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人類史における移動概念の再構築――「自由」と「不自由」の相克に注目して

研究期間:2019.10-2023.3

鈴木英明

キーワード

人類史、移動、自由/不自由

目的

本研究は、人類史における移動概念を、特に「自由」と「不自由」の相克に注目して再検討し、移動研究の新たな地平を築こうとするものである。人が移動する要因には、迫害や紛争、あるいは天災など生存に関わる現象からの「避難」、特定の集団や個人に対する「強制」、自由意志が先立つ「移住」などさまざまな位相がある。このなかで「強制」については、とりわけ移動者の不自由性や被害的側面、悲劇性ばかりが強調され、移動者は主体性のない存在として理解されてきた。これに対して、本研究では、「強制」に含まれる移動現象(たとえば、奴隷貿易、強制移住、契約労働、政治難民)を軸に、時間軸と空間軸との結節点が異なる事例を研究対象として取り上げ、それぞれの事例において、不自由と自由がどのように相克しているのかを検討し、事例間の比較を試みながら、人類史における移動概念について再検討する。具体的には、移動を生じさせた政治的、宗教的、経済的、あるいは文化的、自然環境的な要因を踏まえながら、他方で、移動する人や集団の立場から移動現象を捉えなおす。このようにマクロな視点とミクロな視点とを交錯させ、「自由」と「不自由」の相克に着目しながら、コンテクストの異なる多様な移動を比較・連関させることで、人類史における移動研究の新たな展開に資する概念の再構築を目指す。

研究成果

本共同研究は新型コロナウィルス感染症の蔓延のために、予定を延長し、足掛け3年半、計11回の研究会を実施した。各報告者には第1回目で自己紹介を兼ねた報告をお願いし、それが一巡したところで論点の確認を行い、第2回目では論点に沿った報告をお願いした。それぞれの専門分野や対象地域・時代が異なり、議論は多岐に亘ったが、以下のような共通の理解と課題を得た。すなわち、①移動を巡っては、そこには常に人間の意思や目的が付随している。もちろん、ある人間の移動に影響を及ぼす意志や目的は、移動する人間に帰属する場合ばかりではない。強制移住は多くの場合、移動する人間ではなく、別の誰かの意思や目的に沿った移動の一形態として理解される。とはいえ、ある移動の実現は――自発的とされる移動、そうではないとされる移動を問わず――、特定の誰かの意思や目的に貫かれたものではなく、多様な関係者の意思と目的のせめぎあい、それと同時に、移動が実行される空間の自然生態的環境にも大きく影響を受けている。言い換えれば、個々の移動はそれぞれが有する固有の文脈のなかで実現されるのである。そうであるとすれば、複雑なに絡まりあったその移動の空間とは、一体、何だろう。ある具体的な移動はどのような力学のなかで発生するのだろうか。このような問いが得られた。②ある移動とは、究極的には一回性の行為である。ある移動が実行されるならば、仮に移動を終えて出発点に戻ってきたとしても、出発点は移動前と全く同じ時空間のなかにはないし、移動者は移動を経て新たな経験と属性をまとっている。そうであるとすれば、移動は移動者とその周囲に何らかの新たな関係性をもたらす。そこから、ある具体的な移動は、どのような新たな関係性を導くのだろうか。その移動が、移動者の意思や目的に沿ったものであるとすれば、移動者は何を目指して移動し、それと移動の結果として生じた状況とのあいだにどのような乖離があるのだろうか。という問いも得られた。また、③移動者、あるいはそれを眼差す人々は移動という行為や移動者に様々な価値を見出していく。「自由」や「不自由」はその好例である。しかし、移動が移動する主体だけの行為によって完結せず、むしろ、多様な主体がかかわって形成される多面的なものだとすれば、そこでいう「自由」や「不自由」はある限られた角度から移動を照射しているに過ぎない。ゆえに、移動を/が作り出す関係性を意識しつつ、そこに付帯する「自由」や「不自由」を考察することは、それらを解体していく作業に他ならないという理解も得られた。

2022年度

本年度は昨年度に実施できなかった対面での研究会を2度、実施する。各自の進捗状況の確認しながら、本研究課題のテーマそのものに関する総合的な議論をさかね、それとともに、成果のとりまとめの指針を議論・共有していく。第1回目研究会では、代表者によってこれまでの議論を踏まえた、研究テーマ全体にかかわる報告を行い、これを土台にして、全体討論を重ねていく。この段階においては、対面で議論をすることが何よりも重要であると考える。したがって、対面(場合によってはオンライン併用)での実施を念頭に置く。

【館内研究員】 池谷和信、新免光比呂、寺村裕史、三島禎子
【館外研究員】 小林和夫、左地亮子、薩摩真介、杉本敦、園田節子、田中鉄也、馬場多聞、向正樹
研究会
2022年5月28日(土)14:00~17:30(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
鈴木英明(国立民族学博物館)「移動概念の再構築(仮)」
総合討論
薩摩真介(立命館大学)「「航行の自由」をめぐる対立としてのジェンキンズの耳戦争――スペイン沿岸警備隊によるイギリス商船拿捕問題の法思想史的・経済史的背景――(仮)」
2022年5月29日(日)13:00~19:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
池谷和信(国立民族学博物館)「ソマリランドにおける人やものの移動(仮)」
寺村裕史(国立民族学博物館)「出土遺物からみる人とモノの移動――カフィル・カラ遺跡出土の金製装飾品を中心に――(仮)」
馬場多聞(立命館大学)「アデン湾を渡るということ:14世紀のイエメンに至った人々の検討(仮)」
小林和夫(早稲田大学)「西アフリカにおける換金作物生産と労働者の移動――19世紀から20世紀前半まで(仮)」
杉本敦(岡山商科大学)「労働のイニシアチブと出稼ぎ移民―トランシルヴァニア村落民を例に(仮)」
総合討論
2023年1月28日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
新免光比呂「自由と移動を再考する―第三のキーワードを探して―」   
鈴木英明「奴隷交易廃絶活動と海の縄張り化(仮)」
総合討論
今後に関する打ち合わせ
研究成果

本年度は3度の研究会を実施した。2021年度第4回研究会から報告が2巡目に入り、共通・近接する論点ごとに報告を集め、事例間の比較・連関をより意識した議論を行った。研究会を重ねる中で成果出版についても議論し、最終回ではより踏み込んだ討論を行い、参加者間で問題意識が共有された。

2021年度

本年度は共同研究最終年度に当たるので、成果のまとめに向けて研究会を実施していく。7月から9月までのあいだに総括の研究会を開催し、成果のまとめに関する討論を実施する。そのうえで、前年度までに行った一巡目に各自が報告したテーマを発展させるための研究会を2回実施する。そのうえで、年度末には成果のまとめに関する具体的な内容の議論を含む、最終総括の研究会を実施する予定にしている。また、11月ないしは12月にはこれとは別に国外の研究者も交えた国際ワークショップをオンラインも用いながら、開催する予定である。

【館内研究員】 池谷和信、新免光比呂、寺村裕史、三島禎子
【館外研究員】 小林和夫、左地亮子、薩摩真介、杉本敦、園田節子、馬場多聞、向正樹、田中鉄也
研究会
2021年4月17日(土)13:30~17:30(ウェブ開催)
イントロダクション
寺村裕史(国立民族学博物館)「考古学(考古資料)は人の移動をどのように語れるのか?――ウズベキスタンでの発掘調査を事例に――」
向正樹(同志社大学)「東遷したアラブ・ペルシャ系舶主―宋代朝貢記事を横につないでみる―」
池谷和信(国立民族学博物館)コメント
総合討論
2021年5月22日(土)9:30~13:30(ウェブ開催)
イントロダクション
田中鉄也(中京大学)「移動と家産継承――19世紀のマールワーリー商人の北インド内陸交易を事例に」
新免光比呂(国立民族学博物館)「流浪か、抑圧か――ルーマニア知識人の移動からみた自由/不自由の意味」
小林和夫(早稲田大学)コメント
総合討論
2021年7月11日(日)9:30~13:30(ウェブ開催)
イントロダクション
薩摩真介(立命館大学)「移動と権力――『航海の自由』をめぐる抗争としてのジェンキンズの耳戦争」
園田節子(立命館大学)「前近代から近代への移行を考える――中国人移民労働者『華工』をめぐる諸課題」
左地亮子(東洋大学)コメント
総合討論
2022年1月30日(日)14:00~19:00(ウェブ開催)
イントロダクション
三島禎子(国立民族学博物館)「移動における個人の自由と集団の自由――ソニンケ商人の例から」
園田節子(立命館大学)「近代における”華工ディアスポラ”と社会階層」
向正樹(同志社大学)「宗教碑文からみた13・14世紀中国東南沿海部における寛容の文化 」
左地亮子(東洋大学)「ヨーロッパにおけるジプシー/ロマの移動とホーム――フランスのマヌーシュとルーマニアのロマ移民を事例に」
田中鉄也(中京大学)「移動が形作る自己認識を比較する――インドの移動商人マールワーリーを事例に」
総合討論
研究成果

本年度は、4回の研究会を実施した。2020年度に実施予定で、新型コロナウィルス蔓延によって延期せざるを得なかったミクロな観点からの事例の積み上げが第3回研究会までで一巡した。コメンテーターを設けることで、事例間の有効な比較・連関が行われた。ここまでの研究会の到達点を検討したうえで、第4回研究会からは共通・近接する論点ごとに報告を集め、事例間の比較・連関をより意識した議論が構築されつつある。より具体的には、ヒトの移動を作り出す要素、移動が作り出すヒトの要素、ヒトが他者の移動を管理する諸相に着目し、過去と現代との連関、事例間の比較・連関を念頭に置いた議論を重ねる中で、具体的な対象に焦点を定めつつ、より広い時空のなかに各事例が位置付けられてきている。

2020年度

本年度は、個別事例に関して参加者による報告と議論を行い、ミクロな視点から議論を構築していくことを第一の目標とする。また、第一回研究会では、各参加者の問題関心やアプローチなどに関してお互いに理解を深めることを目的に、合評会を開催する。また、それぞれの回では特定のテーマを設定し、関連する報告を並べることで、時間・空間軸を跨いだ比較・連関の作業を行いやすいようにする。また、適宜、各回を横断する検討の場を設けることによって、ミクロな事例で立ち往生することなく、マクロな視点での議論を並走させることを心掛ける。

【館内研究員】 池谷和信、新免光比呂、寺村裕史、三島禎子
【館外研究員】 小林和夫、左地亮子、薩摩真介、杉本敦、園田節子、田中鉄也、馬場多聞、向正樹
研究会
2020年11月28日(土)12:30~18:30(国立民族学博物館 第4セミナー室 ウェブ会議併用)
鈴木英明(国立民族学博物館)「アデン湾両岸地域の可能性」
馬場多聞(立命館大学)「14世紀のイエメンの東アフリカ出身者」
石川博樹(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)「エチオピアのオロモの移動:その歴史的意義と研究の困難さ」
池谷和信(国立民族学博物館)「ソマリランドにおける人の移動、ものの移動」
「先住民の宝」展見学
栗本英世(大阪大学)、三島禎子(国立民族学博物館)によるコメントと総合討論
2021年2月18日(木)9:30~13:00(ウェブ会議)
今後の進め方について
小林和夫(早稲田大学)「19世紀ガンビア川流域の落花生栽培と移民労働者」
三島禎子(国立民族学博物館)「移動する人の諸相――時間軸と空間軸の接点からみるソニンケ商人」
田中鉄也(人間文化研究機構)コメント
総合討論
2021年3月26 日(金)9:30~13:30(ウェブ会議)
イントロダクション
左地亮子(東洋大学)「ヨーロッパにおけるジプシー/ロマの移動-フランスのマヌーシュとルーマニア・ロマ移民を事例に」
杉本敦(国立民族学博物館)「トランシルヴァニアの小農経済―「豊か」になるための移動?」
新免光比呂(国立民族学博物館)コメント
総合討論
研究成果

本年度前半はコロナの状況を伺い、研究会の開催を延期したために開催実績はなかった。11月から3月までに3度の研究会を開催した。それぞれ、第1回研究会はアデン湾両岸地域、第2回はアフリカ大陸西部、第3回は東欧にそれぞれ焦点を当てた。このように地域別に研究会を組んだのは、本研究会が多様な専門分野の専門家から構成されており、まず、それぞれの慣れ親しんだ空間枠組みでそれぞれの考えていることを出し合い、そこから新たな展開を構想したかったためである。したがって、次年度前半もこのような地域別の構成で研究会を組んでいく。

2019年度

本研究会の参加者の専門分野は多岐に亘っているので、共同研究会では、一度にいくつもの発表を詰め込むのではなく、なるべく一回の研究会における報告数を絞り、事例の詳細な報告と議論とを重ねたい。具体的には、各研究会、時間軸、空間軸のバランスに留意しながら3人の報告者を置く。これに、コメンテーターを1人、配置し、報告を比較・連関の観点からつなげるコメントを行い、それを土台にして参加者で議論を行う。 2019年度は、11月ごろに第1回研究会を開催し、共同研究会のテーマの確認と参加者の個別のテーマの紹介とを行いながら、参加者によるテーマと全体像の共有を目標にする。また、1月ごろに第2回研究会を行う。ここでは参加者各自の専門分野における移動概念を確認し、その限界と可能性とについて全員で議論する。

【館内研究員】 池谷和信、新免光比呂、寺村裕史、三島禎子
【館外研究員】 小林和夫、左地亮子、薩摩真介、杉本敦、園田節子、田中鉄也、馬場多聞、向正樹
研究会
2019年12月7日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
鈴木英明(国立民族学博物館)開会のあいさつ
自己紹介(参加者全員)
鈴木英明(国立民族学博物館)「移動概念の現状と可能性」
総合討論
研究成果

本年度は、2019年12月7日に第一回研究会を行った。その場では、まず、研究代表者から趣旨説明を行い、続いて、ブレインストーミングとして参加者全員による自己紹介を行い、各自の問題関心を確認しあった。その後、再び研究代表者による「移動概念の現状と可能性」と題する報告が行われ、その後、質疑応答を経て、本研究会の問題関心を共有した。