデータを獲得し、編年の確立を目指す。また同時に今後の理化学的分析のために適切なサンプルを収集する。具体的には、同位体分析のための人骨や動植物遺存体、胎土分析のための土器資料、原産地同定を行うための黒曜石のサンプル収集を行う。

2022年度活動報告(研究実績の概要)

2022年度は、ペルー共和国アヤクチョ県に位置するカンパナユック・ルミ遺跡の発掘調査と次年度以降に行う分析のための遺物整理作業を行った。同遺跡においてはこれまでの調査によって公共祭祀空間である「神殿」とその周囲の「居住域」とその内部に位置する「在地宗教伝統の儀礼空間」の存在が確認されているが、それぞれの具体的な機能と関係性に関しては不明な部分が多かった。そのため、それぞれに発掘区を設定し、遺跡全体の構造を考察するための基礎データの取集を行った。その結果、当初はそれぞれが独立していた神殿における儀礼と居住域での儀礼が、紀元前700年頃以降融合し、神殿の中心部においても在地宗教伝統の儀礼空間に見られる儀礼が行われていたことが明らかとなった。中央基壇頂部において基壇周囲を囲む形で10を超える奉納坑が出土し、人間の頭部、破壊された土偶、遠隔地から運ばれた貴石を用いた装身具などが出土した。これによって、600㎞離れた北の大神殿、チャビン・デ・ワンタルに由来する儀礼と在地の儀礼行為が融合していることが明らかとなった。また、神殿建築の基壇から外部へとがその内部に高度な排水システムを有していた可能性が明らかとなった。在地建築には見られない技法であり、チャビン・デ・ワンタル神殿に類似した建築技法である。いずれも地域間交流が在地社会に与えた影響の多面性を実証的に示す貴重なデータであり、アンデス文明形成過程の研究において稀な事例であると位置付けられる。
また、今後の理化学的手法を用いた遺物分析のためのサンプルを獲得することができた。神殿中央基壇の発掘において同位体分析に用いることが可能と考えられる保存状態が良好な埋葬が出土し、基壇周辺の廃棄の場からは多数の動物骨が確認された。土器に関しても、胎土分析を行うために必要な様式バリエーションを網羅した遺物が出土した。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

コロナ禍によって延期していたカンパナユック・ルミ遺跡の発掘調査を無事行うことができたことが非常に重要であった。計画通りに神殿と神殿周囲の居住域/在地儀礼の空間において発掘調査を行い。両者の関係性の通時的変化が実証的に解明された。本研究の中心課題である、「地域間交流と社会変化の動態的相関」を考察するための貴重なデータと位置付けられる。また、アンデス文明形成をめぐる重要なテーマである「チャビン問題」に関する貢献という点から見ても、在地社会のデータからその実態を問い直すという意味で、神殿とその周囲の住居域の関係性を解明した本年度の成果は大きな意味を持つ。これによって、チャビン・デ・ワンタルとの比較においても、神殿と居住域の双方のデータを用いたより詳細な比較が可能となった。さらに、今後予定されている地域内における他の神殿遺跡の発掘においても神殿周囲の居住域と儀礼空間の存在を想定した調査方針を立てることができた。
また、本研究の課題の一つである、「地域間交流をモノの移動を具体的に明らかにすることで解明する」点に関しても、今後行うことを予定している理化学分析に用いることの可能な遺物(人骨、動物骨、黒曜石、土器)が質量ともに十分に出土した。特に土器に関しては、今年度の発掘調査で確認された儀礼後の廃棄コンテクストから、在地様式の土器と数多くの他地域の様式の土器が混在して出土しており、胎土分析のための絶好のサンプルを得ることができた。これらの出土遺物に関しては、層位と建築との対応関係が良好なコンテクストからの炭化物資料が共伴して出土しているため、編年のコントロールに関しても問題はないと考えられる。

2021年度活動報告

2021年度事業継続中