オーストラリア遊動社会における飲酒トラブルの発生と解消に関する人類学的研究(2022-2025)
科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究
平野智佳子
目的・内容
本研究の目的は、オーストラリア中央砂漠に暮らすアボリジニ、とりわけアナングの人々を対象に、彼らの酒をめぐるトラブルがどのように発生し解消されるのか、もしくは解消されないのかを、酒の獲得に不可欠な「クルージングcruising」と呼ばれる遊動に焦点をあて明らかにすることである。この目的を達成するために、本研究ではアナングの遊動の過程を民族誌的調査によって読み解く。その課題は大きく4つである。まず遊動によってどのようにトラブルが発展していくかを検討する。次に酒を求めて遊動する人々が引き起こすトラブルの実態を明らかにする。3つ目に、遊動を強制的に止める刑務所や断酒施設への収容が酒関連のトラブルの解消に果たす役割を検討する。最後にこれらの成果を踏まえて遊動社会における飲酒トラブルの発生と解消の実態を明らかにし、アボリジニにとっての適正な飲酒、そしてそれを実現するために必要とされる条件や配慮を提示する。
活動内容
補助事業期間中の研究実施計画
本研究では、聞き取り調査と参与観察に基づく人類学的手法を用いる。中心となる研究対象は、アナングの飲酒者(特に施設収容歴のある人物)とその交流者である。交流者として想定しているのは、家族・親族、断酒施設、アボリジニ女性支援団体、避難用シェルター等のスタッフ、医療従事者、警官、非先住民アクターである。
調査地は、申請者がこれまで調査を行ってきたオーストラリアの中央砂漠に位置するイマンパ・コミュニティ(人口約170名)、および、彼らの生活圏である近隣の都市やロードハウス、ブッシュである。中央砂漠の一帯は、飲酒関連のトラブルがオーストラリア全国紙で取り上げられるなど、アルコール依存の問題で知名度が高い。加えて、現在、問題飲酒への取り組みが活発に行われているため、本研究の課題の一つである、飲酒に関連するトラブルの発生と解消のプロセスを明らかにすることに適している。
調査地では、イマンパ・コミュニティに暮らすアナングの協力を得て、日々の遊動に同行しながら、調査の範囲を広げていく。具体的には、酒宴や賭場、トラブルを起こした者が収容される刑務所、断酒施設等を中心に現地調査を行なう(現地調査は2週間×2回/年を予定)。代表者は、これまでの調査を通じて当該地域の人びとと良好な協力関係を築いており、調査の内諾を得ている。
本研究では、酒をめぐるトラブルと遊動の連関を解明するために4年間にわたり、下記の4つの課題(3つは事例研究、1つは理論研究)に取り組む。1つ目の課題は、飲酒者の遊動がいかにはじまり、トラブルに発展していくかを、彼らの経済状況や成員間の関係性等に注目しながら明らかにすることである。2つ目の課題は、遊動が引き金となって生じる飲酒トラブルの実態を示し、なぜ泥酔した状態での遊動がアナングの間でとりわけ危険視されるのかを明らかにすることである。3つ目の課題は、遊動の自由を奪う刑務所や断酒施設が酒をめぐるトラブルの解消につながっている可能性を、施設入所歴のある人物や家族を対象とした聞き取り調査を通じて検証することである。4つ目の課題は、上述の3点の分析と飲酒と遊動に関する文献研究を統合することで、先住民と非先住民の非対称的な権力関係に還元されがちであった問題飲酒に関する議論を再考し、危機に瀕する先住民社会への理解をより深めるための手がかりを示すことである。さらに、施政者側の制度や装置が酒をめぐるトラブルに及ぼす影響を検討することを通じて、その効果と課題を明らかにし、アボリジニにとっての適正な飲酒とその実現に向けて必要な条件や配慮を提示する。