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多言語社会ブータン王国におけるノンフォーマル教育研究(2023-2027)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究

佐藤美奈子

目的・内容

研究の概要

本研究は「言語社会化論」(Ochs & Schieffelin 2012)を理論的枠組みとし、ブータン王国の成人女性を対象としたNFE(ノンフォーマル教育)の開発と実践をアクション・リサーチの手法でおこなう社会言語学的研究である。第 1 の目的は「語り」を軸とするリテラシー教育を通して女性たちの自己肯定感を育み、その方法を「ナラティヴ・アプローチによる自己肯定感を育むリテラシー教育」として体系化することである。
第 2 の目的はNFE修了者を主体とする地域ベースの「オーラル・ヒストリー・プロジェクト」を立ち上げ、NFEを共同体の活性化と民族文化継承のための生涯教育へと発展させることである。

研究の目的

本研究の目的は、第 1 に、学習者を主体とする協同的な学習環境を整備し、「語り」を軸とするリテラシー教育活動を実現することである。その方法を「ナラティヴ・アプローチによる自己肯定感を育むリテラシー教育」として体系化する。
本研究の第 2 の目的は、ナラティヴ・アプローチを地域ベースで取り入れた「オーラル・ヒストリー・プロジェクト」を立ち上げ、ノンフォーマル教育(以下、NFE)と連携させることにより、生涯教育へと繋げることである。本研究は、NFE を通してリテラシーを得た女性たち (母親) を、企画運営も含めてプロジェクトの中心に位置づける。それにより、地域活性化の主体とするとともに、英語化が進む若者世代と民族語主体の祖父母世代を結ぶ「仲介者」として機能する道を拓く。これは、NFE を政府主体の現行体制から共同体の取り組みへと移行させる試みでもある。

活動内容

2023年度実施計画

本研究の計画は、以下の4段階から成る。
段階 1: 段階1では、2017 年にブータン西部と中央部より開始した学習ニーズ調査を全国に拡大し、根拠に基づく実践の基盤を固める。
段階 2:段階1の結果を踏まえながら、学習者の生活に即した教材の開発と農作業の年間サイクルに沿ったカリキュラムの開発、制度面での提案をおこなう。ブータン教育省成人教育部門、ブータン女性協会および王立ブータン大学言語文化学カレッジに既に協力を依頼し、調査研究結果を共有している。本研究は、今後、各機関の活動を連携させる役割を担っていきたい。ブータンでは、子どもたちの学校教育においてもゾンカ語の指導に困難が報告されている。NFEとゾンカ語の開発を担うゾンカ語開発委員会と問題を共有して教材の共同開発を提案する。これまでの現地調査からは、学習者から、NFE を学校教育と等価と認定するEquivalency Program や単位科目履修制度を要請する声が上がっている。タイやバングラデシュのNFE や欧米の生涯教育では既に導入されており、ブータンにおいても高等教育と僧院教育間で試行中である。NFE も加わることで、3 つに分断されてきたブータンの教育制度の連携がさらに一歩前進することになる。現段階において、ブータンのNFEは、Basic Literacy Class(BLC)とPost Literacy Class(PLC)から成る。都市部ではCommunity learning Centre(CLC)やAdvanced Class が設置されている。農村部でも要望が高いことから、全国的な拡充を進める。
段階 3:「語り」による NFE を協力校で試験的に導入し、効果をデータ化して「ナラティヴ・アプローチによる自己肯定感を育むリテラシー教育」として体系化する。これまでの調査から、ブータンでは、離村向都傾向以外に、ダム建設のために全国から集められた労働者コロニーや陸軍キャンプ等が全国に建設され、家族も含めた全国的な移動による民族混淆によるコミュニティが都市部以外にも建設されていることがわかった。中央ブータンのTrongsa地区では、小学校の教員らが自主的に民話の採集を始めている。これらの草の根の活動に、本研究の語りプロジェクトを結びつけていく計画である。
段階 4: NFEを修了した女性たちを主体とする、オーラル・ヒストリー・プロジェクトを中央ブータンのモデル地区から順次立ち上げる。企画運営を含めて女性たちが自身のポテンシャルを最大限に発揮できる体制を整備する。そして、彼女たちを「仲介者」とし、子どもたちや年配者を引き込んだ、地域に根差した生涯教育へと発展させる。オーラル・ヒストリー・プロジェクトを全国規模に拡大し、実践の成果をデータとして整備し、体系化して発信するところまでを本研究の計画とする。