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ズッキーニのサプライ・チェーンに関する人類学的研究(2023-2026)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C)

中川理

目的・内容

研究の概要

本研究は、フランスにおけるズッキーニの生産と流通の経路(サプライ・チェーン)を、そこに関わる多様な人々それぞれの論理と欲望が理解できるように、民族誌的に描き出そうとする。その際とくに、ラオスから難民としてやってきて南仏で主要なズッキーニ生産者となっているモン(Hmong)農民による生産・販売と、ズッキーニが販売される中心的な場であるスーパーマーケットの労働者の働き方に注目する。生産と流通の鍵となるこれら二つの局面を集中的に調査することで、一つのサプライ・チェーンが利益の追求に収まらない多様な論理や欲望をどのように結びつけているかを具体的に明らかにすることが、本研究の狙いである。

研究の目的

本研究は「どのような多様性が、現代の資本主義のネットワークにおいて生み出されているのか」という問いに、具体的なサプライ・チェーンの事例研究によって取り組む。本研究では、ズッキーニという日常的に消費される野菜のサプライ・チェーンを事例として、その生産と流通がどのような人々のどのような働きによって成り立っているのかを検討する。生産・流通過程のマクロな把握と特定の局面のミクロな民族誌的理解を組み合わせることで、「自由と独立」や「自分らしさ」の追求のような、利益の追求に還元できない多様な論理や欲望が一つのサプライ・チェーンにおいてどのように接合しているかを深く理解することが、本研究の第一の目的である。さらに、この事例から得られた知見を他の民族誌と比較することによって、人類学的視点からの現代資本主義の理論化に貢献することが、本研究の第二の目的となる。

活動内容

2023年度実施計画

本研究では、フランスにおけるズッキーニのサプライ・チェーンについて、複数の手法を組み合わせたフィールドワークを実施する。聞き取りによってサプライ・チェーンの全体像を把握するとともに、鍵となる二つの局面の集中的な参与観察によって領域間の接合の具体的な様式を明らかにする。こうして得られた事例の理解を他の民族誌的事例を比較することで、ネットワーク化した資本主義のより一般的な理論化を行う。 
① サプライ・チェーンの全体像の把握:フランスにおけるズッキーニの生産と流通は、生産者から複数の仲買業者や卸売業者を介して小売業者へと流通するかつての形態から、独占的な巨大小売企業(スーパーマーケット・チェーン)を中心とした形態へと移り変わっている。それと同時に、諸外国からの輸入も拡大している。本研究では、大まかにはこのように特徴づけられるズッキーニのサプライ・チェーンの変容と現在を、関係資料の読解と関係者からの聞き取りによって明らかにする。
② 鍵となる局面のフィールドワーク:
②-1 南仏のモン農民によるズッキーニの生産と販売の調査:サプライ・チェーンを構成する生産の局面の事例として、フランスにおけるズッキーニ生産の中心の一つである南仏で調査を行う。南仏では、ラオスからの難民で1980年代末以降に農民化したモンの人々が、ズッキーニ生産を主に担うようになっている。モン農民による生産と販売の実践の調査によって、サプライ・チェーンの変容に彼らがどのように対応しているかを明らかにする。さらに、モン以外のズッキーニ生産者の実践についても調査を行い、モンの実践と比較する。それによって、モン農民の文化的な論理や欲望が、どのように資本主義のネットワークに接合しているのか、そして新たな状況でどのように変容しつつあるのかを明らかにする。
②-2 スーパーマーケット労働者の調査:現在のズッキーニ流通において外すことのできない重要な局面であるスーパーマーケットでの労働がどのように行われているかを、聞き取りと参与観察を通して明らかにする。労働者と管理職の聞き取りによって、労働者の生き方の論理と企業の労働管理の論理がどのように接合しているかを検討する。ズッキーニに限定せず労働の実態を調査するが、この調査によってズッキーニのサプライ・チェーンの最終局面を把握することが可能となる。
③ 比較を通した理論化:以上の調査結果を総合して、ズッキーニのサプライ・チェーンにおいて異なる領域がどのように接合しているかを明確化する。その上で、現代の資本主義についての他の民族誌的研究と本研究の成果を比較し、理論的な一般化を進める。既存の理論を批判的に検討し、フィールドの現実をより有効に把握するための理論の構築を試みる。