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障害者ケアのグローバル・ネットワーク:タンザニアにおける南アジア系組織の活動から(2022-2024)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|特別研究員奨励費

仲尾友貴恵

目的・内容

研究の概要

現代アフリカにおける障害者ケアについて従来前提視されてきた「欧米牽引論」を再検討し、新しい障害者ケア史を提示するための方法論を提示することを目的として、タンザニアにおける第二次大戦後から2020年代に至る環インド洋のインド系住民の活動(オールドカマーであるシーア派系住民とニューカマーである新興義肢提供NGO)の展開とその背景について解明する。
初年度はシーア派住民の活動について文献調査を基に明らかにする。次年度は新興義肢提供NGOについて文献やインタビューに基づき明らかにする。最終年度には研究成果をまとめ、国際社会に向けて発表する。

研究の目的

タンザニア(やその他アフリカ諸国)における障害者ケアについては、欧米等の「北側諸国」からの諸アクターの牽引によって実現されてきたという「欧米牽引論」が前提視されてきた。
本研究の目的は、第一に欧米牽引論を再検討することであり、第二に現代サブサハラ・アフリカにおける障害者ケアの成り立ちをより立体的に描き出す新しい方法論を提示することである。
このために、タンザニアにおける障害者ケア(障害者の生活にかかわる人的、物質的、経済的援助)について、第二次大戦後から2020年代に至る環インド洋のインド系住民の活動(シーア派系住民と新興NGO「ジャイプール・フット」)の展開とその背景について解明する。これを通して、タンザニアの障害者ケアのグローバル・サプライ・チェーンの一端を描き出す。
調査方法は史料含む文献調査およびイギリス・インド・ケニアにおける関係者への聞き取り等である。

活動内容

2023年度実施計画

令和5年度の重点的調査対象はジャイナ教系のインド系移民による障害者ケアであるため、年間を通じてこれに関する文献収集と読解を進める。
時期別の計画は以下である。4~7月は、前年度までに収集したシーア派インド系移民による障害者ケアおよび東アフリカ諸都市におけるその他障害者ケアに関する資料の整理を行いつつ、ジャイナ教徒の東アフリカとの関係史、なかでも障害者ケアに関する歴史に関する文献を収集し、読み進める。成果の一部を8月にタンザニアの福祉制度全般に関する概説として執筆し、『福祉年鑑2023』に寄稿する(11月頃公刊予定)。9月に1,2週間程度東アフリカ都市(ダルエスサラーム、ナイロビ、カンパラのいずれかを予定)へ渡航し、インド系移民福祉事業関係者に障害者ケア史についての聞き取りを行う。10月~1月はフィールド調査で得た資料の整理と関連文献資料の収集・読解を進める。年度末までに研究成果を日本語論文または英語論文にまとめる(投稿先は『国立民族学博物館研究報告』『地域研究』African History Review等を予定)。
3~4月に、インドを訪問し、関係者への聞き取りやその他の資料収集を行う。訪問先は、東アフリカへの移民移出元であるグジャラート州やNGO「ジャイプール・フット」の本拠地ジャイプール(ラージャスターン州)を予定している。
令和6年度は前2年度分の研究成果を突き合わせて総合的なレビューを作成することが主眼であるため、年間を通じて執筆や追加の文献収集が中心となる。渡航を伴う追加調査として関係者への聞き取りを行う場合は、8・9月に行い、1回の調査も数日程度の短期間とする。レビューを年度末までに環インド洋関係専門の国際誌(Comparative Studies of South Asia, Africa, and the Middle Eastなど)や分野横断型障害研究専門誌(Disability Studies Quarterlyなど)に投稿する。 
以上の計画のため、経費は、東アフリカ都市およびインド西部への調査渡航にかかる旅費と渡航先での人件費・謝金、文献収集のための費用(購入・郵送・複写・出張のための旅費等)が中心的で、他に研究集会参加のための出張費、受入機関への交通費、成果発表のための費用(研究集会等への出張費、英文校閲費等)を予定している。また、海外渡航調査が社会情勢等により困難になった場合、オンラインでの調査方法を模索する。

2022年度活動報告(研究実績の概要)

本年度は、第二次大戦後以降の旧英領東アフリカ諸国を対象に、シーア派インド系移民の移民史概要をつかむとともに、その障害者福祉活動を網羅的にリストアップし、各活動の歴史を跡付けることを目的とした。年間を通して関連文献のリストアップ、所蔵確認、収集、読解を行い、3月には約2週間英国に滞在し関連する未公刊資料を調査した。
在東アフリカシーア派移民の関連文献は、国内には比較的少ない状況がある。これに対して、年間を通じての収集作業でかなり収集した。その読解により理解が深まったことで、シーア派とジャイナ教徒の移民の歴史的位置づけについて、研究計画当初の認識の誤謬が明らかとなった。つまり、シーア派はオールドカマーではなく英帝国内で移動した比較的ニューカマー、対照的にジャイナ教徒のネットワークは古かった。また、シーア派系であるが東アフリカでは「Khoja」と「Bohra」と呼び分けられる集団について、英国において写真や当時の手記等にアクセスしたことで、両者の共通点と差異を整理するための資料はおおむね揃った。
英国では他に、欧米によるアクターによる資料として、1.東アフリカにおけるリハビリテーションの実態、2.東アフリカに労働災害法が導入された経緯、3.タンザニア・ウガンダ都市部で救世軍が提供した身体障害者のための施設・サービスについての1970年代以降の実態、に関する未公刊資料を収集した。これらは戦後の東アフリカ障害者福祉史を描くための重要な資料である。この資料の中にも当時関与していたインド系組織名を複数発見した。
研究発表は、5月にアフリカ学会で語りに基づく視覚障害者史の記述方法について、1月に『現代思想』寄稿論文として東アフリカ都市の福祉とインド系移民とのかかわりについて、3月にアフリカ研究系公開シンポジウムでダルエスサラーム路上で福祉を受け取る人々の振舞いについて報告した。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

文献や史料の収集という点では「順調」と言ってもよい程度の成果をあげることができたが、「シーア住民による福祉活動を網羅的にリストアップ、その活動経緯をまとめる」という目的の達成度で言えば当初の想定より遅れている。
第一の理由は、代表者にとってはテーマやトピックが新規的であるため、基礎的な教養を身につけるのに時間を要し、文献の読解の進捗が遅れていることである。実際に取り組んでみて、想像以上に難しく奥行きがあるテーマであることが感じられている。
もう一つの理由はより補助的であるが、初年度のため、科研費執行にかかる諸手続きや所属機関で定められた諸手続きに不慣れで、特に年始は調査活動が軌道に乗るまで2,3ヶ月を要した。年度後半に発生する所属機関特有の締切感覚にも不慣れで、事務書類作成に予想以上に手間取ってしまった。