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島世界における葬送の人類学――東南アジア・東アジア・オセアニアの時空間比較

研究期間:2019.10-2023.3

小野林太郎

キーワード

葬送、島嶼域、時空間比較

目的

アフリカ大陸で誕生した私たち現生人類=ホモ・サピエンスは、約5万年前頃までにはアジアやオセアニアの島嶼域への移住を開始した。一方、人類による葬送行為も私たちホモ・サピエンス以降に活発化し、発展してきたと考えられている。その萌芽的な痕跡はアフリカ大陸や西アジアで確認されているが、アジア・オセアニアへの島世界へと移住した人類集団も、その初期から墓葬や埋葬行為を行っていた痕跡が、各地で発見されつつある。本研究の目的の一つは、人類史的には大陸部で誕生したと考えらえる葬送行為や墓葬文化が、島世界という独特な環境への移住後、どのように変容し現在に至るのかという時間軸による検討を行うことにある。ついで二つ目の目的は、アジア~オセアニアの島嶼域を大きく東南アジア・台湾・日本の南西諸島・オセアニアという4つの地域に分けたうえで、その地域性を人類の島嶼適応や移住といったテーマを軸とする人類史的な視点から検討することにある。また時間軸による検討では、アジア・オセアニアにおける現生人類の歴史と重なる5万年程度の幅の長期的な考古学的時間軸と同時代を含む約100年程度の幅の民族誌的時間軸を比較の準拠枠とする。本研究では、考古学と文化人類学を軸に分野横断的な比較検討を行うことで、島世界の葬送や墓葬にみられる普遍性、歴史性、地域性を明らかにしたい。

研究成果

コロナによる影響もあり、当初の計画よりも1年延長したが、それにより当初の計画以上に充実した発表や議論を行うことができた。まず本研究の一つ目の目的であった、人類史的に大陸部で誕生したと考えらえる葬送行為や墓葬文化が、島世界という独特な環境への移住後、どのように変容し現在に至ったのかというテーマに関しては、東南アジアや日本列島に最初に移住・拡散したホモ・サピエンス集団による遺跡の検討事例からの検討を試みることができた。これら初期のサピエンスによる葬墓事例はまだかなり限られているが、琉球列島で発見されたような複葬的な風葬から一次葬まですでに多様なお墓のあり方が存在した可能性がある。しかし琉球列島のような離島域で、近現代の沖縄でもみられてきた風葬のような複葬がすでに実践されていた可能性があることは、島世界における特徴の一つとして指摘できる。
本研究ではこうした比較的古い更新世や旧石器時代の人類による葬墓の事例も扱ったが、先史時代を対象とした報告や議論の多くを占めたのは、日本列島においては縄文時代以降、東南アジアやオセアニアの島世界においては新石器時代や金属器時代における事例となった。地球規模での時間軸において、これらの時代は総じて完新世期とよばれ、現代も含めて最終氷期以降の比較的暖かい時代に相当する。この完新世期に人類は農耕や家畜飼育といった新たな生業を大いに発展させ、その結果として人口の激増にも成功しつつ現在に至る。農耕の発展は定住化や人口増加による墓域の拡大などが想定されるが、こうした変化にともない、人類の葬墓制も地域性や時代性を伴いつつかなり多様化したことを確認することができた。民族誌事例に基づく検討からは、お墓の多様性だけでなく、人びとの死生観や葬送のあり方にもかなりの多様性がみられることを確認した。
とくに二つ目の目的となる東南アジア・台湾・日本の南西諸島・オセアニアという4つの地域に分けた上での地域性の比較では、各地域による多様性は存在しつつも、頭蓋骨を重要視する地域が比較的多い点や、崖や洞窟を民族誌時代においても重要な墓域として利用してきた傾向、伸展葬など一次葬として埋葬する事例が必ずある一方、風葬のような二次葬や合葬によるお墓が比較的近年まで残っているという傾向を確認できたことは、改めて本研究の成果の一つであろう。

2022年度

本年度は計3回の研究会開催を計画している(うち1回はオンライン開催)。地域的には(1)日本列島、(2)東南アジア島嶼部、(3)中国を中心とした大陸部の事例をテーマとした研究会を前半に2回開催する方向で計画中である。日本列島や大陸部における事例においては、縄文・弥生時代やそれ以降の時代における葬送や墓葬文化に詳しい専門家を特別講師として招き、発表してもらう計画である。
また後半には本研究で対象としている地域のうち、より議論が必要と認識された地域の事例をさらに検討するほか、地域横断的な比較の議論を発展させ、本共同研究の最終的な成果について整理する。

【館内研究員】 池谷和信、丹羽典生、野林厚志
【館外研究員】 秋道智彌、印東道子、片岡修、片桐千亜紀、後藤明、新里貴之、鈴木朋美、角南聡一郎、竹中正巳、田中和彦、前田一舟、山下晋司
研究会
2022年5月8日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ開催併用)
小野林太郎(国立民族学博物館)「今回のテーマと今後の予定について」
青野友哉(東北芸術工科大学)「縄文時代の日本列島における葬墓制」(仮題)
辻尾榮市(地域歴史民俗考古研究所)「東アジアの船棺葬とその起源」(仮題)
田中和彦(鶴見大学)「東南アジア・フィリピン諸島の金属器時代における葬墓制」(仮題)
企画展「焼畑」の見学
総合討論
2023年2月8日(水)18:00~19:30(ウェブ開催)
小野林太郎(国立民族学博物館)「共同研究の成果と刊行に関する検討」
片桐千亜紀(沖縄県立埋蔵文化財センター)、小野林太郎(国立民族学博物館)「スンバのドルメンとバリ島の風葬」
研究成果

今年度における研究成果としては、まず2022年5月8日にハイブリッド形式で開催した1回目の研究会では、本共同研究の組織メンバーだけでは検討が難しかった日本の縄文時代における葬墓制や、東アジア全域という視点に立った際の大陸部における葬墓制の事例について、特別講師による報告を踏まえて総合的に論じることができた。そのほかに本共同研究の組織メンバーでありつつ、未発表であった田中和彦がフィリピン諸島の金属器時代における葬墓制を中心に、自身が発掘された遺跡の事例も踏まえつつ報告され、活発な議論を行うことができた。またオンサイトで参加したメンバーは、組織メンバーの一人である池谷和信が手掛けた企画展「焼畑」を見学した。ついで2023年2月8日にオンラインで開催した2回目の研究会では、メンバーの片桐千亜紀、と小野林太郎がインドネシアで観察できた風葬事例やドルメン墓の事例を報告し、考古学的議論を民族誌から補強する形で総合的に論じることができたほか、来年度に刊行を計画している成果本の詳細や今後の予定について論じることができた。

2021年度

最終年度となる2021年度では、未発表のメンバーによる研究会での発表や比較の視点から数名の特別講師による発表を計画している。地域的にはまだ詳細な検討が行われていない台湾の事例のほか、より重層的な検討が求められる東南アジア島嶼部やオセアニアの事例検討が軸となる。研究会はコロナの影響で対面式にて実施できなかった昨年度の研究会1回分を含め、計4回の実施をハイブリット形式にて計画している。またとくに後半に予定している研究会では、これまでの議論をさらに発展させ、島世界における葬送・墓葬にみられる普遍性と地域性を検討し、歴史性についても考察を進める。そのほか最終年度となることから、各メンバーによる事例研究の整理や原稿化も進める。これらに編集を加え、まとめたものを本研究の成果として、研究終了後に共著本として公表する計画であり、その出版計画についても進める。

【館内研究員】 池谷和信、丹羽典生、野林厚志
【館外研究員】 秋道智彌、印東道子、片岡修、片桐千亜紀、後藤明、新里貴之、鈴木朋美、角南聡一郎、竹中正巳、田中和彦、前田一舟、山下晋司
研究会
2021年7月18日(日)13:00~16:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
小野林太郎(国立民族学博物館)「インドネシア・トラジャと沖縄の葬送について」
山下晋司(東京大学)「トラジャのリアン(崖葬墓)──1976-1978調査日記から」
前田一舟(うるま市立海の文化資料館)「琉球の複葬とお墓-洗骨儀礼を中心に」
吉田佳世(追手門学院大学)「沖縄本島北部X地区の墓の変遷と女性の帰属」
総合討論
2021年11月21日(日)14:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
小野林太郎(国立民族学博物館)今回のテーマに関する説明
片岡修(上智大学 アジア人材養成研究センター)「マリアナ諸島における先史時代の葬墓制」
竹中正巳(鹿児島女子短期大学)「出土人骨に基づくグアム島Haputo遺跡の埋葬復元」
総合討論
出版計画に関する検討会(参加可能な方のみ)
2022年1月30日(日)13:30~17:00(ウェブ開催)
小野林太郎(国立民族学博物館)「今回のテーマと今後の予定について」
角南聡一郎(神奈川大学)「台湾における墓制の諸相」
野林厚志(国立民族学博物館)「台湾原住民族の葬制と社会組織」
総合討論
研究成果

今年度は計3回の共同研究会をハイブリッド形式で実施することができた。このうち2021年7月に開催した第6回研究会では、インドネシア・トラジャと沖縄の葬送についてをテーマに主に民族誌的時間軸を対象としたアジアの島世界における比較検討を行うことができた。2021年11月に開催した第7回研究会では地域枠としてオセアニアにターゲットを絞り、マリアナ諸島での発掘調査に基づく中世期以降の埋葬事例に関する発表を軸に、ミクロネシアやオセアニアにおける先史時代の葬送や葬墓制について活発な議論を行った。さらに2022年1月に開催した第8回研究会では東アジアの海域世界の中でも台湾に注目し、考古学的時間軸と民族誌的時間軸の両方からの総合的な検討を行うことができた。これらの研究会により、今年度も対象としてきた東南アジア、東アジア、オセアニアにまたがる島世界の葬送や葬墓制について、先史時代まで遡る考古学的な時間軸と現代から100年前頃までの民族誌的な時間軸における時間的変化や、各地域の特徴を確認することができた。特に台湾やオセアニアでは、考古事例も含めて土中への埋葬が主流であるのに対し、東南アジアや琉球列島では土葬に加え、風葬を含む複葬も活発であり、より多様な葬送・葬墓制を示す点である。この認識をさらに検討すべく、次年度では日本列島も含めた事例を加え、より多角的な検討を加える予定である。

2020年度

本年度は計3回の研究会開催を計画している。地域的には(1)日本の南西諸島と(2)台湾を対象とした研究会を5月に開催する方向で計画中である。また9月には(3)東南アジアと(4)オセアニアの事例を軸とした2回目の研究会を開催する計画である。3回目の研究会では、本研究で対象としている地域のうち、より議論が必要と認識された地域の事例をさらに検討するほか、地域横断的な比較の議論を発展させる予定である。また2回目の研究会では、東南アジア、オセアニア地域における民族誌時代の葬送儀礼に詳しい専門家を特別講師として招き、発表してもらう計画である。

【館内研究員】 池谷和信、野林厚志、丹羽典生
【館外研究員】 秋道智彌、印東道子、片岡修、片桐千亜紀、後藤明、新里貴之、鈴木朋美、角南総一郎、竹中正巳、田中和彦、前田一舟
研究会
2020年8月1日(土)13:20~18:00(第3セミナー室 ウェブ会議併用)
小野林太郎(国立民族学博物館)「第三回研究会の趣旨説明と目的の紹介」
竹中正巳(鹿児島女子短期大学)「古人骨からみた南九州・奄美群島地域の地域の再葬」
新里貴之(鹿児島大学埋蔵文化財調査センター)「琉球列島先史時代の葬墓制」
小野林太郎・片桐千亜紀(沖縄県立埋蔵文化財センター)「ウォーレシアにおける初期金属器時代の再葬:比較の視点から」
総合討論
2020年11月28日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第7セミナー室[予定] ウェブ会議併用)
小野林太郎(国立民族学博物館)「第4回研究会の趣旨説明と目的の紹介」
印東道子(国立民族学博物館)「ミクロネシア・ファイス島の埋葬遺跡と葬法の特徴」
丹羽典生(国立民族学博物館)「民族誌的資料からみるフィジーの葬儀の変化」
後藤明(南山大学)「東南アジア・オセアニアの埋葬法と他界観:民族誌テキスト分析の新手法に触れて」
秋道智彌(総合地球環境学研究所)「海民の葬制――民族誌ノート」(コメンテーター)
総合討論
2021年3月6日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第7セミナー室 ウェブ会議併用)
前田一舟(うるま市立海の文化資料館)「琉球における横穴の墓について」
竹中正巳(鹿児島女子短期大学)「南九州における横穴の墓について」
片桐千亜紀(沖縄県立埋蔵文化財センター)「崖葬墓文化に関する考察」
小野林太郎(国立民族学博物館)「東インドネシアの複葬-民族考古学的視点から」
池谷和信(国立民族学博物館)「狩猟採集民による葬送とは――人類史的アプローチ」
討論――葬送の多様性・地域性と島世界との関係性
研究成果

今年度はコロナの影響を受け、完全に対面式での共同研究を開催できなかったが、オンライン上のウェブ会議を含めたハイブリッド形式にて計4回の共同研究を開催することができた。15名のメンバーのうち、実に10名が最低1回は発表を行うことができ、地域的にも琉球・南西列島、東南アジア島嶼部、オセアニアの全地域に関する事例報告がなされ、活発な議論を展開できた。時間軸においても、考古学データに基づく先史時代の事例から、民族誌データに基づく近現代の事例まで広く検討を行った。これらの結果、島世界における葬送の一つの特徴として、二次葬や三次葬といった複葬がかなり広範囲に行われる傾向があることが明らかとなってきた。琉球列島で現代においても知られる風葬や、先史時代から近世期まで行われてきた崖葬墓などはまさにその一例と認識できる。同じく風葬や崖葬墓は、インドネシア東部やフィリピン諸島でも先史時代から近世期にかけて散見され、とくに離島域では主流となる傾向が確認された。一方、オセアニアでは水葬などやや異なる葬送も一般的だった可能性があり、こうした地域差の追究は次年度の共同研究でさらに検討を計画している。

2019年度

2019年度には、まず本研究の趣旨と基本的な比較の枠組み、ならびに四つの島嶼域を対象とした研究の現状や概容の確認を目的とする研究会を2回おこなう。研究会は、考古学的な時間軸と民族誌的な時間軸の二つの時間軸で対象地域を時空間比較ができるよう、下の表に整理した項目にそって組織する。このうち空間面での比較では、東南アジア、オセアニア、台湾、琉球・南西諸島を枠組みとする。

時間軸 / 地域

東南アジア

オセアニア

台湾

琉球・南西諸島

先史・歴史時代

小野・田中・鈴木

印東・片岡

野林

片桐・竹中・新里

民族誌時代

秋道・後藤

丹羽・後藤・秋道

角南

前田

各メンバーは、表の位置づけに従い、各担当地域の葬送・墓葬に関する研究・事例報告、ないしは問題提起を行い、参加者からコメントを受ける。2019年度は、代表者による全体的な趣旨、目的に関する発表後、対象とする4つの空間的枠組みのうち、東南アジアと琉球・南西諸島のセットで1回、台湾とオセアニアのセットで1回、メンバーによる発表とそれを踏まえた全体での討論を計画している。

【館内研究員】 池谷和信、野林厚志、丹羽典生
【館外研究員】 秋道智彌、印東道子、片岡修、片桐千亜紀、後藤明、新里貴之、鈴木朋美、角南総一郎、竹中正巳、田中和彦、前田一舟
研究会
2019年11月12日(火)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
小野林太郎(国立民族学博物館)「共同研究の趣旨説明と目的の紹介――島世界における葬送の人類史」
片桐千亜紀(沖縄県立埋蔵文化財センター)「琉球列島における崖葬墓と島世界における人類史」
メンバーによる展示見学
前田一舟(うるま市立海の文化資料館)「近世以降における琉球列島の葬墓と葬送」
ディスカッション・今後の計画についての検討
2020年2月8日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
小野林太郎「第二回研究会の趣旨説明と目的の紹介」
鈴木朋美「ベトナムの二次埋葬と甕棺埋葬」
片桐千亜紀「インドネシア・トラジャ族による風葬・崖葬墓」
総合討論
研究成果

初度に開催した研究会(1回)では、まず、人類学、芸術学、考古学の3分野における、本研究テーマに関わる先行研究とキーワードの確認と議論を行った。その結果、主に3点について明確にすることができた。1)「感覚」については、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚という五感だけではなく、それらが複数あわさった多感覚的経験をも視野に入れる。また、個々の感覚と、社会的に共有されたものの差異にも注目する。2)「制度」については、アートワールドというグローバルな制度に加え、法や規範、政治や経済、教育などの諸制度や、各フィールドでの制度化された慣習や暗黙の了解なども含め、広義に捉える。3)「美」については、「美しいか」と「喚起されるか/魅惑されるか」を相互に置き換えて考察することで、美をめぐる制度的領域と感性的領域の結びつきを検証していく。 このように、次年度から個人発表を進めていくにあたっての重要な概念と理論について議論することができた。