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沙流川調査を中心とする泉靖一資料の再検討

研究期間:2019.10-2023.3

大西秀之

キーワード

アイヌ研究、文化的景観、イオル再生事業

目的

本研究では、国立民族学博物館所蔵の「泉靖一アーカイブ」を対象として、泉によって提示されたアイヌ社会像の再検討を試みる。具体的には、泉靖一が「イオル論」をはじめとするアイヌ社会モデルの構築に至った沙流川流域での調査資料を中心とする基礎データを、今日的な研究成果や社会意義などから改めて読み解くことにより、その新たな学術的・社会的活用の可能性を追究する。
このような目的の下、本研究では、まず①アイヌ研究に関連する文化/社会人類学・歴史学・考古学などの現在までの成果と、②アイヌ文化振興にかかわる諸政策・事業活動の成果を踏まえ、多角的に泉靖一の調査資料・データの再検討を行うことにより、単なる政治・政策的な批判や歴史的事実関係の正否の検証にとどまらない新たな評価や解釈の可能性を追究する。その上で、現在平取町を含む北海道各地で推進されている、「伝統的生活空間(イオル)」の再生事業をはじめとするアイヌ文化の継承や振興に対して、泉靖一の調査資料が果たしうる貢献や役割を検討する。

研究成果

本共同研究では、まず泉靖一アーカイブに対する各メンバーの問題関心を議論するなかで、①泉靖一の調査研究のあり方の追究、②既存のアイヌ調査研究との比較、③泉靖一のデータの特にアイヌ民族への還元・活用、という三つの検討課題にまとめられることを確認した。またメンバー個々の研究報告からは、①二風谷地区を中心とするアイヌ民族の伝統的生活空間の再生事業や森林復元に対する活用の可能性、②泉靖一が沙流川流域調査を行う前史としての済州島や大興安嶺での民族誌調査が果たした役割の解明、③沙流川流域の埋蔵文化財調査から得られた考古学的データとの比較、④泉靖一の沙流川流域調査における社会人類学的な方法・視角が用いられていることの確認、⑤アイヌ民族をめぐる今日の諸政策に対する泉靖一研究の意義、などが同アーカイブを対象として議論できることが提示された。
以上の観点を踏まえた上で、本共同研究では、泉靖一アーカイブの資料を、内容やトピックごとに分類し異なる資料を関連づけた上で、各メンバーの専門性、関心、経験などから読み解く作業に着手した。このような取り組みを通して、日本の文化/社会人類学の学説史の再考、アイヌ文化の振興に対する貢献、アイヌ民族への還元や返還に関する配慮、などさまざまな視角や可能性を得ることができた。たとえば、①泉靖一の研究成果を「非アイヌ民族の一研究者による仮構に過ぎない」などとする批判は、単純な二分法的かつステレオタイプ的な思考であるだけでなく、インフォーマントとなったアイヌ民族の助力や貢献を見落し忘却してしまう危険を孕んでいること、②沙流川流域調査の関連資料のなかには、親族系統をはじめ当事者も知りえない可能性がある個人データが少なからず含まれており、一般への公開や現地への返還には相当に慎重な対応が求められること、など従来あまり顧みられてこなかった観点が確認された。とはいえ、本共同研究で得られた視角もまた、決して唯一絶対な解答でも十全な選択肢でもなく、将来に向けた取り組みのなかでその可能性を実践、実現して行くべきことが最も重要である、とメンバー全員は認識している。

2022年度

2022年度は、まず2020年度と2021年度の過去2年間コロナ禍により実施できなかった、泉靖一アーカイブ資料の実見による検討を計2回実施する。実見による資料検討をメインとする理由は、管理制度の制約から昨年度に試験的に行ったオンライン上での資料検討では実施できなかった、計画を推進するためである。具体的には、個々のメンバーの専門性・興味関心・活動に基づく、個別資料の検討である。本共同研究では、過去3年度の間に各メンバーの研究報告と泉靖一アーカイブ資料の意義や限界などの総合討論を行い、一定の成果を見出すことができた。しかし、本共同研究の目的を達成するためには、各メンバーの専門性・興味関心・活動に基づき、個々に泉靖一アーカイブを読み解くことにより、同資料が有する可能性を多角的に追究することが不可欠となる。こうした検討を通しては、泉靖一アーカイブ資料の多面的な再評価を行うとともに、アイヌ民族の文化振興をはじめ今日的な文脈における活用の可能性を、最終的な成果として取りまとめたいと考えている。

【館内研究員】 齋藤玲子
【館外研究員】 石村智、大塚和義、貝澤太一、萱野公裕、河合洋尚、木村弘美、佐々木史郎、長野環、森岡健治、吉原秀喜
研究会
2022年6月18日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
最終成果に向けての議論
資料検討:「泉靖一アーカイブ」①
2022年6月19日(日)10:30~15:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
資料検討:「泉靖一アーカイブ」②
資料検討:「泉靖一アーカイブ」③
資料検討に基づく総合討論
2022年12月3日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
資料検討:「泉靖一アーカイブ」①
資料検討:「泉靖一アーカイブ」②
2022年12月4日(日)10:30~15:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
最終まとめ:総合討論①
最終まとめ:総合討論②
成果出版に関する議論
研究成果

本年2022年度は、過去2年間コロナ禍で実施できなかった本共同研究の主要課題である泉靖一アーカイブ資料の実見に基づく検討を中心的に推進した。具体的には、まず齋藤玲子氏(国立民族学博物館)が「杉浦健一アーカイブの追加資料について」と題する報告を行い、泉靖一によるアイヌ民族綜合調査を補完する資料となる可能性を検討した。次いで、昨年度まではオンラインで限定的に行わざるを得なかった、沙流川流域の調査で収集された親族系統に関するデータの検討に取り組み、当該資料には当事者も知りえない可能性がある個人データが少なからず含まれていることから、泉靖一アーカイブ資料の公開や現地への返還に関する再考や見直しあるいは留保する視点がメンバー間に共有された。たほう、主要対象となる資料のデジタル・データ化が実現できたことにより、懸案であった調査ノートの検討を共同研究会メンバー全員で行うことができた結果、泉靖一の調査内容を個々のメンバー視点から読み解くとともに、全員で議論し意見を共有することが可能となった。またこれらの資料検討後には、総合討論を行うことで、泉靖一アーカイブの資料から得られる意義や活用に加え、資料そのものの取り扱いなどに関する意見交換などを実施し、最終成果として計画している一般書の基盤的視角・内容を準備することができた。

2021年度

2021年度は、まず2020年度にコロナ禍により実施できなかった、泉靖一アーカイブの資料検討を(前年度繰越分として)計2回実施する。この検討では、親族調査を中心に沙流川流域での聞き取り調査記録など泉靖一アーカイブの資料分類・整理を実施する。また本年度は、平取町二風谷地区で植生復元を試みている貝澤太一が自らの取り組みを踏まえたアーカイブの活用や再検討の可能性を、また佐々木史郎が国立アイヌ民族博物館の事業と沙流川流域でのイオル構想との連携の可能性を、それぞれ第1回と第3回に報告する。また各報告の翌日に実施を計画している第2回と第4回には、前日の議論を踏まえ泉靖一が提示したアイヌ社会像を検証し、その議論を踏まえ原典となる資料・データの再評価を試みるとともに、その今日的な意義と活用の方向性を追究する。その上で、最終的な成果の取りまとめと、その発信方法を全員で議論し決定する。

【館内研究員】 齋藤玲子
【館外研究員】 石村智、大塚和義、貝澤太一、萱野公裕、木村弘美、佐々木史郎、長野環、吉原秀喜、河合洋尚
研究会
2021年10月31日(日)9:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室 ウェブ開催併用)
総合討論:アイヌ綜合調査資料の検討と評価
資料検討:「泉靖一アーカイブ」 N0.163、No.164、No.165、No.166、No.167
2022年1月10日(日)9:30~17:30(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ開催併用)
報告① 河合洋尚(東京都立大学)「泉靖一の社会空間論」
報告② 佐々木史郎(国立アイヌ民族博物館)「民族共生象徴空間を見直す」
報告③ 貝澤太一「森の姿を取り戻したい:森とともに歩む、意義と課題について」
資料検討:「泉靖一アーカイブ」 N0.169、No.170、No.174、No.176、No.177、No197
研究成果

昨年度から続く新型コロナ感染症問題の影響によって、2021年度も、本共同研究の主要課題であった泉靖一アーカイブ資料の実見に基づく検討を実施することができなかった。この対案として、同資料をデジタル画像化し、オンラインによって共有し全員で検討を行った。なおこうした方法は、各メンバーがそれぞれの専門性や興味関心に応じて、個別に資料を検討することができないため、同じ資料に対して各メンバーがそれぞれ批判や意見など提示する総合討論を行うことを試みた。この結果、泉アーカイブの資料全体の性格、意義、活用、管理などを総括するとともに、親族系統図が記載された資料を主要対象とした総合討論を行った。
いっぽう、研究報告に関しては、オンラインを併用することにより、メンバー全員の報告を完了することができた。具体的な成果としては、まず河合報告により泉靖一の沙流川流域調査に社会人類学的な方法・視角が用いられていることが、また佐々木報告ではアイヌ民族をめぐる今日の諸政策に対する泉靖一研究の意義が、そして貝澤報告では二風谷地区における森林復元に対する活用の可能性が、それぞれの議論から提示された。これらの成果から、コロナ禍での制約があったものの、泉靖一アーカイブの多角的な批判・評価に基づく課題と可能性を追究できた。

2020年度

2020年度は、前年度に引き続き、泉靖一アーカイブの検討と共同研究員の研究報告を、それぞれ2回ずつ合計4回の研究会を計画している。第1回は、2019年度の議論を踏まえ特に親族調査に焦点を当て泉靖一アーカイブの資料分類・整理を実施する。第2回は、前日の検討を踏まえ、平取町二風谷地区で埋蔵文化財調査を行っている森岡健治と同地区で植生復元を試みている貝澤太一が、それぞれの取り組みを踏まえた泉靖一アーカイブの再検討や活用の可能性を報告する。第3回は、沙流川地区を中心とするイオル再生事業など平取町で実施されたアイヌ文化振興に関連する調査成果から泉が提示したアイヌ社会像を検証し、その議論を踏まえ原典となる資料・データの再評価を試みる。第4回は、前日の検討を踏まえ、国内海外で無形文化財の保護・活用に取り組んできた石村智と国立アイヌ民族博物館の開設を推進している佐々木史郎が、それぞれの取り組みを踏まえた泉靖一アーカイブの再検討や活用の可能性を報告する。

【館内研究員】 河合洋尚、齋藤玲子
【館外研究員】 石村智、大塚和義、貝澤太一、萱野公裕、木村弘美、佐々木史郎、長野環、森岡健治、吉原秀喜
研究会
2020年11月27日(金)13:00~17:30(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ会議併用)
沙流川流域資料の活用の可能性
泉アーカイブの再検討1
泉アーカイブの再検討2
2020年11月28日(土)9:30~15:00(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ会議併用)
森岡健治(平取町立二風谷アイヌ文化博物館・館長)「平取町内の考古学的調査による建物跡と墓――擦文~アイヌ文化期――」
石村智(東京文化財研究所音声映像記録研究室・室長)「泉靖一の見た済州島とその後」
総合討論と次回計画
2021年3月14日(日)13:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
大塚和義(国立民族学博物館)「アイヌ史から見る沙流川におけるアイヌ民族綜合調査の意義」
大西秀之(同志社女子大学)「イオル再生事業のための泉靖一による沙流川調査資料の活用」
総合討論と次回計画
研究成果

2年目となる2020年度は、新型コロナ感染症問題の影響を被り、本共同研究の計画の修正を迫られた。もっとも、研究報告に関しては、オンライン研究会を開催することにより、ほぼ計画通り実施し一定の成果を得ることができた。
具体的には、まず石村報告と大塚報告により、泉靖一が沙流川流域調査を行う前史として、済州島や大興安嶺での民族誌調査が果たした役割を明からにすることができた。また森岡報告では、沙流川流域の埋蔵文化財調査から得られた考古学的データとの比較検討を、大西報告では、現在推進されているアイヌ民族の伝統的生活空間の再生事業に対する泉調査の意義や活用法を、それぞれ議論することができた。
しかし、本共同研究の主目的は、あくまでも泉靖一アーカイブの資料を実見し検討することである。本年度は、社会的要請などにより対面での会合の機会を設けられなかったため、主目的と位置づけているアーカイブ資料の検討をほとんど推進することができなかった。複製などの館外検討ができない状況が続く場合、次年度も目的が達成できない状況が続くと危惧している。

2019年度

本研究では、3年間で計8回の研究会の開催を計画している。なお本研究は、泉靖一アーカイブを対象とした検討を行うため、資料・データの実見・検討に基づく報告・議論を原則として各回2日連続で実施する。
2019年度の第1回は、各メンバーの専門性と関心に基づき分担・役割を確認した上で、アーカイブから関連する資料・データを選別し、誰がどの資料・データをどのように分析・検討するか議論する。
第2回は、まず前回の検討を基にアーカイブを実見し、泉がイオルをはじめアイヌ社会像を構築した経緯にかかわる資料・データを抽出した上で、それらの資料・データに対して各メンバーが専門性を基に所見を報告し議論を深める。

【館内研究員】 河合洋尚、齋藤玲子
【館外研究員】 石村智、大塚和義、貝澤太一、萱野公裕、木村弘美、佐々木史郎、長野環、森岡健治、吉原秀喜
研究会
2019年11月24日(日)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
大西秀之(同志社女子大学)「共同研究趣旨説明――沙流川流域における泉靖一資料の再検討」
共同研究員自己紹介・研究計画
2019年11月25日(月)9:30~15:00(国立民族学博物館 第3演習室)
沙流川流域調査を中心とする「泉靖一アーカイブ」資料の実見
次回研究計画に向けての総合討論
2020年2月10日(月)14:00~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
前回確認と趣旨説明
吉原秀喜(平取町役場アイヌ施策推進課)「仮題:沙流川流域IWOR構想の経緯・成果展望」
木村弘美(平取町役場アイヌ施策推進課)「仮題:イオル事業と「ライブラリー」の可能性」
2020年2月11日(火)10:00~15:00(国立民族学博物館 大演習室)
萱野公裕(萱野茂二風谷アイヌ資料館)「仮題:民博と泉靖一資料調査への期待」
長野環(平取町役場アイヌ施策推進課)「仮題:アイヌ文化環境保全対策とIWOR」
総合討論と次回計画
研究成果

初年度となる2019年度は、まず第1回目に本共同研究の目的を共有するとともに、各メンバーの役割や貢献などを確認した上で、第2回目に沙流川流域調査を中心とするアーカイブ資料の閲覧を行いその検討と活用について意見交換を行った。その結果、本研究会の方向性及び各メンバーの関心は、①泉靖一の調査研究のあり方の検討、②既存のアイヌ調査研究との比較検討・活用、③泉靖一のデータの特にアイヌ民族への還元、という三つにまとめられることを確認した。 次いで開催した第3回目には、二風谷地区を中心とする平取町でアイヌ文化振興事業に取り組んでいる4名のメンバーが、それぞれの活動に関する報告を行い泉靖一アーカイブの活用の可能性を提示した。また第4回目には、過去3回の議論を踏まえ改めて沙流川流域調査の資料検討を行い、同資料を内容・トピックごとに分類し異なる資料を関連づける作業に着手することを決定した。この作業により、泉靖一アーカイブの資料を新たに整理し、具体的に活用する方法を追究することを確認した。