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食生活から考える持続可能な社会――「主食」の形成と展開

研究期間:2019.10-2023.3

野林厚志

キーワード

主食、食生活、持続可能社会

目的

本研究の目的は、人類の食生活を生態、文化、社会、歴史の観点から検証し、持続可能な社会を実現するための食生活のありかたを探究することである。そのための作業概念として「主食」を採用する。「主食」に相当する語彙や概念は普遍的ではなく、時代や地域によって多様であるが、「人を肉体的・精神的に養ううえで、中心的役割を果たす食べもの」という一定の定義を与えることで、具体的な食生活中の「主食」の諸相から、対象とする社会や集団における食のあり方とその背景をより端的に浮かび上がらせることが可能となる。
食生活とは、食品の生産、加工、流通、消費、調理、廃棄の過程であり、自然環境、価値観、教条、法律や制度、経済条件、身体的な欲求や生理的条件、個人的な嗜好などが、人間の営みを通して密接に関連しあっている。それらの関連性を「主食」という作業概念にそって整理し、考察することにより、地球規模で人間が引き起こしている食の問題を明らかにする。そのうえで、人類学を中心に、歴史学、調理学、体育学などの食生活を理解するうえで核となる諸分野による学際的な議論を通して、人類の食生活のあるべき姿を検証したい。

研究成果

本研究では当初計画の目的にしたがい、世界諸地域の食事を主食の認識、消費という観点から民族誌的な研究発表を行うとともに、人類史ならびに食料生産の文脈からの文明史の観点から歴史性について研究発表を行った。それらにもとづき共同研究参画者による議論を重ねた。研究発表の時代軸と空間枠は下図に参照した通りである(該当する時期、地域は星形でしめしている)。食料生産の開始以前から食品の大規模流通を実現している現在までと、人間の生存限界にいたる寒冷地域、食料生産量の大きな温帯地域、狩猟採集経済が継続している熱帯地域と、時代や自然環境の条件を可能な限り網羅した研究発表で構成した。

研究成果01
研究成果02

人類の主食とは以下の3つの側面をもつことが、本共同研究における研究報告とそれに関わる議論から得られた。
(1)よく食べるもの(Majour foods)
(2)安定して食べられるもの(Staple foods)
(3)精神的支柱となる食べもの(Comfort foods)
これらの3つの側面に係る人間の行動の背景として得られた論点はいかのことがあげられる。
(1)よく食べるものが成立する背景
・多様な食品からの選択―農耕以前、コロンブス交換以前、狩猟採集民(現代の状況)
・選択肢が極端に少ない環境―極北、乾燥地域
(2)安定して食べられるものが成立する背景
・農耕・生産
・流通手段の発達―都市環境
・税(秩序、コントロール)・国家
・知識(社会的制度化―在来知識の体系)
(3)精神的支柱となる食べものが整理する背景
・食べ物と宗教(信仰)との結合
・ナショナリズム等による象徴化
・差別、抑圧からの社会的意味づけ
これら諸要素は時代軸に沿って、①主食なき時代、②主食の萌芽、③主食の意味化、④主食の固定化、⑤主食の多様化、⑥主食の記憶化・継承という、主食形成の歴史的段階として重層的に存在していたことを研究会全体からの仮説として提案し、成果として得られた知見としたい。

2022年度

本年度は、昨年度までに発表した内容にもとづいた成果刊行のための研究会を2回実施する。
第1回目は研究代表者がこれまでの発表と議論を総括した発表を行い、主食とは何かという問題を見通すためのいくつかの論点を明示する。現在のところ想定しているのは以下の点である。
・食べ物の選択の過程としての主食
・自然資源から生態資源への導入の条件と主食
・個人レベルと集団レベルでの生態学的適応と文化的組み込み
・主食の制度的な裏づけ
以上をもって主食形成のモデルを問う。
第2回目の研究会では、執筆予定者のフラッシュトークをもとに総合議論を行い、各人の問題意識の共有をはかる。そのうえで、研究代表者が提案する成果刊行物の構成を戦略的に組み立てなおし、最終的な構想を完成させる。
以上を年度前半に行い、後半は具体的な執筆を進めていく。

【館内研究員】 池谷和信、宇田川妙子、菅瀬晶子
【館外研究員】 梅崎昌裕、佐藤廉也、中澤弥子、那須浩郎、濱田信吾
研究会
2022年10月30日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
野林厚志(国立民族学博物館)「主食論構築のための見取り図」
全員「成果公開にむけた総論に関する議論」
2023年3月2日(木)10:00~12:00(ウェブ開催)
全員「成果公開にむけた各論に関する議論」
研究成果

本年度は当初研究計画にしたがい、成果公開にむけた総論、各論についての議論を共同研究員全員ならびに過去に参加したゲストスピーカーとで実施した。第1回目の研究会では、研究代表者の野林がすべての研究会の発表のふりかえりを行い、各発表を時間軸と空間枠に位置づけるとともに各回の暫定的な結論を参照しながら、研究会の内容の全体像を参加者全員で把握する試みを行った。時間軸に沿った分析で得られた1つの知見は、主食がいくつかの段階を経ながら属性を付加させてきた点である。具体的には、(1)主食なき時代、(2)主食の萌芽、(3)主食の意味化、(4)主食の固定化、(5)主食の多様化、(6)主食の記憶化・継承である(図参照)。研究開始時に主食に与えていた作業的定義である「人を肉体的・精神的に養ううえで、中心的役割を果たす食べもの」は曖昧な内容であり、今年度の研究会において、すべての研究報告を鳥瞰し主食の属性を分析的に示す指標が時間軸での変化から抽出できたことは一定の到達点となった。さらに、こうした点をふまえながら、第2回目の研究会では各論を成果論文集の中にどのように構成して位置づけていくかについて意見交換を行った。そのうえで、論集の基本的な構成枠として、
(1)よく食べるもの(Majour foods):MF
(2)安定して食べられるもの(Staple foods):SF

研究成果

2021年度

 2020年度は、合計5回の研究会合を実施する予定である。研究計画参加者による研究報告を2021年度の共同研究の主要な課題とする。具体的な内容としては、1)人類史という視点から、パレオダイエットも含めた生態学的な適応(梅崎)、その継承性と文化的適応(池谷)、水産資源(濵田)、2)現代社会における食生活と主食との関係について、調理と献立の計画性(中澤)、アスリートも含めた食管理と運動(木内)を予定している(開催順不同)。また、昨年度、実施ができなかったゲストスピーカーの招聘を検討する。具体的には、内水面漁労、主食生産の歴史的検討、グローバル経済と主食、といった課題を想定している。本年度後半には成果刊行にむけた論集の構成についても参加者全員で検討する。

【館内研究員】 池谷和信、宇田川妙子、菅瀬晶子
【館外研究員】 梅崎昌裕、佐藤廉也、中澤弥子、那須浩郎、濱田信吾
研究会
2021年5月15日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ開催併用)
梅崎昌裕(東京大学)「パレオダイエット」
池谷和信(国立民族学博物館)「『主食』の人類史」
2021年7月30日(金)13:30~15:30(国立民族学博物館 第3演習室 ウェブ開催併用)
小坂理子(東京大学)「インドネシア西ジャワの米食――動機からみた主食の考察」
2022年1月22日(土)13:30~15:30(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ開催併用)
安室知(神奈川大学)「「餅なし正月」伝承から読む生計維持戦略と主食」
2022年3月12日(土)13:30~18:30(ウェブ開催)
中澤弥子(長野県立大学)「栄養教育からみた「主食」について」
濵田信吾(大阪樟蔭女子大学)「ソウルフードをめぐる言説とレシピから考える「文化的主食」」
全員:総合討論と成果公開に関する懇談
研究成果

本年度は民族誌の事例を相対化させることを目的とし、より長期的な視野で「主食」をとらえる研究報告をおこない(梅崎、池谷)、そのうえで、主食という概念やそれに関わる実践に深く関わる米の利用の諸相をとらえる研究報告をゲストスピーカー2名(小坂、安室)によって行った。
従前の研究報告およびそれに関わる議論からは、人類史においてイベント的に生じた生業転換に加えて、文明的な背景のもとで各地域で生じた生業転換のプロセスにおいて、人類の生存を容易にする食品が量的に多く摂取、生産されるようになり、それが主食の地位の萌芽として検討すべきであるという結論を得た。一方で、主食が概念化されたのは、日本(人)にとってのコメというやや特殊な条件があるということが問題として指摘され、日本以外でのコメのあつかわれかた、日本におけるコメとコメ以外の食料の様相についても議論を進めた。
コメの象徴的な側面、それがどのように継承され、主食として概念化されていくのかという議論を発展させる目的で、食の継承(中澤)、ソウルフード(濵田)の研究報告を行い、主食が文化的に創られていく側面が浮き彫りとされた。

2020年度

2020年度は、合計3回の研究会合を実施する予定である。研究計画参加者による研究報告を2020年度の共同研究の主要な課題とする。具体的な内容としては、1)農産物以外の食料資源の獲得が主要な生業となってきた社会における主食のありかたに関して、狩猟採集社会(池谷)、牧畜社会(大石)、水産資源(濵田)の報告を、2)主食が社会的な規範やガバナンスにどのように関わるかについて、国民食の形成と家庭食(宇田川)、主食を含めた食の宗教的権威性(菅瀬)、先住民族社会の主食の変容(野林)を予定している(開催順不同)。また、上記の内容を補完する研究報告を、ゲストスピーカーを招聘して実施することも検討する。

【館内研究員】 池谷和信、宇田川妙子、大石侑香、菅瀬晶子
【館外研究員】 梅崎昌裕、木内敦詞、佐藤廉也、中澤弥子、那須浩郎、濱田信吾
研究会

2020年7月31日(金)15:00~17:00(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ会議併用)
大石侑香(国立民族学博物館)「ハンティの主食の取り入れ方 」
質疑応答と全体討論

2020年9月14日(月)15:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
野林厚志(国立民族学博物館)「エスニシティから見た主食–台湾原住民族の事例」
質疑応答と全体討論

2020年10月2日(金)10:00~12:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
菅瀬晶子(国立民族学博物館)「中東における主食概念とアブラハム一神教:東地中海地域の事例を中心に」
質疑応答と全体討論

2020年11月5日(木)15:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
宇田川妙子(国立民族学博物館)「イタリアのパンと小麦から考える『主食』」
質疑応答と全体討論

2021年3月22日(月)15:30~17:00(ウェブ会議)
1.これまでのふりかえり
2.来年度の研究会計画

研究成果

本年度は当初研究計画にもとづき、主として民族誌の事例から主食がどのような位置付けにあるかについての発表と議論を行なった。主食とは何かという課題において浮かび上がった1つの考え方として、ある特定の食物が食生活のなかで主食として位置づけられていく過程として、「1つの選択肢ー主要な食べ物(主要食)ー主食」という3つの「食物地位」の段階をあげることができた。さらに、1つの選択肢には、自然資源から生態資源への導入が、主要な食べ物には、集団レベルでの生態学的な適応と文化的な組み込み、主食は、様々なレベルでの制度的な裏づけが、それぞれの背景に存在する可能性が想起されることになった。
本研究課題の主要な関心の1つである主食の形成には、この「食物地位」モデルが適用可能であり、もう1つの関心である主食の展開には、地位の拡大と縮小の両方が予想され、今後の研究会でも議論の課題にしたいと考えている。

2019年度

2019年度は、合計2回の研究会合を実施する予定である。本共同研究が採択された場合には、キックオフのための研究会合を早期に実施し、代表者の野林が本研究の趣旨と研究遂行の大筋を説明する。その上で、共同研究員全員で研究会の具体的な進め方について検討するとともに、個々の研究発表の見通しを確認する。第2回目の研究会合をもって研究発表と討議を主体とした研究会合を本格的にスタートさせる。

【館内研究員】 池谷和信、宇田川妙子、大石侑香、菅瀬晶子
【館外研究員】 梅崎昌裕、木内敦詞、佐藤廉也、中澤弥子、那須浩郎、濱田信吾
研究会
2019年10月14日(月)10:00~16:00(国立民族学博物館 第4演習室)
野林厚志(国立民族学博物館)「主食研究の趣旨と全体の構想」
参加者の研究の構想
2020年1月13日(月・祝)10:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
次年度発表に関する懇談(次年度発表予定者)
先住民族の生活文化に関する展示見学(全員)
野林厚志(国立民族学博物館)「第2回研究会の趣旨説明」
那須浩郎(岡山理科大学)「農耕のはじまりと主食の形成」
佐藤廉也(大阪大学)「根栽農耕とイモ食」
総合討論
研究成果

本年度は当初の研究計画にしたがい、代表者からの研究全体の見通しと構想、共同研究員による研究の展望と貢献の計画について議論を行ったうえで(第1回目)、人間が主食としてきた主要な作物である穀類、豆類、根栽類について、人類史的なスケールもあわせた利用の歴史や社会的な位置づけに関する発表をえた。発表を受けての総合議論では、主食という存在が農耕と不可分の関係にあるのか、穀物と根栽の属性の違い(植物としての性質―保存性、生産量、キャリング・キャパシティ、季節性、自然環境との調和性、文化的観点からの性質-小象徴生、料理への適用、副菜との組み合わせ、歴史的観点からの性質―ドメスティケーションの過程、税)といった諸点について検討を行なった(第2回目)。主食という概念が通文化的に適用できるかどうか、また、その概念がさす具体象の多様性や時代変化等、次年度以降の研究発表や議論に組み込んでいく内容について深化させた。