国立民族学博物館の資料収集活動に関する研究――創設後50年のレビュー
研究期間:2023.10-2026.3
代表者 飯田卓
キーワード
ミュージアム、民具、フィールドワーク
目的
国立民族学博物館(民博)では、2014年度に、博物館施設を備えた研究所ならではの取り組みとして「フォーラム型情報ミュージアムプロジェクト(IFM)」を立ちあげた。これは、民博所属の研究者が民博の所蔵資料の社会的活用をはかるため、精査をおこなってデータベースを構築するものである。大学共同利用機関法人第三期中期計画の期末において、IFMは高い評価を受けた。
しかし、最初期のコレクション形成にたずさわった研究者はすでに一線を退いているため、多くの資料に関して、収集されたときの状況が忘れられようとしている。申請代表者もIFMの一翼を担ってきたひとりだが、対象とした資料の点数が多かったこともあり、ひとつひとつの資料の収集状況を確認することはできなかった。
本研究では、コレクション形成の最初期に用いられていた資料収集カードなど、これまでほとんど顧慮されてこなかった資料にも着目し、民博館員がおこなってきた収集活動の学術的価値を現代の視点から評価しなおすことを目的とする。また、民博の前身である保谷民博やアチックミューゼアムの収集活動も対象とする。
2025年度
全メンバーの研究発表が2年度目で一巡したので、最終年度はそのテーマを深める研究発表をおこなうほか、成果出版にむけての打ちあわせをおこなう。
最終年度は、ゲストスピーカーをまじえて、これまでの議論の見落としを埋めていく作業を意識的におこなう。本研究会では、サブタイトルにあるように「創設50年のレビュー」を大きな目的のひとつとする学史研究だが、現役研究者による議論だけでは、否応なく推測に頼る部分が生じる。この欠点を補うため、現在は一線を退いている研究者(主として元館員または元国内資料調査委員)を招聘し、これまでの議論に関わる話題を提供してもらい、現役研究者による議論を必要に応じて補足・修正し、最終的な成果に結びつける。
また本年度は、事情が許せば館外でも研究会を開催する。これは、国立民族学博物館設立以前の日本関係資料の収集が他のコレクションに与えた影響を考察するためである。国立民族学博物館の海外資料は日本では比類がなく、他のコレクションに影響を与えたとは思われないが、戦前にアチックミューゼアムや日本民族学会(のちに日本民族学協会)が集めた日本資料(いずれも国立民族学博物館が所蔵)は、戦後に多数できた他の博物館の資料収集の参考になったと推測される。できればそのような影響を受けた博物館のコレクションを調査して、博物館史における国立民族学博物館の位置づけを明らかにしたい。
【館内研究員】 | 齋藤玲子、上羽陽子、小野林太郎、諸昭喜、河西瑛里子 |
---|---|
【館外研究員】 | 角南聡一郎、泉水英計、高城玲、菊池暁、大西秀之、木村裕樹、小島摩文 |
研究会
- 2025年6月28日(土) 11:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
-
メンバー全員「資料調査の進捗状況」
宇野文男(元民博/元福井大学)・小島摩文(鹿児島純心大学)「国立民族学博物館における民族学資料の収集と管理」
メンバー全員「総合討論」
2024年度
2024年度は、これまでの多様な物質文化研究の流れをふまえ、2023年度にひき続いてメンバーがそれぞれに研究発表をおこなう。館内資料の調査においては、国立民族学博物館の制度としてかつて存在した国内資料調査委員会に焦点を当てる。国内資料調査委員とは、日本国内の民具資料の所在を確認することを目的に、民博の指名・委託によって活動してきた各地の民具研究者たちである。この制度は1979年度に始まり、2003年度までの四半世紀にわたって存続した。その報告書は23巻(うち最後の2巻はCD-ROMに収めて配布された)にわたり、民博の建物からもそのデータベースにアクセスできる(ただし認証用のアカウントとパスワードが必要)。こうした成果は、今後重要性を増してくる可能性があるにもかかわらず、物質文化研究の観点からの評価はほとんどなく、存在すらも知られていない。その活動に関する資料をあらためて見直すことにより、国立民族学博物館の活動に関する忘れられた側面を浮きぼりにできると期待される。
【館内研究員】 | 齋藤玲子、上羽陽子、小野林太郎、諸昭喜、河西瑛里子 |
---|---|
【館外研究員】 | 角南聡一郎、泉水英計、高城玲、菊地暁、大西秀之、木村裕樹 |
研究会
- 2024年6月23日(日)13:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
-
小島摩文(鹿児島純心大学)「アチック・ミューゼアム資料「ヘラ」
――「ヘラ」研究史 1920年代から1980年代まで」
飯田卓(国立民族学博物館)「民博「正史」にみる資料収集活動の位置づけ」
討論と研究進捗のふり返り
- 2024年6月24日(月)10:00~12:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
- 標本資料整理カード、標本資料関連ファイルの調査
2024年7月14日(日)14:00~16:00(神奈川大学横浜キャンパス(日本常民文化研究所))
神奈川大学所蔵 民族学振興会資料の調査
http://jominken.kanagawa-u.ac.jp/research/fieldsience/240714_15.html
- 2024年7月15日(月・祝)10:00~16:00(神奈川大学みなとみらいキャンパス ウェブ開催併用)
-
角南聡一郎(神奈川大学)「什物目録考――寺社におけるタイセツなものの記録と保護の歩み」
菊地暁(京都大学)「民俗資料保護史略――常民研、京大、民博との関わりなど」
討論と研究進捗のふり返り
- 2024年10月14日(月・祝)13:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
-
泉水英計(神奈川大学)「戦災校舎復興後援会長渋沢敬三の沖縄訪問と返礼品民具」
上羽陽子(国立民族学博物館)「技術を展示する——国立民族学博物館南アジア展示改修における資料収集を事例に」
コメント:小島摩文(鹿児島純心大学)、全京秀(神奈川大学・韓国ソウル大学)
討論と研究進捗のふり返り
- 2024年10月15日(火)10:00~15:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
-
標本資料整理カード、標本資料関連ファイルの調査
全京秀(ソウル大学名誉教授/神奈川大学日本常民文化研究所特別研究員)「京城学派の人類学」
- 2024年11月8日(金)14:00~16:30(国立民族学博物館 大演習室)
- 船舶資料と遊戯(ゲーム)資料の調査
- 2024年11月9日(土)10:00~16:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
-
小野林太郎(国立民族学博物館)「国立民族学博物館における舟標本の過去・現在・未来――東南アジア・オセアニア資料を中心に」
河西瑛里子(国立民族学博物館)「人類学/民族学/民族誌学 系の博物館におけるヨーロッパ」
コメント:小島摩文(鹿児島純心大学)
討論と研究進捗のふり返り
- 2025年2月24日(月・祝)13:30~16:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
-
角南聡一郎(神奈川大学)「民俗関係の事典・総覧にみるネットワークの形成」
コメント:小島摩文(鹿児島純心大学)
討論と研究進捗のふり返り
- 2025年2月25日(火)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
- 1954年に沖縄県で集められた標本資料および関連ファイルの調査
研究成果
前年度にひき続き、各自の研究発表とそれに関連する討議、民博収蔵資料の閲覧・熟覧を並行しておこない、メンバー全員による研究発表をひととおり終えた。その結果、①民族誌コレクションの社会的価値や学術的価値、②民博設立以前に形成された民族誌コレクションの性格と形成過程、③民博設立以後に館員が中心となって集めた民族誌コレクションの性格と収集方針、などについて議論を深めることができた。
②に関してもっとも頻繁に話題となったのが、1920年代から1960年代にかけて形成された保谷民博コレクションである。このコレクションは、2万点近くの資料から成る大型コレクションで、収集地域も当時としては広範にわたっており、民博設立時において主要なコレクションとみなされていた。しかし民博は、40年かけて集められた保谷民博コレクションとほぼ同数の資料を、わずか5年で収集(移管や寄贈を含まない)している。また、わずか20年で、保谷民博コレクションの10倍の数の標本資料を保有するにいたった。設立直後の民博は、世界各地の文化について情報発信をおこなううえで、物質文化資料の大規模な収集を基盤としようとしていたのである。
2023年度
2023年度は、主として刊行物(『国立民族学博物館研究報告』に名誉教授が書いた論文、『民博通信』『月刊みんぱく』などの記事、『国立民族学博物館十年史』『国立民族学博物館三十年史』、各種展示図録など)を渉猟し、民博がおこなってきた資料収集の概要を把握することに努めるとともに、資料収集にたずさわる研究者がどのような点に関心を抱いてきたかを広範におこなう。主要な論者としては祖父江孝男や中村俊亀智などが思い浮かぶが、それにとどまらず、むしろどれだけ多くの館員がこの問題に関心を寄せてきたかを明らかにする。また、収蔵庫の情報カードも参照し、企画課職員の関心についても理解するよう努める。
【館内研究員】 | 齋藤玲子、上羽陽子、小野林太郎、諸昭喜、河西瑛里子 |
---|---|
【館外研究員】 | 角南聡一郎、泉水英計、高城玲、菊地暁、大西秀之、木村裕樹 |
研究会
- 2023年12月10日(日)13:30~17:30(国立民族学博物館 第4演習室)
-
自己紹介と抱負、研究会での役割などの確認(全員)
趣旨説明「協業、無形遺産、マテリアリティ、デコロナイゼーション
――博物館をめぐる近年の話題との関わりから」(飯田卓・国立民族学博物館)
年間計画の打合せと役割分担の調整(全員)
- 2023年12月11日(月)10:00~12:30(国立民族学博物館 第4演習室)
- 民博の資料とそれに関わる研究活動(民博館員を中心に、全員)
- 2024年2月9日(金)14:00~16:00(国立民族学博物館 第2演習室)
- 標本資料整理カード、標本資料関連ファイルの調査
- 2024年2月10日(土)10:00~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
-
高城玲「第一次東南アジア稲作民族文化綜合調査(1957〜58年)へのアプローチ――民博所蔵のタイ写真資料と常民研所蔵の民族学振興会資料から」
齋藤玲子「民博所蔵アイヌ資料の概要とおもな収集者」
チェウンス・諸昭喜「民博所蔵 田中千代コレクションの韓国服飾資料の基礎調査」
討論と研究進捗のふり返り
- 2024年3月10日(日)13:00~18:30(国立民族学博物館 第2演習室)
-
大西秀之(同志社女子大学)「アートからクラフトまで――アイヌ民具資料の収集をめぐる選択」
木村裕樹(立命館大学)「保谷民博(1951-1962)の活動――「民族学博物館館報」を手がかりとして」
討論と研究進捗のふり返り
- 2024年3月11日(月)10:00~12:30(国立民族学博物館 第2演習室)
- 梅棹忠夫アーカイブズ資料の調査
研究成果
2023年度は3回の研究会を開催した。いずれの回も、休日と平日を組みあわせた2日間の日程だった。休日には各自の研究発表とそれに関連する討議をおこない、平日には情報管理施設のスタッフの支援を得て、民博収蔵資料を調査する時間をとった。この資料調査は、標本資料や関連する整理カード、アーカイブズ資料など、多様な資料が存在することをメンバーで確認することを目的としていたが、自分の研究テーマに合わせて個別に調査を進めるメンバーも出はじめている。これまで看過されてきた資料が、本研究をきっかけとして研究分野で活用されるようになると期待している。
研究会では、資料の収集方針や寄贈受入方針がかならずしも厳密に定まっているわけではなく、研究者個人の考えかたやそのときどきの研究動向に左右されていることが議論された、この事実から、本研究会では逆に、日本の民族学的物質文化研究の動向を描きだすことを成果とするかもしれない。個々の研究発表をつうじて、重要な文献・報告書や研究情報が徐々に共有されるようになっているので、いくつかの選択肢を意識しながら成果取りまとめを進めていきたい。