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オセアニア・東南アジア島嶼部における他者接触の歴史記憶と感情に関する人類学的研究

研究期間:2018.10-2023.3

風間計博

キーワード

記憶、感情、史実性

目的

本研究の目的は、虚実入り混じる電子情報が飛び交う現代世界において、他者接触に関する歴史経験の記憶がいかに「史実性」を獲得するのか、想起の場や感情と関連づけて追究することである。
近現代のオセアニアおよび東南アジア島嶼部では、欧米諸国や日本による植民地統治や第二次世界大戦を経て、多くの新興国が独立した。今日に至る歴史動態のなかで、当該地域の人々は、移動して多様な他者と遭遇し、軋轢や戦争に巻き込まれ、また他者との平和的協働を経験してきた。このような他者接触の歴史記憶を焦点化するにあたり、便宜上、1)国民やエスニック集団を統合する公的な集合的記憶、2)個々人の日常生活に根差したヴァナキュラーな記憶の二極を措定しておく。
そして、第一に、2つの歴史記憶の相互関係を見据えながら、人々が感情を伴っていかに集合的記憶および個別経験の記憶を生成、継承し、あるいは忘却していくのかを考察する。さらに、遺物や文書、語りを通して想起された歴史記憶は、静態的な情報に留まることなく、人々の感情を揺さぶり、ときに過激な行動を引き起こす潜在力を有する。そこで第二に、今を生きる人々の歴史記憶が立ち現れる場を射程に入れ、想起が内包する感情および身体的な特性の把握を目指したい。

研究成果

本研究の成果は、以下の3つの論題に集約される。1)戦争・紛争の記憶と国家の関係、2)移動と定着の記憶、3)他者接触と多様な記憶媒体、である。1)では、記憶論の主流といいうる、戦争経験や戦死者に関わる遺物の喚起する感情や多義的な語り、国家による記憶の暴力的な抑圧と強制について検討した。2)では、植民地期から現在に至る移住を取り巻く諸事象をとりあげ、異郷の地における移民の経験と感情、先住者との複層的な関係に関する議論を展開した。3)では、東南アジア島嶼部との顕著な差異といえる、オセアニア島嶼部におけるヨーロッパ人との初期接触の歴史記憶について論じた。オセアニアでは在地住民による文字記録は残されておらず、口碑の系譜知識や神話、紋様といった多様な記憶媒体によって継承されてきた。
本研究を概観すれば、戦争の遺物や遺骨、石碑といったモノ、残された写真、語りや歌謡、身体に刻まれた文様やふるまい等、多様な形態による歴史記憶が、人々を駆動させ感情を喚起させることが示された。苦難の戦争体験により引き起こされる憑依現象は、苛烈な記憶が生者のみならず、死者をも賦活する好例である。一方、国家的意思が博物館展示を通じて集合的記憶を民衆に植え付けるように働きかけ、ヴァナキュラーな記憶を抑圧する事例もみられる。また、人類の普遍的事象というべき移住経験や他者接触に関する記憶は、状況に応じて親族集団を結び付ける想起を促す。あるいは、集合的な不安や茫漠とした未来像といった、個別の文脈において異なる相貌を呈することもある。
実証的に史実と認めることが困難な歴史記憶であっても、多様な媒体を通じて継承され、「史実性」を帯びる潜在力を有する。そして、歴史記憶の内包する「史実性」は、行為遂行的に繰り返し現前し、それを取り巻く人々に強く働きかけ、過去・現在・未来、生者/死者とモノを取り結び、さらに諸関係を活性化する力能を発揮することが、本研究の事例を考察することによって明らかにされた。

2022年度

民博において研究会を2回(7月、12月)開催する。コロナ禍による延長年度のため、オセアニア・東南アジア島嶼部における移民マイノリティの経験と記憶、太平洋戦争の歴史記憶と語りに関する人類学的な成果論集の完成に向けた検討を目的とする。共同研究会メンバーの執筆した他者接触の記憶に関わる論文内容を発表し総合的に討論することにより、事例分析や理論的な精緻化を目指す。第1回研究会では特別講師を招聘して、太平洋戦争に関わる感情と記憶の事例研究を発表してもらう予定である。

【館内研究員】 丹羽典生
【館外研究員】 金子正徳、河野正治、北村毅、桑原牧子、小杉世、長坂格、西村一之、比嘉夏子、深川宏樹 、深田淳太郎、藤井真一、森亜紀子、山口裕子、吉田匡興
研究会
2022年7月30日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室 ウェブ開催併用)
黒田賢治(国立民族学博物館)「戦没者について語りえること――イランにおける記憶の忘却と創造」
深田淳太郎(三重大学)「黒田先生発表へのコメント」
質疑応答
石井美保(京都大学)「魂ふりの民俗誌にむけて――沖縄戦の中の大叔父」
北村毅(大阪大学)「石井先生発表へのコメント」
質疑応答
総括
2023年1月7日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
論集執筆者:成果論集執筆論文の内容の発表 第Ⅰ部
論集執筆者:成果論集執筆論文の内容の発表 第Ⅱ部
総合討論および刊行に向けた打合せ
研究成果

コロナ禍による延長期間である最終の本年度は、民博における対面とリモートを組み合わせたハイブリッド研究会を2回開催した。第1回研究会では、特別講師を2名招聘して、イランイラク戦争の戦没者に関する語りの収集、および沖縄戦の日本軍将校と遺族の戦争経験を題材とした発表が行われた。総合討論において、戦争に否応なく巻き込まれた死者に関する語りのもつ可能性と限界、経年による不可避の忘却、遺族や関係者の追悼と哀惜、集合的記憶とヴァナキュラーな記憶の関係といった本研究会の主題に関わる議論を深めることができた。
締め括りの第2回研究会では、事前に執筆した論文草稿に基づき、研究会メンバーおよびゲスト発表者が論文内容の要約を口頭発表したうえで、相互に論評して各自の考察を深めた。後日、執筆者各自は原稿を吟味して推敲し、修正稿を完成させた。最終的に、再提出された原稿を代表者がとりまとめ、論集刊行に向けて研究出版委員会に提出した。

2021年度

民博において研究会を4回(6月~7月、10月~12月)開催する。主に共同研究会メンバーが、他者接触の記憶に関わる多様な事例研究を発表し、総合的に討論する。本年度は、沖縄やオセアニアにおける太平洋戦争の歴史記憶と語り、東南アジア島嶼部における移民経験やナショナルな集合的記憶等に関する研究発表を予定している。なお、可能ならば特別講師を招聘し、私的な歴史記憶の継承と揺らぎ、ナショナリズムや記念碑に関する研究を発表してもらう。開始から3年度目であるため、多様な事例研究を題材にした討議を行うことを通じ、個々の研究に通低する概念を見出して精緻化したうえで、理論的考察に向けた道筋を明確化することを目標に据える。

【館内研究員】 丹羽典生
【館外研究員】 金子正徳、河野正治、北村毅、桑原牧子、小杉世、長坂格、西村一之、比嘉夏子、深川宏樹 、藤井真一、森亜紀子、山口裕子、吉田匡興、深田淳太郎
研究会
2021年6月12日(土)13:30~19:00(ウェブ開催)
桑原牧子(金城学院大学)「皮膚から紙へ刻み移す――ビーチコーマーと民族学者によるマルケサスのイレズミの記憶」
質疑応答
比嘉夏子(北陸先端科学技術大学院大学)「物のやりとりをめぐる齟齬ともつれあい――接触期における西洋人とトンガ人の事例」
質疑応答
全体討論
2021年7月17日(土)13:30~19:00(ウェブ開催)
粟津賢太(上智大学)「私たちはなぜ黙祷をするのか――近代日本における追悼儀礼の成立と変容」
飯高伸五(高知県立大学)「発表へのコメント」
質疑応答(+休憩15分)
参加者全員「成果論文の執筆に向けた個別の構想発表」(+休憩15分)
全体討論
2021年10月9日(土)13:30~19:00(ウェブ開催)
深川宏樹(兵庫県立大学)「〈他なるもの〉の記憶から〈他なるもの〉との生成へ ――ニューギニア高地の植民地期/脱植民地期における「白人」イメージの民族誌理論」
質疑応答(+休憩15分)
大竹碧(日本学術振興会/ 京都大学大学院)「住空間から強制移住の記憶を探る――マーシャル諸島共和国イバイ島を事例として」
質疑応答(+休憩15分)
総合討論
2021年11月13日(土)13:30~19:00(ウェブ開催)
小林誠(東京経済大学)「フィジー・キオア島の土地をめぐる不安の記憶と語り」
質疑応答(+休憩15分)
佐野文哉(京都大学)「行為としての想起語り――フィジー手話話者の想起語りを事例に」
質疑応答(+休憩15分)
総合討論
2021年12月4日(土)13:30~16:45(ウェブ開催)
岡村徹(公立小松大学)「第二次世界大戦下のナウル島で起きた、「ハンセン病者集団虐殺事件」を再び考える」
質疑応答(+休憩15分)
総合討論
2022年2月19日(土)13:30~19:00(ウェブ開催)
西野亮太(名古屋大学)「ドキュメンタリーにおける歴史実践への試論――牛山純一監督『ニューギニアに散った十六万の青春』における証言と記憶」
全員:成果論文執筆構想
全員:論集に関する打ち合わせ
研究成果

今年度は、リモート研究会を計6回開催した。共同研究会メンバー3人によるオセアニア島嶼部におけるヨーロッパ人との接触初期に関わる発表においては、言語も通じない全くの他者との遭遇時、贈与交換や身体を介した相互行為がいかに行われてきたのか、またイレズミ文様の図案、紙の文字記録、口碑伝承といった記憶媒体について検討がなされた。加えて、招聘講師6人による研究発表と質疑応答を行った。日本における黙禱という鎮魂行為の生成過程、身体的相互行為による想起のあり方、植民地期の建造物として残された記憶と忘却、太平洋戦争における暴虐事件の史料分析やドキュメンタリー制作を通した歴史実践、土地をめぐる移民の不安に関する発表が行われた。今年度の研究会における理論的問題として、他者接触に関する過去の出来事について多様な媒体を使用しながら想起・再演することを通じ、新たな歴史実践が反復・生成・忘却していく過程が考察された。

2020年度

本年度は、共同研究会を4回開催した。特別講師3人を含む8人が発表を行い、総合的に討論した。
ソロモン諸島で戦死した日本兵の遺骨収容活動(深田)、パラオの戦跡観光をめぐる現地日系人を含む多様なアクターの実践(飯高)において、太平洋戦争後70年以上経た現在でも、遺骨や遺物が現在の人々を突き動かす状況が明らかになった。モノに着眼して水俣病の現状をみると(下田)、苦難の記憶が石像を生み出し、モノと記憶が絡み合う様相が看取された。一方、クリスマス島住民は、英米核実験の危険性を感じていなかったが、外部者が知識を導入して放射線への不安が喚起され、被曝の記憶は再編された(小杉)。
紛争後フィジーでは、先住系住民の優遇法制の下、父系社会における母系親族への権利(ヴァス権)が移民子孫の言説に流用され、相互関係が探られていた(丹羽)。「済州4・3」事件以降、分断された住民は、凄惨な経験の語りえない感覚や感情を生起させながら、共存し続けていた(伊地知)。北アイルランド紛争の語りには、悲惨な恐怖体験にもかかわらず、自虐的「笑い」が付随していた(酒井)。スロヴァキアのハンガリー系住民と主流社会の住民は、歴史と言語を巡る微妙な軋轢のなか、日常的平穏を保っていた(神原)。
このように、戦争の痕跡、病いや放射線被曝、エスニックな対立や紛争に関わる他者接触の多様な事例において、歴史記憶と物質性、語りと沈黙、感覚や感情が複合的に絡み合いながら、矛盾を含む複雑な人々の相互行為が生起される様態を明示した。研究発表と討議を通じて、個別の歴史や地域による特異性が明らかにされただけでなく、差異を超えた共通事象を見出す可能性を把捉することができた。

【館内研究員】 丹羽典生
【館外研究員】 金子正徳、河野正治、北村毅、桑原牧子、小杉世、長坂格、西村一之、比嘉夏子、深川宏樹 、藤井真一、森亜紀子、山口裕子、

吉田匡興、深田淳太郎

研究会
2020年6月6日(土)13:30~19:00(ウェブ会議)
北村毅(大阪大学)「沖縄のガマにおける集団憑依現象へのアプローチ」
質疑応答
長坂格(広島大学)「「薄いエージェンシー」としてのあいまいな未来―イタリアのフィリピン系若者移住者の未来イメージをめぐって」
質疑応答
全体討論
2020年7月4日(土)13:30~19:00(ウェブ会議)
金子正憲(摂南大学)「インドネシアにおける「日本」をめぐる記憶と変化」
質疑応答
西村一之(日本女子大学)「「社」から「神社」へ、そしてその後-台湾における日本認識の理解に向けて―」
質疑応答
全体討論
2020年11月7日(土)13:30~19:00(ウェブ会議)
森亜紀子(同志社大学)「南洋群島に生きた沖縄の人びとの植民地経験-境界から問う「長い20世紀」-」
質疑応答
藤井真一(国立民族学博物館)「移動の来歴と史実性――ソロモン諸島ガダルカナル島における人的交流の歴史経験」
質疑応答
全体討論
2020年12月5日(土)13:30~19:00(ウェブ会議)
吉田匡興(桜美林大学)「パプアニューギニア、アンガティーヤ社会での過去語りの諸相:他者接触の歴史経験としての「公的自己認識」と炉辺で語られる「ストーリー」としての「他者接触」」
質疑応答
河野正治(東京都立大学)「「外来の人」を始祖とする人々:ミクロネシア・ポーンペイ島における他者接触の歴史と親族関係の想起」
質疑応答
全体討論
研究成果

今年度はオンライン研究会を4回開催し、共同研究員8名が発表を行った。全体を通してみると、東南アジア島嶼部とオセアニアにみられる共通性および個別事例の特異性が提示され、議論のなかで共同研究の全体像を明確化することができた。
植民地期や戦争時に起こった現地の人々と日本人との接触の記憶、歴史的遺物や物的痕跡の現在(台湾、インドネシア)、沖縄から南洋群島へ移住した移民の歴史経験等の具体的事例が検討された。諸事例において、日本と近隣諸国・地域に関わる現代史のなかで見落とされがちな歴史経験の記憶が、遺物や写真といった物を通して継承されていることが明示された。また、戦時中に多数の犠牲者が出た洞窟における幽霊の目撃譚や憑依(インドネシア、沖縄)の事例では、死に結び付いた特異な閉鎖空間が現在の人々の感情や身体に影響を及ぼすという、興味深い現象が検討された。
さらに、ヨーロッパ人との初期接触の記憶(ニューギニア、ポーンペイ)、現在と過去の移動経路(ガダルカナル)の事例を見ると、親族関係や通婚を媒介項として記憶が継承され、自己認識が新たに生成されるという、オセアニア諸社会に埋め込まれた記憶の諸相を見出すことができた。加えて、異郷のイタリアにおけるフィリピン人移民の生活を見ると、若者は現状に不満を抱きながらも未来への確固たる意志を示すことがないという、従来の移民像とは異なる微弱で曖昧な態度が考察された。
文字によらないヴァナキュラーな他者接触の経験と歴史記憶は、口碑伝承のみならず、物や親族関係の知識を通じて継承される。そして、直接経験していない世代を動かして新たな記憶が創出され、再活性化される多様な位相を見出すことができた。

2019年度

民博において研究会を4回(6月~7月、10月~12月)開催する。共同研究会メンバー及び特別講師が、他者接触の記憶と語りに関わる人類学的な事例研究を発表し、総合的に討論する。今年度は、オセアニア・東南アジア島嶼部における移民マイノリティの経験と記憶、太平洋戦争の歴史記憶と語りに関する研究のメンバーによる発表を予定している。また、第2回と第4回の研究会では特別講師を招聘して、ヨーロッパにおける民族紛争の経験と対立の歴史、スティグマをもつ人々の感情と記憶に関する事例研究等を発表してもらう予定である。開始から2年度目であるため、多様な事例研究を題材にして討議を行うことにより、共通する概念の抽出や理論的抽象化の端緒を掴むことを目標に据えて、共同研究を進める。

【館内研究員】 丹羽典生
【館外研究員】 金子正徳、河野正治、北村毅、桑原牧子、小杉世、長坂格、西村一之、比嘉夏子、深川宏樹 、藤井真一、森亜紀子、山口裕子、

吉田匡興、深田淳太郎

研究会
2019年6月29日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
深田 淳太郎(三重大学)「遺骨収容活動における模倣的振る舞いと死者との接続」
質疑応答
丹羽典生(国立民族学博物館)「紛争後におけるフィジー少数民族の歴史実践の比較分析」
質疑応答
全員「全体討論」
2019年7月20日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
酒井朋子(神戸大学)「紛争後北アイルランドにおける笑いと倫理実践」
質疑応答
神原ゆうこ(北九州市立大学)「スロヴァキアの民族混住地における対立の外在化と共生の語り――多様化するハンガリー系マイノリティが語る不満と語らない不満」
質疑応答
全体討論
2019年10月26日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
下田健太郎(慶應義塾大学)「想起される水俣病経験――移ろいゆく行為者への視点」
質疑応答
飯高伸五(高知県立大学)「慰霊と観光の狭間で――ペリリュー島における戦争の記憶をめぐるエイジェンシー」
質疑応答
全体討論
2019年11月30日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
伊地知紀子(大阪市立大学)「済州4・3をめぐる経験と感覚――朝鮮半島と日本の近現代と他者」
質疑応答
小杉世(大阪大学)「クリスマス島における英米核実験――キリバス民間人の視点から」
質疑応答
全体討論
研究成果

本年度は、共同研究会を4回開催した。特別講師3人を含む8人が発表を行い、総合的に討論した。
ソロモン諸島で戦死した日本兵の遺骨収容活動(深田)、パラオの戦跡観光をめぐる現地日系人を含む多様なアクターの実践(飯高)において、太平洋戦争後70年以上経た現在でも、遺骨や遺物が現在の人々を突き動かす状況が明らかになった。モノに着眼して水俣病の現状をみると(下田)、苦難の記憶が石像を生み出し、モノと記憶が絡み合う様相が看取された。一方、クリスマス島住民は、英米核実験の危険性を感じていなかったが、外部者が知識を導入して放射線への不安が喚起され、被曝の記憶は再編された(小杉)。
紛争後フィジーでは、先住系住民の優遇法制の下、父系社会における母系親族への権利(ヴァス権)が移民子孫の言説に流用され、相互関係が探られていた(丹羽)。「済州4・3」事件以降、分断された住民は、凄惨な経験の語りえない感覚や感情を生起させながら、共存し続けていた(伊地知)。北アイルランド紛争の語りには、悲惨な恐怖体験にもかかわらず、自虐的「笑い」が付随していた(酒井)。スロヴァキアのハンガリー系住民と主流社会の住民は、歴史と言語を巡る微妙な軋轢のなか、日常的平穏を保っていた(神原)。
このように、戦争の痕跡、病いや放射線被曝、エスニックな対立や紛争に関わる他者接触の多様な事例において、歴史記憶と物質性、語りと沈黙、感覚や感情が複合的に絡み合いながら、矛盾を含む複雑な人々の相互行為が生起される様態を明示した。研究発表と討議を通じて、個別の歴史や地域による特異性が明らかにされただけでなく、差異を超えた共通事象を見出す可能性を把捉することができた。

2018年度

〈2018年度〉 研究会を2回(10月、2月)開催する。初回は、研究代表者が共同研究の趣旨を説明し、メンバー各自が個別研究の方向性と今後の研究計画を報告する。また、研究の理論的枠組みについて、多様な学術的立場から意見交換を行う。第2回は、オセアニア、東南アジア島嶼部における事例研究に基づいて討論を行い、共同研究の方向性について確認する。

【館内研究員】 丹羽典生
【館外研究員】 金子正徳、河野正治、北村毅、桑原牧子、小杉世、長坂格、西村一之、比嘉夏子、深川宏樹 、藤井真一、森亜紀子、山口裕子、

吉田匡興

研究会
2018年10月28日(日)13:30~19:30(国立民族学博物館 第4演習室)
風間計博(京都大学)「オセアニア・東南アジア島嶼部における他者接触の歴史記憶と感情の人類学」
質疑応答
研究方針の口頭説明(10分×14人)
全体討論
2019年2月22日(金)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
風間計博(京都大学)「世代を超えた歴史記憶の継承と感情――フィジーにおけるバナバ人の歌劇と怒り」
質疑応答
山口裕子(北九州市立大学)「生きている過去と身体:1960年代以降のインドネシア地方社会における集団的暴力へのアプローチ」
質疑応答
全体討論
研究成果

初年度は、2回の研究会を国立民族学博物館において開催した。第1回研究会では、共同研究会の検討課題および目的、他者接触(植民地・戦争・移民経験等)、歴史記憶、史実性といった鍵概念を軸にして、代表者(風間計博)が基調報告を行った。次いで、共同研究会メンバー各々が、問題関心や研究主題について簡潔に報告し、相互批評のうえで総合討論を行った。この結果、メンバーによる問題意識の共通性および個別の問題関心、今後の検討課題を浮かび上がらせることが可能となった。第2回研究会では、風間計博が、初回の発表を概括したうえで、オセアニア島嶼部の強制移住経験者であるバナバ人を対象として、歴史記憶を再構築する創作歌劇と感情の喚起に関する事例報告を行った。さらに、山口裕子は、インドネシアの東南スラウェシ州において、1969年に勃発した集団的暴力事件(69年ブトン事件)をとりあげ、巻き込まれた人々の詳細な語りを素材とした事例報告を行った。報告の後、参加者全員によって、歴史記憶や語りに内包される矛盾および史実性概念に関する討論を行った。