ミックスをめぐる帰属と差異化の比較民族誌――オセアニアの先住民を中心に
代表者 山内由理子
キーワード
先住、ミックス、オセアニア
目的
本共同研究では「先住(Indigenous=先住/土着)」かつ「ミックス」とされる人々をめぐる帰属と差異化の比較民族誌的考察を行い、ポスト・ポストコロニアルな現代世界での生の経験を説き明かす。「ミックス」とは「混血」とも呼ばれてきた複数のエスニックカテゴリーに跨る人びとを指す。
大規模な人の移動をもたらした植民地化に伴い形成された「ミックス」の人々は、近代西洋的な排他的二分法に基づく植民者/被植民者(非先住民/先住民)の境界に関わるとして植民地当局に管理された。一方で、植民地化以前から続く先住民的な論理においては親族やサブスタンス等に基づき受容と差異化のポリティクスが展開され時には帰属が問われる対象だった。脱植民地化以降も「先住」性を主張する人々には往々にして前者的な排他的二分法が自他双方により適用され、そのミックス性の実態には長らく目が向けられないできた。
本研究はこの「先住」であり「ミックス」である人々の経験を対象に、非入植国家と入植国家が混在し、植民地化の影響が残る現在のオセアニアで近代西洋的な論理と在地の論理の展開と絡み合いを探る。各地の事例を比較し一般理論の構築を目指す。
研究成果
本研究会では、共同研究期間を通じてゲストレクチャー4名を含む合計12回の研究会を開催し、オセアニア各地の研究事例(オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ、グアム、サモア、フィジー、パラオ、ミクロネシア連邦、ソロモン諸島、フランス領ポリネシア、ニューカレドニア)、比較検討対象としてフィリピンの事例、環大西洋・環太平洋地域でのミックス研究の動向が報告され、活発な議論が行われた。
本研究会を通じ、オセアニア地域では、植民地主義やグローバル化による人の移動の帰結としてのミックスの人々の在り方に関し、近代西洋的な「人種」「エスニシティ」等のカテゴリに加え、それに基づかない先住民的論理に拠る差異化と帰属のポリティクスが強力に展開し、前者と絡み合ってきた態様が明らかにされた。
植民地行政下で先住民とされていた人々が独立した国々では、先住民的な論理が色濃く表出し、国民国家システムと多層的に節合する中での当事者の多様なナヴィゲーションが観察できた。国民国家の成立に伴い、先住民的なルーツや系譜を利用して「国民」化や土地への帰属を主張するケースがある一方、言語や居住地等のローカルなスケールでの「混じりあい」が大規模な枠で援用されたり、植民地化以前からの外来者との関係性により包摂や排除のポリティクスが展開される事例が報告された。
植民者が中心に国民国家を形成した入植社会国家では、近代西洋的な排他的二分法の論理を引きずる「先住民運動」と先住民的な論理のもつれあいがみられ、系譜や親族関係などを援用した非排他的な包摂の仕方がある一方、一部の先住民運動では内部多様性への抑圧も観察された。
未独立地域である仏領ポリネシアでは、フランス独自の支配体制の下、先住民運動の影響の一方、身体的特徴への言及や身体加工の駆使によるローカルなミックスの在り方が観察できた。
これらの研究報告を通じて抽出された論点は、人の移動と混淆に関する研究としてオセアニアを越えて貴重なものであり、議論の多様化と深化が必要であるとの認識が得られた。
2024年度
2024年度には研究会を5回(4月、5月、6月、11月、1月)予定している。内容としては、まず、前年度に引き続き「先住民」であり「ミックス」であることに関してオセアニア各地域の事例に基づく発表と討論を含めて行う。特に2024年度後半には、これまでの事例研究の蓄積を踏まえての比較検討や共通のテーマと理論の構築、さらに、先住民性やミックス・レイス・スタディーズに関する理論研究および東南アジアなど他地域との比較も行う予定である。研究会一回につき二名程度の発表を予定しており、外部講師も全体で五名程度の招聘予定である。中間発表として日本オセアニア学会での発表や、海外研究者との合同セミナーや学会出席などを通じた交流も検討している。
【館内研究員】 | 丹羽典生 |
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【館外研究員】 | 飯嶋秀治、深山直子、井上昭洋、長島怜央、山本真鳥、佐本英規、紺屋あかり、桑原牧子、河野正治、三崎舞 |
研究会
- 2024年4月13日(土)15:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
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研究発表 山内由理子(東京外国語大学)「日本におけるオセアニア先住民とミックスに関する研究の展望(仮題)」
打ち合わせ
- 2024年5月18日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
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ゲストレクチャー、大石太郎教授(関西学院大学)「ニューカレドニアの多民族・多文化的状況と日本人移民ー第二次世界大戦以前を中心にー」
打ち合わせ
- 2024年5月29日(水)18:00~20:00(ウェブ開催)
- ゲストレクチャー、Prof. Yin Paradies (Deakin University) ‘Beyond Black and White’
- 2024年9月30日(月)14:00~16:00(ウェブ開催)
- ゲストレクチャー、竹沢泰子教授(関西外国語大学)「人種・人種主義研究におけるミックス・レイス」(仮)
- 2024年11月14日(木)18:00~20:00(ウェブ開催)
- ゲストレクチャー、北田依利(お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所)「日比家族・フィリピン日系人の歴史から掘り起こす、フィリピンの先住民:旧植民地地域の脱植民地化とは何か」
- 2025年1月25日(土)16:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
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研究発表 三崎舞(京都大学)「文化的誇りと身体的特徴のはざまで: 仏領ポリネシアにおける客家系中国人と先住マオヒのミックスの人々のアイデンティティ」
メンバー打合せ
研究成果
本年度は4名のゲストレクチャーを迎え、合計6回の研究会が開催された。
議題としては、本研究会の総括的な展望をはじめ、ニューカレドニアにおける日系人ミックスの事例、オーストラリアにおける先住民とミックスの在り方をめぐるポリティクス、環大西洋から環太平洋へと広がるミックス研究の展開、フィリピンにおける日系人の歴史、さらにはフランス領ポリネシアにおける客家系中国人と先住民の混淆と、その身体的特徴をめぐる政治的・社会的な議論など、多岐にわたるテーマが取り上げられた。
これらの議論を通じて、地域ごとに異なる事例の詳細なケーススタディが示され、それぞれの歴史的背景、政策の影響、さらには先住民社会内部の論理といったローカルな視点からの分析が深められた。一方で、人の移動、帝国主義や植民地主義、先住民政策といったマクロな力学の中で、ミックスの在り方がどのように形成されてきたのかという大枠からの展望も重視された。
本年度は共同研究の最終年度であり、個別の地域的特異性を考慮しつつも、総括的な枠組みの構築を視野に入れた研究発表や議論が展開された。これにより、地域ごとの個別事例の比較検討を進めるとともに、ミックスをめぐる広範な理論的・実証的な知見が蓄積された。
2023年度
2023年度には研究会を4回(4月、6月、11月、1月)予定している。前年度から引き続き、「先住」であり「ミックス」であることに関しオセアニア各地の事例研究に基づく発表を外部講師を含めて毎回2名程度予定している。外部講師予定者に関しては国内の研究者のほか、オーストラリアをはじめ海外からの報告も打診中である。特に、先住民ルーツを持つ学者の参加を呼び掛けてゆきたい。なお、海外からの講師については、オンライン参加もしくは外部資金での招へいを予定している。内容としては個々の事例研究のほか、2023年度後半には各地の事例の比較検討にまで議論を進めたい。また、先住性一般やミックス・レイス・スタディーズに関する理論研究も視野に入れている。中間発表の場として日本オセアニア学会での研究発表のほか、Zoomを利用して海外の大学との合同セミナーや公開シンポジウムも開催したいと考えている。
【館内研究員】 | 丹羽典生 |
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【館外研究員】 | 飯嶋秀治、深山直子、井上昭洋、長島怜央、山本真鳥、佐本英規、紺屋あかり、桑原牧子、河野正治、三崎舞 |
研究会
- 2023年6月10日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
- 長島玲央(東京成徳大学)「グアム・チャモル(チャモロ)にとってのミックスと先住性」
- 2023年9月30日(土) 9:00~14:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
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飯嶋秀治(九州大学)「オーストラリア中央砂漠地帯における先住民ミックス研究」(仮)
丹羽典生(国立民族学博物館)「フィジーにおける「混血」のカテゴリーの変遷と実践」(仮)
打ち合わせ
- 2023年12月17日(日)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
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佐本英規(筑波大学)「現代ソロモン諸島におけるミックスと先住性の諸相」(仮)
打ち合わせ
- 2024年2月12日(月)9:00~14:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
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井上昭洋(天理大学)「先住ハワイ人の誕生」
桑原牧子(金城大学)「身体性とミックスの可視化/不可視化ー仏領ポリネシア・タヒチ島の事例から」(仮)
打ち合わせ
研究成果
2023年度には、計4回研究会を開催し、グアム、オーストラリア中央部、フィジー、ソロモン諸島、タヒチ、ハワイにおける先住民と非先住民のミックスの人々に関するケーススタディが発表された。
オセアニア各地において植民地化による人の移動とミックスの人々の形成、植民地当局による「血の割合(blood quantum)」等に基づいた彼らの位置づけと管理、脱植民地化後の国民国家における市民権や統計などにみられるミックスの人々の位置づけ、などが大きく共通した枠組みとして浮かび上がった。同時に、系譜や親族システムなど、植民地当局とは異なるロジックに基づいた先住民的なミックスの人々への対処の仕方が植民地行政や近代国民国家システムと絡み合いつつミックスの人々への包摂や多様な調整が行われている様子が明らかになった。しかし、植民者が定住してマジョリティとなった入植社会国家ではマジョリティ側との対比により往々にして排他的な先住民性が訴えられるのに対し、非入植社会国家ではミックスの人々の包摂がより柔軟に交渉されている様が論じられた。
2022年度
研究会を2回開催する(10月、1月)。当研究会は既にパイロット的に2021年の11月、2022年2月、2022年4月に研究発表がなされ、研究会の趣旨、研究枠組み、共通購読文献などについて参加メンバー間の確認や意見交換が行われた。2022年10月と2023年1月の研究会においては以上を踏襲し、複数のエスニックカテゴリーを横断する経験を通じての「先住性」カテゴリーの相対化や、ミックス性が発現される場やコンテクストへの注目などを基本的な方向性とする。毎回2名程度、オセアニア各地の「先住」であり「ミックス」である人々の経験を焦点とした民族誌的事例に基づいた研究発表とディスカッションを予定している。参加メンバーの担当地域は下記の表のとおりである。
【研究地域分担】 | <入植国家> オーストラリア 山内由理子(兼総括)、飯嶋秀治 ニュージーランド 深山直子 ハワイ 井上昭洋 グアム 長島怜央 <非入植国家> サモア 山本真鳥 フィジー 丹羽典生 ソロモン諸島 佐本英規 パラオ 紺屋あかり タヒチ 桑原牧子 |
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【館内研究員】 | 丹羽典生 |
【館外研究員】 | 飯嶋秀治、深山直子、井上昭洋、長島怜央、山本真鳥、佐本英規、紺屋あかり、桑原牧子 |
研究会
- 2022年10月29日(土)17:00~22:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
- 深山直子(東京都立大学)「ニュージーランド先住民とミックスであること」
- 2023年2月6日(月)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
- 紺屋あかり(明治学院大学)「パラオにおける日本残留孤児をめぐる排除の論理」(仮題)
研究成果
2022年度には2回の研究会が開催され、深山直子氏と紺屋あかり氏がそれぞれ発表を行った。深山氏の発表では、ニュージーランドにおける先住民と非先住民との交流の歴史を背景に、センサスを代表とする近代国民国家によるミックスの人々の分類と管理の変遷、そして先住民の人々における部族集団への所属を基盤とした流動的な対処と近年の先住民政治の台頭によるその変化が解説され、この多様なシステムが絡み合う中で生きる若者の語りを通じて、包摂と排除のダイナミクスが描かれた。
紺屋氏の発表では、在地の論理が強力なパラオにおいて、母系・父系の出自集団の関係性の中で捉えられるヒトの在り方が、ヤップや日本人とのつながりを持つ人々をも包摂しうる一方、特定の存在を出自集団の「外」に置き排除する仕組みが描かれ、これにより、「外部」との関わりと「ミックス」の捉え方や近代国民国家との関係の再考を促すこととなった。
両者の発表を通じ、在地の論理と近代国民国家の論理との多様な関係性の整理が今後の研究の重要な焦点の一つとして浮上した。