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モビリティと物質性の人類学

研究期間:2019.10-2023.3

古川不可知

キーワード

身体、インフラストラクチャー、マテリアリティ

目的

グローバル化の進展にともなって、人々の移動はますますその規模と多様性を増している。本研究の目的は、生業活動から観光まで、現代世界の人々が地球上を移動してゆく様々なあり方について知見を集積するとともに、人間の移動には不可避的に伴う物質的な側面を特に焦点化しながら比較分析することである。本研究ではまず、人々の移動を共通項として研究を続けているメンバーの事例をもとに、a.身体、b.インフラストラクチャー、c.マテリアリティを鍵概念としてそれぞれの移動に固有の物質的側面を検討する。そのうえで事例間の共通性と差異を、①地域(アジア、ヨーロッパ等)、②移動背景(難民、観光等)、および③移動手段(徒歩、自動車等)の三つを軸に比較分析する。本研究では人々の移動を、人とモノと環境がその都度の状況に応じて個別的な関係を取り結ぶ実践として捉え、上記の作業を通じてそこに内在する様々な物質性(matelialities)の諸相を明らかにしてゆく。

研究成果

本共同研究では合計13回の研究会を開催し、モビリティと物質性をめぐる世界各地の事例を報告した。そして移動することに伴うさまざまな身体的実践と、それを媒介するインフラや環境の異なったありかた、および移動が持つ文化ごとの意味合いなどについて比較検討をおこなった。各報告からは、例えば「近代化」に伴う移動実践の変化と連続性、インフラストラクチャーに内包された時間性、反転する自然とインフラ、移動技術や素材と環境認識の相互変容、移動主体にのみ付与されるのではないもつれあったエージェンシー、あるいはそもそも何が移動とみなされているのかなど、複数の興味深い論点が提示された。人間を中心に世界を捉えてきたことが環境危機をはじめとする喫緊の課題の要因として指摘される現在、物質性という観点から移動を考察することによって、さまざまなモノや環境との関わりのなかで相互に影響を及ぼしながら移動し、移動させられてゆく人間のあり方を捉えることを可能としたことは、大きな成果であると考えている。
研究期間が新型コロナウイルスの流行とぴったり重なってしまったため、予定していた民族誌的データの収集は十分に達成できなかったものの、移動することの意味が根本的に変化してゆく様子を間近に眺めながら移動について考察できたことは、図らずも本共同研究が備えていたアクチュアルな意義を再確認することともなった。
また本共同研究ではこれまで、クロアチアで開催されたIUAES 2020のパネルおよび日本文化人類学会第55回研究大会の分科会を組織して成果を発信し、国内外の研究者との意見交換をおこなってきた。現在は集大成となる成果論集を刊行するために準備を進めているところである。

2022年度

延長期間となる本年度は、新型コロナウイルスの影響により実施できなかった研究会および調査を補完するとともに、成果論集の執筆を進める。年度の初めにメンバー全員がそれぞれの章の構想を発表して相互に内容を検討し、年度末には完成した草稿を突き合わせて再び議論をおこなう予定である。この間、数度のオンライン研究会を開催して、コロナ後のフィールド調査で得られた新知見に基づく研究発表をおこなうほか、進捗状況の共有や成果論集のキーとなる文献の検討会などを実施する。

【館内研究員】 八木百合子
【館外研究員】 左地亮子、高木仁、寺尾萌、土井清美、中野歩美、中野真備、難波美芸、西尾善太、萩原卓也、橋爪太作、片雪蘭、村橋勲
研究会
2022年4月16日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
全員 成果論集の全体構想の検討
全員 成果論集の各章構想の発表と検討
2022年10月22日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ開催併用)
全員 成果論集の各章草稿の共有と検討
2022年10月23日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ開催併用)
全員 成果論集の各章草稿の共有と検討
研究成果

延長を経た最終年度となる2022年度は二度の研究会を開催し、成果論集の各章草稿を持ち寄って読み合わせをおこなった。また新型コロナウイルスの影響により実施できていなかったフィールドワークを再開し、各メンバーが得た新知見を共有した。論集の全体構成を検討する過程では、研究会当初の想定のようにそれぞれの事例に特徴的な側面を強調しつつグループごとに配置するだけでは不十分であり、移動という動的な事象を十全に表現できる記述と構成のスタイルを工夫する必要があるとの課題もあがった。このような最終局面で現れた課題も踏まえつつ、鋭意刊行作業を進めているところである。

2021年度

最終年度となる本年は、新型コロナウィルスの影響により十分に進捗できなかった前年度の研究計画をリカバーするとともに、成果公開に向けた取りまとめをおこなう予定である。年度の前半は3回の研究会を開催してメンバーによる個別事例の発表をおこなう。また特別講師を招聘してモビリティをはじめとする諸概念についての理解を深め、日本における人類学的モビリティ研究という本共同研究の視座とその意義をより明確化することを目指す。後半ではこれまでの議論を総括しつつ、数回にわたって各メンバーの原稿執筆案の検討会を開催し、成果出版への道筋をつける。

【館内研究員】 八木百合子
【館外研究員】 左地亮子、高木仁、土井清美、中野歩美、難波美芸、西尾善太、橋爪太作、片雪蘭、村橋勲、中野真備、寺尾萌、萩原卓也
研究会
2021年5月22日(土)13:00~15:30(ウェブ開催)
西尾善太(京都大学)「激流のなかでアンカーを打つこと――ジープニーを通したフィリピン社会論」
「全体討論と今後の進め方について」
2021年7月4日(日)13:30~16:30(ウェブ開催)
土井清美(中央学院大学)「枠・誘惑・退屈――スペイン・サンティアゴ徒歩巡礼における叙述語的世界」
2021年9月25日(土)13:30~15:30(ウェブ開催)
橋爪太作(早稲田大学)「故地へ帰る道路――メラネシアから移動とインフラストラクチャーを考える」
2021年11月27日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
寺尾萌(東京都立大学)「移動の中でゆらぐ社会とその痕跡:モンゴル西部牧畜地域の日常生活におけるモビリティーマテリアリティ」
中谷和人(京都先端科学大学)「強度の旅を描くことーードローイング制作におけるリズム、記憶、創造」
成果刊行に向けた打ち合わせ
2022年2月5日(土)13:30~18:30(ウェブ開催)
全員:成果論集「序論」についての討議
全員:来年度計画の策定
研究成果

本年度は一度の対面開催を含む5回の研究会を開催し、4名のメンバーによる研究発表および成果論集の序論についての討議をおこなった。とりわけ本年はインフラや身体を中心に議論が進められ、何が移動をもたらすのか、また移動によって何がもたらされるのかについて、多地域の事例から比較検討をおこなった。さらにお招きした特別講師の中谷氏には、移動と動かないことの関わりをめぐって理論的側面と具体的な事例の両面から貴重な示唆をいただいた。また日本文化人類学会の第55回研究大会(オンライン)では同名の分科会「モビリティと物質性の人類学」を組織してメンバー5名が発表し、研究会の議論を外部に開くとともに、コメンテーターや会場との質疑を通して議論を深化させた。依然としてオンライン開催主体となり、現地調査にも赴けない状態が続いているものの、本年度の作業によってよりよき成果刊行への道筋がつけられたものと考えている。

2020年度

本年度は4回の研究会開催を予定している。今年は昨年度の議論を踏まえつつ本共同研究の可能性を拡張することに重点を置き、各回3~4名のメンバーが各地の事例に基づいて研究発表をおこなう。具体的には移動の直接的な物質的側面にとどまらず、移動とインフラが備える時間性、人の移動とモノの移動とが相互に影響する様相、技術の導入が移動パターンや乗り物の素材に及ぼす影響などを広く検討する。また特別講師として、生態心理学の専門家およびハンディキャップを持つ方を講師として招聘し、移動をめぐる視点を多角化する予定である。

【館内研究員】 八木百合子
【館外研究員】 左地亮子、高木仁、土井清美、中野歩美、那木加甫、難波美芸、西尾善太、橋爪太作、片雪蘭、村橋勲、中野真備、寺尾萌、萩原卓也
研究会
2020年7月18日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3セミナー室 ウェブ会議併用)
片雪蘭(関西学院大学)「北インド・ダラムサラにおけるチベット難民の移動/滞留と物質性」
中野真備(京都大学)「インドネシア・バンガイ諸島におけるサマ/バジャウの海と道」
「全体討論と今後の進め方について」
2020年10月31日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室 ウェブ会議併用)
左地亮子(東洋大学)「「ジプシー巡礼祭」における身体・モビリティ・マテリアリティ– -ストーリーを横切る「空間の偶然性」に着目して」
萩原卓也(京都大学)「走るたびに感じる身体の居場所――ケニアにおける自転車競技選手の浮遊と沈殿」
「全体討論と今後の進め方について」
2021年1月23日(土)13:30~16:00(ウェブ会議)
中野歩美(関西学院大学)「地続きの移動/定住―北西インドの移動民における野営の技術と物質性―」
「全体討論と今後の進め方について」
研究成果

本年度は3回の研究会を開催し、5名のメンバーが発表をおこなった。上記の研究実施状況に示した事例を基に議論を重ね、世界各地の多様な移動実践について知見を深めた。さらに複数の事例を比較検討することを通して、いわゆるグローバル化に伴った移動様式の類似する変化や、移動を媒介するモノに応じた環境認識の差異、移動と住まうことの連続性といった、研究会全体に通底する複数のトピックも見出すことができた。さらに移動と滞留という区分自体がそもそも分析的な仮定に過ぎないのではといった、研究会の立脚点を再考し、深化させるような問いも提示された。また2021年3月にクロアチア(オンライン)で開催されたIUAES 2020ではMobilities and Materialitiesというパネルを組織し、関心を共有する海外の研究者と意見交換をおこなった。新型コロナウイルスの影響により、当初目標としていた発表回数は達成できず、外部講師の招聘も実現されない結果とはなったが、最終年度につながる成果は得られたものと考えている。

2019年度

初年度(2019)は2回の研究会を開催する。初回は代表者による趣旨説明ののち、メンバー全員が5分程度の発表をおこなって事例と問題意識を共有し、共同研究全体と個別調査の方針を検討する。第2回にはメンバー4名がそれぞれ1時間程度の研究発表を実施し、討議をおこなって議論を深める。発表者のあいだには、地域・移動背景・移動手段の三つの比較軸に共通点と差異がともに含まれるように構成し、移動という現象の多様性を浮き彫りにすることを目指す。

【館内研究員】 八木百合子
【館外研究員】 左地亮子、高木仁、土井清美、中野歩美、那木加甫、難波美芸、西尾善太、橋爪太作、片雪蘭、村橋勲
研究会
2019年11月2日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
古川不可知(国立民族学博物館)「趣旨説明と研究動向紹介」
全員「研究テーマの共有」
難波美芸(一橋大学)「インフラで考える巡る時間と流れる時間――ラオス北部ルアンナムタ県の流れ橋と鉄道建設」
全体討論および今後の進め方について
2020年2月1日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
村橋勲(京都大学)「国境地帯のモビリティーズ ――南スーダン-ウガンダ間の紛争と交易(仮)」
高木仁(国立民族学博物館)「東ニカラグア・低湿地インディアンのモビリティーに関わる物質文化」
総合討論および次年度の研究計画について
研究会

初年度となる本年は、共同研究の趣旨を共有したうえで今後のおおまかな方針を策定した。またメンバーがそれぞれの調査地から移動と物質性をめぐる事例を提示して討議をおこなった。具体的には、第1回にラオスの移動インフラ(難波)を、第2回には南スーダン-ウガンダ国境をまたいでおこなわれる難民の経済活動(村橋)とニカラグアの漁労民の水上移動(高木)を取り上げ、それらの移動を可能とする物質的基盤や、移動パターンが成立・変化した歴史文化的背景、環境条件に応じた移動媒体の素材の差異とその変移などを比較検討した。またインフラの季節性/時間性など、二年目の検討課題とすべきいくつかの新たなトピックを抽出することができた。