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国立民族学博物館所蔵木製品標本資料にもとづく森林資源利用史の研究――桶と樽に着目して

研究期間:2022.10-2025.3

代表者 落合雪野

キーワード

文化財科学、民族植物学、樹種同定

目的

本研究の目的は、国立民族学博物館に所蔵の木材製標本資料を対象に、その素材の樹種を非破壊分析によって同定すること、さらにその成果をもとに、木材供給地の森林におこった歴史的イベントについて考察することにある。
民博所蔵の標本資料には、木材で作られた多種多様なモノが存在する。しかしながら、その素材である樹木の種(樹種)に関する情報はきわめて少ない。そこで本研究では、民博所蔵の木材製標本資料のうち、おもに日本列島各地で収集された桶と樽を対象に、①標本資料の熟覧と分析、②製造や利用の歴史的経緯と現状の把握、③森林生態と森林資源の活用のあり方に関する検討をおこなう。このようなアプローチを相互に関連づけることにより、非破壊分析により標本資料の樹種同定の手法を開発するとともに、木材がモノとしての機能や用途を備えて適材適所に活用されるプロセスの特質を把握し、循環型社会における人と森林の関係のサステナビリティを展望する。

2023年度

2023年度は、4回の研究会を実施する。第1回では森林科学分野のメンバーが、地域特有の木材資源とその利用、桶・樽の技術的特性と森林資源利用上の意義、吉野林業と樽丸生産に従事する林業者の活動などについて研究報告をおこなう。第2回では分析科学分野のメンバーが、奈良文化財研究所における木質文化財の調査研究、人とAI による木材の見分け方、画像計測を用いた桶樽資料の分析などについて研究報告をおこなう。第3回は館外開催とし、奈良県吉野町と川上村を訪問して、吉野林業を対象に森林育成や木材加工についての情報収集と当事者との意見交換を実施する。第4回では民博分析室のメンバーが、標本資料の樹種同定手法の開発について中間報告をする。また、全員で研究全体をふりかえって残された課題を抽出する。
これらと並行して、発酵醸造業に携わる実務家メンバーが、桶や樽の利用実態や機能について紹介する「蔵」シリーズを展開する。第1回に日本酒、第2回に醤油・味噌、第4回にフナズシを予定している。

【館内研究員】 飯田卓、日髙真吾、末森薫、河村友佳子、橋本沙知
【館外研究員】 神﨑護、高妻洋成、齋藤暖生、左嵜謙祐、杉山淳司、武知邦博、冨田泰伸、内藤大輔、中川周士、野村圭佑、和髙智美、上芝雄史、豊岡麻由子、春増薫
研究会
2023年7月8日(土)13:00~17:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
神崎護(京都大学名誉教授)
「有用樹種の地域性と広域性:樹種選択はどのようになされるのか?」
野村圭佑(堀河屋野村)
蔵シリーズ1「木の国紀州にて三百余年:木桶による醤油作りの現状と課題」
2023年7月9日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
齋藤暖生(東京大学大学院農学生命科学研究科付属演習林樹芸研究所)
「木材利用史からみた桶・樽」
内藤大輔(京都大学大学院農学研究科)春増薫(樽亮木材)
「樽丸生産と森林管理の歴史的変遷」
総合討論
2023年10月7日(土)13:00~17:15(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
末森薫(国立民族学博物館)
「光学的手法を用いた桶・樽の試行的調査―民博所蔵の桶・樽資料を中心として」
冨田泰伸(冨田酒造)
蔵シリーズ2「酒造りと木桶」
2023年10月8日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
高妻洋成(文化財防災センター、奈良文化財研究所)
「文化財分野における木材科学の応用事例」
総合討論
2023年10月28日(土)11:00~17:00(奈良県吉野町および奈良県川上村)
上吉野木材協同組合原木市場(吉野町)にて吉野杉の流通に関する見学
吉野かわかみ社中と森と水の源流館(ともに川上村)にて吉野杉の生産と販売に関する見学
2023年10月29日(日)9:30~17:00(奈良県川上村)
下多古村有林(川上村)にて吉野杉の植林と育成に関する見学
樽亮木材(川上村)にて樽丸製造に関する見学と春増薫氏(樽亮木材代表)による解説
2023年10月30日(月)9:00~14:30(奈良県吉野町および奈良県川上村)
丹生川上神社上社(川上村)にて地域の信仰に関する見学
川上さぷり(川上村)にて吉野杉の商品化に関する見学
吉野木材協同組合会議室(吉野町)にて総合討論
2024年2月20日(火)13:00~17:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
杉山淳司(京都大学大学院農学研究科)
「針葉樹のつくりと個性――アナログとデジタルの見方・捉え方」
左嵜謙祐(魚治)
蔵シリーズ3「ふなずしづくりと木桶」
2024年2月21日(水)10:00~17:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
齋藤暖生(東京大学大学院農学研究科)、上芝雄史・豊岡麻由子(藤井製桶所)、末森薫(国立民族学博物館)、内藤大輔(京都大学大学院農学研究科)
「吉野杉大桶用原木を対象とした計測学的アプローチの試行」
末森薫(国立民族学博物館)
「三次元測量による原木の体積計算―吉野原木市で取得したデータを用いて」
総合討論1  第3回吉野林業研究会のふりかえり
総合討論2  2023年度全体のふりかえりと2024年度の活動計画

2022年度

1)標本資料の熟覧と非破壊分析
① 民博所蔵の木材製標本資料のうち、日本列島各地で製造された桶と樽を中心に選出する。選出した標本資料を熟覧し、形状、サイズ、構造などの形態的特徴に関する詳細なデータを集積する。
② 民博の共同利用型科学分析室に設置されているX線CT装置やデジタルマイクロスコープなどの機器を活用して、桶や樽の標本資料に使用されている木材の材質や断面組織の特徴などを明らかにし、既知の樹種サンプルと比較する。
 
2)桶と樽の用途に関する検討
考古資料や歴史史料、民族誌的記述などにもとづいて、農業、漁業、食品産業、工芸、生活、儀礼などにおける桶や樽の多様な用途を精査するとともに、その歴史的変化のありさまを把握する。
 
3)桶と樽の現状に関する検討
桶や樽の製造者が、製造方法や技術継承に関わる実態や課題などについて報告する。また、ウッドワーク大桶製作所や中川木工芸を訪問し、製造方法や製造過程を観察する。

【館内研究員】 飯田卓、日髙真吾、末森薫、河村友佳子、橋本沙知
【館外研究員】 神﨑護、高妻洋成、齋藤暖生、左嵜謙祐、杉山淳司、武知邦博、冨田泰伸、内藤大輔、中川周士、野村圭佑、和髙智美
研究会
2022年11月12日(土)10:00~16:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
落合雪野(龍谷大学農学部)「共同研究へのプロセスと問題提起」
全員:各自の関心やテーマの紹介
日髙真吾(国立民族学博物館)「国立民族学博物館の収蔵庫および標本資料の概要について」
全員:研究会の進め方と方向性に関する討論
2023年2月12日(日)10:30~16:30(国立民族学博物館 大演習室)
中川周士(中川木工芸)「産湯から棺桶まで――桶と樽の多様な役割」
河村友佳子・橋本沙知・日髙真吾(国立民族学博物館)、和髙智美(合同会社文化創造巧芸)、杉山淳司(京都大学)「比較用樹木サンプルデータベースの作成に向けた中間報告」
神崎護(京都大学)、落合雪野(龍谷大学)「フィールドワーク報告−藤井製桶所による木取りと大桶製作の概要」
2023年2月13日(月)10:30~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
日髙真吾(国立民族学博物館)「比較用樹木サンプルの分析ワークショップ」
全員:収蔵庫見学
全員:総合討論
2023年3月22日(水)13:00~18:00(ウッドワーク藤井製桶所・フロール天王寺)
全員:ウッドワーク藤井製桶所にて酒造用大桶製造プロセスの見学と上芝雄史氏による解説
全員:フロール天王寺にて総合討論
研究成果

2022年度は3回の研究会を開催した。第1回では、代表者が趣旨説明と問題提起を、メンバーが専門分野やテーマなどの紹介をそれぞれおこなった。さらに日髙が民博収蔵庫と標本資料について解説した。以上をもとに、研究の進め方や取り組むべきポイントなどを全員で確認した。
標本資料の熟覧と非破壊分析について、第2回では比較用樹木サンプルの分析に関する報告(河村、橋本、和髙、日髙、杉山)と、科学分析室と収蔵庫でのワークショップ(日髙)を実施した。これにより、樹種同定作業の進捗状況と標本資料の収蔵状況を把握することができた。
桶と樽の現状について、第2回では中川木工芸の製作実務に関する報告(中川)と藤井製桶所の木取り作業に関する報告(神崎、落合)を実施した。第3回では藤井製桶所を訪問し、大桶製作現場の観察と上芝雄史氏への聞き取りを実行した。以上を通じて、素材や製造方法、道具類に関する情報を共有し、技術継承をめぐる課題を検討することができた。