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社会・文化人類学における中国研究の理論的定位――12のテーマをめぐる再検討と再評価

研究期間:2019.10-2023.3

河合洋尚

キーワード

中国研究、人類学理論、学説史

目的

中国社会を対象とする人類学的研究は20世紀前半より本格的にはじまり、日本、欧米、中国国内の研究者によりさまざまな研究が展開されてきた。早期には「未開」社会とは異なる複合社会の研究を推進する舞台として期待され、1960年代になるとアフリカ研究との比較の対象として民族誌が著された。ところが、その後の中国研究は「独自」の路線で議論を進めるようになったため、同じ東アジア研究ですら対話が難しくなり、人類学において半ば「孤立」した立ち位置に置かれるようになっている。だが、中国をめぐる人類学的研究を振り返ると、国家‐社会関係論、ポリティカル・エコノミー論、個‐全体論、存在論など、現代人類学の先駆けともいえる議論が早期から展開されてきたことに気づかされる。本研究は、中国研究で多くの蓄積がなされてきた12のテーマ(親族、ジェンダー、コミュニティ、エスニシティ、宗教、風水、生態、食、芸術、観光、メディア、都市)をとりあげ、その理論史を整理することで、人類学一般の理論と対話をなすことを目的とする。

研究成果

2019年から約3年半にわたり、本研究会は、中国を対象とする社会文化人類学的研究(中国民族誌学)の意義を再検討することを目的に発表と議論をおこなってきた。本研究会は、副題にもあるように、もともと親族、ジェンダー、エスニシティ、コミュニティ、都市、風水、宗教・信仰、食、環境・生態、観光、芸術、メディアの12のテーマを扱う予定であった。しかし、議論を進めていくなかで、医療、音楽、芸能、文化遺産の方面にも相当な蓄積があることが分かり、また現代中国を読み解くうえで境界を超えるモビリティを欠かすことができないこと、さらに博物館と人類学の関係も扱う必要があることから、テーマを増やし、中国民族誌学の動向をより総体的な角度から見直した。
発表に関しては、各テーマにおける動向を整理するだけでなく、それぞれの動向がいかに人類学理論とかかわるかについて議論することに重点を置いた。それにより、次のいくつかの点が明らかになった。第一に、中国民族誌学は、初期の段階から複合社会研究として発展してきた。したがって、中国民族誌学では初期の段階から歴史や文字への関心が高く、また、国家‐社会関係論にも着手されていた。第二に、中国民族誌学では早くから構造・象徴分析が着手されていた他、1980年代に入るまでには植民地主義、ポリティカル・エコノミー、脱地域的な経済ネットワークの分析に関する研究が出現していた。さらに、風水、食、芸術にみるように、人間と非人間の関係にも注意が払われてきた。 
中国民族誌学は、人類学において「独自」の路線を走っているとみなされることがあるが、研究動向をテーマごとに整理すると、中国民族誌学と人類学理論の間には一定の相関関係があることが分かる。そもそも従来の中国民族学ではジェンダー、芸術、文化遺産などのテーマが検討されてこなかったこともあり、その全体像は必ずしも明らかにされていなかったといってもよい。本研究会の議論と成果は、中国民族学誌と人類学理論の対話に関する新たな一歩を踏み出すものになった。

2022年度

昨年度は新型コロナウィルス拡散の影響を受け、一度しか研究会が開催できなかった。今年度は、中国を対象として展開されてきた個別の研究テーマをとりあげ、引き続き議論する。今年度はこれまでの研究会でまだ扱っていない残りのトピック――コミュニティ、食、環境、芸術、ジェンダー、博物館、国内移動、国外移動、景観など――をとりあげる。さらに、これまでの議論を総括するとともに、「文明の人類学」という枠組みから中国地域を対象とする人類学的研究の再検討をおこない、それによって中国研究を超える人類学の可能性を導き出す予定でいる。同時に本研究成果の出版に向けて草稿を集め、細部を議論することも今年度も目的とする。

【館内研究員】 韓敏、奈良雅史
【館外研究員】 阿部朋恒、磯部美里、稲澤努、川口幸大、川瀬由高、小林宏至、櫻田涼子、清水拓野、周星、田中孝枝、中生勝美、
丹羽朋子、伏木香織、藤野陽平、堀江未央、横田浩一
研究会
2022年6月25日(土)10:00~17:15(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
韓敏(国立民族学博物館)「中国における博物館人類学の試みと研究動向」
川瀬由高(江戸川大学)「コミュニティ論と中国民族誌学」(仮)
塚原伸治(東京大学):コメンテーター
阿部朋恒(立命館大学)「中国の生態・環境と人類学」(仮)
2022年7月16日(土)14:00~18:15(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ開催併用)
櫻田涼子(育英短期大学)「食の人類学」
コメンテーター:阿良田麻里子(立命館大学)
堀江未央(岐阜大学)「ジェンダーの人類学」
2022年7月17日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ開催併用)
丹羽朋子(国際ファッション専門職大学)・陳昭(東京大学)「芸術の人類学」
コメンテーター:登久希子(京都市立芸術大学)
2022年10月8日(土)13:00~17:15(ウェブ開催)
藤野陽平(北海道大学)「メディア――プレ・ポストコロナのメディア人類学」(仮)
コメンテーター:河合洋尚(東京都立大学)
包双月(東北大学)「移民国家――中国」
辺清音(吉林大学)「国外移動――チャイナタウン研究の動向から」
2022年10月15日(土)10:00~19:30(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ開催併用)
最終発表会(第Ⅰ部):川瀬由高(江戸川大学)「コミュニティ」、奈良雅史(国立民族学博物館)「宗教・信仰①」、横田浩一(国立民族学博物館)「宗教・信仰②」、田中孝枝(多摩大学)「観光」、河合洋尚(東京都立大学)「都市」 
最終発表会(第Ⅱ部):中生勝美(桜美林大学)「20世紀前半の中国民族誌」、川口幸大(東北大学)「親族」、堀江未央(岐阜大学)「ジェンダー」、稲澤努(尚絅学院大学)「エスニシティ」
最終発表会(第Ⅲ部):小林宏至(山口大学)「住・風水」、櫻田涼子(育英短期大学)「食」、清水拓野(関西国際大学)「芸能」、黄潔(名古屋大学)「文化遺産」
総合討論
研究成果

新型コロナウィルスの感染拡大を受けて前年度の研究会開催数が減少したため、今年度は計5日、10名の個人発表をおこなった。本年度は、中国民族誌学で古くから注目を集めてきたコミュニティだけでなく、特に1990年代から研究が増加したジェンダー、食、生態・環境、メディアを扱った。また、現代中国を解読するに欠かせないモビリティの問題として国外移動と国内移動を、さらには人類学と博物館の関係を扱った。これらのテーマの研究動向の大半はまだほとんど整理されていないため、中国民族誌学の到達点と課題を俯瞰する大きな成果となった。また、これらの研究のなかには、機能主義、構造主義、グローバリゼーション論、さらには存在論的転回と関連するものも少なくなく、中国民族誌学と人類学との関係についてもさらなる理解を深めることができた。最後の研究会では、これまでの発表と議論に基づいて各自がどのような成果を得たのかを1人約30分で報告し、本研究を全体的に振り返った。

2021年度

中国を対象として展開されてきた個別の研究テーマをとりあげ、議論する。新型コロナウィルス感染拡大の関係で昨年度に扱えなかったトピックも含め、今年度は、コミュニティ、芸能、医療、食、環境、芸術、ジェンダー、国内外移動、メディア、博物館などを扱う予定である。また、本年度は最終年度であるため、これまでの発表内容を総括し、中国社会を対象とする人類学的研究を現代人類学理論のなかでいかに位置づけなおすことができるのか総合的に討論する。現段階では、早期から着手されてきた国家‐社会関係論、歴史研究、存在論的視点、そして文明論などをとりあげ、中国の人類学的研究を再評価する予定でいる。さらに、これらの議論や再評価を通し、今後の成果公開に関する具体的な方針を立てる。

【館内研究員】 韓敏、奈良雅史
【館外研究員】 阿部朋恒、稲澤努、川口幸大、川瀬由高、小林宏至、櫻田涼子、田中孝枝、中生勝美、丹羽朋子、藤野陽平、堀江未央、
横田浩一、周星、清水拓野、伏木香織、磯部美里
研究会
2021年9月11日(土)10:00~18:00(ウェブ開催)
川瀬由高(江戸川大学)「中国民族誌学とコミュニティ論」(仮)
コメンテーター:塚原伸治(茨城大学)
清水拓野(関西国際大学)「中国戯劇の人類学的研究と中国戯劇人類学」(仮)
コメンテーター:西尾久美子(近畿大学)
磯部美里(国際ファッション専門職大学)「中国の医療人類学に関する研究動向――民族医学を中心に」(仮)
総合討論 今後の見通しなど
研究成果

今年度も新型コロナウィルスの感染拡大の影響により研究活動のうえで大きな制約を受けたが、オンラインで「芸能」と「医療」の動向に関する2つの研究発表をおこなうことができた。
清水拓野による「芸能」の発表は、中国戯劇(戯曲、話劇、歌劇、人形劇、影絵芝居など)に焦点を当てて、従来から存在した中国戯劇研究と近年の戯劇人類学も含む人類学的戯劇研究の関係について、概要を紹介した。本発表では、中国本土の研究状況にまず注目し、独自の展開をしてきた台湾、日本、欧米の研究動向とも対比して、今後の展望も含めた人類学的中国戯劇研究の全体像を浮き彫りにした。
磯部美里による「医療」の発表は、中国の医療人類学の歴史的過程や研究テーマを概観し、中国の民族医学の研究成果を紹介した。特に中国本土における医療人類学の論文数を検索し、2005年以降に医療人類学をテーマとする学術論文が増加、特に2014年以降急増した事実を、数値として示した。続いて内容に踏み込み、感染症・薬物関連、リプロダクション関連、医者‐患者関係、中国医学などをめぐる諸研究についての動向を示した。
中国民族誌学では、「芸能」や「医療」についての研究が増加しているにもかかわらず、その動向を整理したものがほとんどない。その意味で、この二つの発表は、この分野の研究を大きく進展させるものであった。

2020年度

中国を対象として展開されてきた個別の研究テーマをとりあげ、議論する。今年度は、親族、エスニシティ、宗教、風水、コミュニティ、観光など、相対的に研究の歴史が長く蓄積が多いテーマから着手していく。具体的には、まず、各テーマの担当者が、日本語・中国語・英語で蓄積された先行研究のレビューをし、どのような理論・視点・方法論が提示されてきたのかを口頭発表する。その後、研究地域や研究テーマが異なる研究者がコメントをし、各時代における人類学一般の理論との対比においていかなる理論・方法論上の意義もしくは新しさがあったかを議論する。特にポストモダン人類学や存在論人類学と類似する視点が中国研究でいつ頃からどのように提示されているのか、もしくは人類学一般ではあまりみられない「独自」の理論・方法をどのように再解釈するのかを、議論の焦点の一つとする。

【館内研究員】 韓敏、奈良雅史
【館外研究員】 阿部朋恒、稲澤努、川口幸大、川瀬由高、小林宏至、櫻田涼子、田中孝枝、中生勝美、丹羽朋子、藤野陽平、堀江未央、
横田浩一、周星、清水拓野、伏木香織、磯部美里、大石侑香
研究会
2020年10月31日(土)14:00~18:30(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ会議併用)
趣旨説明&新規自己紹介
稲澤努(尚絅学院大学)「中国の『民族』とエスニックグループをめぐる研究動向」
コメンテーター:大石侑香(神戸大学)
川口幸大(東北大学)「親族」
コメンテーター:松尾瑞穂(国立民族学博物館)
2020年11月1日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ会議併用)
奈良雅史(国立民族学博物館)「中国における宗教の人類学:成立宗教を中心とした研究動向」
コメンテーター:片岡樹(京都大学)
横田浩一(国立民族学博物館)「中国民俗宗教研究の動向」
コメンテーター:片岡樹(京都大学)
2020年12月12日(土)14:00~18:15(ウェブ会議)
周星(神奈川大学)「中国の文化遺産に関する人類学的研究」
コメンテーター:黄潔(愛知大学)
伏木香織(大正大学)「音楽人類学と民族音楽学」
2020年12月13日(日)10:00~15:30(ウェブ会議)
田中孝枝(多摩大学)「中国における観光の人類学の研究動向」
コメンテーター:山下晋司(東京大学名誉教授)
小林宏至(山口大学)「文化人類学と風水研究」
コメンテーター:中野麻衣子(東洋英和女学院大学)
総合討論
研究成果

2020年度は、中国を対象とする人類学的研究(以降、中国民族誌と表記)のうち、宗教、風水、観光、文化遺産、音楽という5つのトピックをとりあげ、その研究動向を示すとともに、それらの理論的意義について議論を展開した。5つのトピックのうち、宗教、風水、観光をめぐるレビューは、これまでも日本語、中国語または英語でなされている。ただし、発表担当者は、人類学理論一般との対話に焦点を当てることで、従来とは異なる角度からこれらの研究動向を再検討した。それに対して、文化遺産と音楽については、これまで断片的な紹介にとどまっており、全体像が描かれることが少なかった。したがって、この2トピックの研究動向の整理は、それ自体が新しさをもつものであった。これらのトピックの紹介と再検討を通して、中国民族誌学は早くから歴史や政治経済を視野に入れた研究を展開していたことを、改めて確認することができた。また、国・地域によって研究姿勢に若干の違いがみられ、一部は応用人類学的な思考を強くもっていることも、再確認した。さらには、風水研究の一部に存在論人類学の先駆けと思われる議論があるなど、中国民族誌学の理論的意義を新たに見出すことができた。

2019年度

本研究は、2年半の計画でおこなう。12のテーマを担当するのは、各々のテーマを専門とする人類学者であり、それぞれ次の2点に留意した研究発表をおこなう。第一に、各テーマにおける主要な議論・論争を軸とし、日本語・中国語・英語で刊行された文献の学説史をまとめること、第二に、その学説史を中国研究以外の関連文献と比較・検討し、各時代に応じた議論の意義と重要性を発見すること、である。後者はとりわけ1990年代以降の人類学の動向を意識し、複合社会研究としての中国研究でどのような理論・視点・方法論が提示されてきたのかを議論する。さらに、各々のテーマを個別化することなく全体的に捉えるため、中国の人類学的研究をめぐる通史、及び全てのテーマにかかわる総括の発表を入れる。これらを考慮して、研究会は毎回2日連続(実質的に年4回)の開催とし、以下のスケジュールで進める。

2019年度:[第1回]趣旨説明と全体の指針の提示(河合)、中国人類学の歩みと背景(中生)、都市・景観人類学(河合)。

【館内研究員】 韓敏、奈良雅史
【館外研究員】 阿部朋恒、稲澤努、川口幸大、川瀬由高、小林宏至、櫻田涼子、田中孝枝、中生勝美、丹羽朋子、藤野陽平、
堀江未央、横田浩一
研究会
2019年11月30日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
河合洋尚(国立民族学博物館)「趣旨説明」
参加者全員「共同研究員自己紹介・研究計画」
2019年12月1日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第1演習室)
中生勝美(桜美林大学)「中国の人類学展望――学史と現状から」
河合洋尚(国立民族学博物館)「中国都市の人類学――都市性と都市景観をめぐる研究動向」