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カネとチカラの民族誌:公共性の生態学にむけて

研究期間:2018.10-2023.3

内藤直樹

キーワード

利己性、経済、ネットワーク

目的

本共同研究の目的は、「利己性」と「経済」という視点から、公共性概念に関する人類学的な考察を深めることにある。そのために、近年の情報通信技術の発展のもとで営利を追求する諸主体(企業・NGO・個人・コミュニティ等)による実践に焦点をあてる。そして利己的な主体による、生存上の必要(食・住居・教育・医療・福祉等)の充足に関わるやりとりが、公的な領域やネットワークを創発する事例に関する民族誌を比較検討する。これらの検討を通じて、グローバルな政治経済的状況における公共性をめぐる諸問題に対する人類学的な応答の方途を構想する。それは、社会が成立する保証が無い状況から、社会がいかに立ち上がるか考察することでもある。そのために本共同研究では、市民社会やその規範的価値の存在を前提視しえない状況における、①それぞれの生存を追求しようとする多様な主体による利己的な行為に焦点をあて、②物質やエネルギーの移動をともなう相互行為としての経済に注目し、③それが特定の価値や倫理を帯びた場所やネットワークを産出する事態を社会的なものの創発として捉え、その機序を検討することを通じて「公共性の生態学」を構想する。

研究成果

「公共性の生態学」プロジェクトは、開発援助・福祉・人道支援といった支援に関わる幅広い文脈における他者との相互行為の創発に焦点をあててきた。その際、あえて自立や自律あるいは互酬や平等ではなく、それらのアンチテーゼである依存や寄生から生まれる社会の可能性を問うてきた。
人間の知性や理性がもたらした人新世という時代の到来は、「ひとりの人間の生命は地球より重い」ということが自明ではなくなってきつつあることを示している。そして開発援助・福祉・人道支援の文脈においても、これまでのようによい生き方を人間例外主義的に実現できるという見込みは急速に揺らいでいることが明らかになった。
そもそも私たちの生は、好むと好まざるに関わらず存在するさまざまな他者との相互行為から成りたっている。これまでの人間例外主義は、異種生物や標準からはずれた人間といった、「配慮しなくていい他者」の定義を自明なものにしてきた。また、公共空間における民主主義的なプロセスに関する議論のなかでは、メンバーシップや言語リテラシーが重視されてきた。だが、「標準的な人間」以外の存在が公共空間のメンバーとして扱われることや、言語以外の行為による公共空間の創発可能性が考慮されることはほとんどなかった。
ところが実際には、さまざまな都市空間の形成過程に、他者や異種がいつの間にか好むと好まざるに関わらず入り込み、棲むことや食に関わる公共空間が創発している。それは同一性ではなく類縁関係の論理によって、新たな他者をとり込む「親戚づくり(ハラウェイ 二〇一七)」の実践に他ならない。私たちの生に関わる国家や市場の機能不全が問題となる現在では、熟議や討論が他者との共生の方途を探る唯一の方法であるという言語中心主義的な信念を一端カッコに置く必要がある。そのかわりに、異種生物を含むさまざまな他者による非言語的な行為の積み重ねや絡まり合いが、結果的に他者との共生の場を創発する事例を検討する必要があることが明らかになった。
「公共的なもの」をめぐるに関する議論のなかで「配慮しなくていい他者」とされたさまざまな存在がよき生の実現のためにおこなう諸行為には、脱制度的あるいは非道徳的だとされる行為が含まれている。また、依存や寄生といった主体性の否定や負債に関わる実践もまた、さまざまな存在がよき生を実現するためにおこなわれている。公共性の生態学プロジェクトは、そうした従来の政治学や経済学の論理からこぼれ落ちるような、さまざまな他者による埒外の政治-経済的実践を肯定的に捉えようとしてきた。それは公共的なものに関するこれまでの価値観では捉えられないような、新たな社会の臨界にかかわる潜在力の探求に他ならない。

2022年度

本年度は、コロナ禍をうけて研究計画を延長した。民主主義や社会運動論、フェミニスト政治生態学、ケア論、マルチスピーシーズ民族誌、デザインリサーチ等に関わる文化人類学および関連分野における議論を参照しながら、非人間を含めた諸アクターによる「善き生」の実現に向けた働きかけの連鎖が、従来の人文-社会科学領域においてしばしば「公共圏」と語られてきたようなユニークな絡まり合いを創発する事態に関する人類学的なものの見方や応答の方途を構想する。上記の構想に基づく議論を深め、充実した成果公開につなげるために共同研究員による草稿を持ち寄って検討する2回の共同研究会を実施する。そして本共同研究に関する論集および関連学会でのパネル発表といった成果公開の内容に関する議論をおこなう。

【館内研究員】 森明子
【館外研究員】 飯嶋秀治、岩佐光広、岡部真由美、北川由紀彦、木村周平、久保忠行、工藤由美、沢山美果子、髙橋絵里香、中野智世、藤原辰史、丸山淳子、三上修、モハーチゲルゲイ、山北輝裕
研究会
2022年11月19日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
全員:成果出版に関する草稿の検討
2022年11月20日(日)9:30~12:00(国立民族学博物館 大演習室 ウェブ開催併用)
全員:成果出版に関する草稿の検討
2022年12月10日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
全員:成果出版に関する草稿の検討
2022年12月11日(日)9:30~12:00(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
全員:成果出版に関する草稿の検討
研究成果

今年度は、コロナ禍のために遠隔会議のみで進捗が滞っていた分を補完するために研究期間を1年延長した。「公共性の生態学」をめぐるこれまでの議論をまとめ、2022年度末におこなったマルチスピーシーズ人類学との対話を踏まえて、『寄生と依存の人類学(仮)』と題した成果出版の構想を練った。
「公共的なもの」をめぐるに関する従来の議論のなかで「配慮しなくていい他者」とされたさまざまな存在がよき生の実現のためにおこなう諸行為には、脱制度的あるいは非道徳的だとされる行為が含まれている。また、依存や寄生といった主体性の否定や負債に関わる実践もまた、さまざまな存在がよき生を実現するためにおこなわれている。公共性の生態学プロジェクトでは、そうした従来の政治学や経済学の論理からこぼれ落ちるような、さまざまな他者による埒外の政治-経済的実践を肯定的に捉えようとしてきた。成果出版では、公共的なものに関するこれまでの価値観では捉えられないような、新たな社会の臨界にかかわる潜在力の探求をおこなう。
上記の点を踏まえて共同研究員それぞれの文脈に則した民族誌を執筆し、草稿検討会をおこなった。ここでの検討を踏まえて、2023年5月に原稿を揃え、2023年度内の商業出版を目指している。

2021年度

これまでの議論に基づき、グローバルな文脈のなかで、ナショナルな制度とのせめぎ合いのなかで、非人間を含めた他者の間にコモンズがパッチ状に生成する機序を捉えるための比較民族誌的な手法について検討する。具体的には、さまざまな困難を抱えた人間が、その困難とともに生きる方途を探す過程で、価値観や階級等を異にする人間や、異種生物、物質、制度等との新たな関わり合いを創発するに至る現場に関する民族誌的記述の比較検討をおこなう。そうすることで、傷病老死や貧困、暴力といった困難の解決の解決をめぐる実践のなかでも、市民的な理性に基づく関係ではなく、具体的な物質やエネルギーが持続的にやりとりされる場が創発されるに至る機序に関する理解をすすめる。
 最終年度の本年度は、研究会を4回開催し、本共同研究の視点や方法論を確認するとともに、それに基づいた民族誌的記述を各班員がおこなったうえで、本研究のとりまとめに関する議論をおこなう。

【館内研究員】 森明子
【館外研究員】 飯嶋秀治、岩佐光広、岡部真由美、北川由紀彦、木村周平、久保忠行、工藤由美、沢山美果子、髙橋絵里香、中野智世、藤原辰史、丸山淳子、三上修、モハーチゲルゲイ、山北輝裕
研究会
2021年7月3日(土)14:00~18:00(ウェブ開催)
内藤直樹(徳島大学)「エコロジカルに考えることについて」
飯嶋秀治(九州大学)「Steps to an Ecology of Bateson’s Mind――ベイトソンの精神のなかの生態学とは?」
総合討論(全員)
2021年10月30日(土)13:00~17:00(ウェブ開催)
北川由紀彦(放送大学)「路上で人と/動物と暮らす」
岩佐光広(高知大学)「寄りあつまりとしての森林鉄道:魚梁瀬森林鉄道を事例に」
三上修(北海道教育大学)「生態学の学問分野としての特性を問い直し、使える部分と使えない部分をより分けてみる」
内藤直樹(徳島大学)「難民キャンプのまちづくり」
岡部真由美(中京大学)「『善い布施』は何をもたらすのか?:現代タイ社会における布施、説明責任、そして開発」
討論
2021年10月31日(日)9:00~11:55(ウェブ開催)
中野智世(成城大学)「『聖なる』共住の場:カトリック障害者施設のケア空間」
沢山美果子(岡山大学)「捨て子の生と公共空間―地域・時代・カネからみた」
藤原辰史(京都大学)「ボロとクズの歴史学」
総合討論
2021年11月6日(土)13:00~18:00(ウェブ開催)
工藤由美(国立民族学博物館)「マプーチェ医療をめぐる国家・先住民関係」
森明子(国立民族学博物館)「EU農業政策と景観」
モハーチ ゲルゲイ(大阪大学)「地球への薬効:薬剤耐性から考える公共空間の生態学」
久保忠行(大妻女子大学)「官僚制と自由のあいだで:難民のゲームとプレイのエコロジー」
高橋絵里香(千葉大学)「フリーライダーズ:都市郊外フードバンクにみる公正な分配のエコロジー」
木村周平(筑波大学)「世界の果てのホタテ」
丸山淳子(津田塾大学)「訪問するブッシュマン:観光ロッジ・開発拠点・牧場」
討論
2021年11月7日(日)9:00~12:00(ウェブ開催)
山北輝宏(日本大学)「ハウジング・ファーストの断片:物音・屋根・都市・失踪・帰還」
飯嶋秀治(九州大学)「ギャンブル、研究系、生態系」
総合討論
2022年1月23日(日)9:00~16:00(ウェブ開催)
全員:『食う、食われる、食いあう』合評会
近藤祉秋(神戸大学)・吉田真理子(広島大学):出版企画へのコメント
全員:成果出版企画についての検討
2022年3月22日(火)15:00~17:00(ウェブ開催)
全員:成果出版の構成案に関する検討
研究成果

今年度は人文-社会科学におけるエコロジカルなアプローチを取り入れた成果のとりまとめに関する方向性について検討した。そのために共同研究員による事例報告を集約的におこなった。そのうえで、マルチスピーシーズ民族誌に関する論者を招聘して関連する新刊本の合評会をおこなったうえで、本研究会の方向性に関する議論をおこなった。そして実践としてのアナキズム論、環世界論、生態学的心理学、精神の生態学、社会的エコロジー、自然なきエコロジー、狂気のエコロジー、人間生態学等の、人文-社会科学における主要なエコロジカルアプローチを比較検討し、「ウィズだが、コモンではない他者」が絡まりあう世界の捉え方について考察した。

2020年度

これまでの議論に基づき、グローバルあるいは惑星的な文脈のなかで、非人間を含めた他者の間に潜在的コモンズがパッチ状に生成する機序を捉えるための比較民族誌的な手法について検討する。そうすることで、今日の惑星時代のなかで、市民的な理性を持たないとされる非人間を含めた他者間での生に関わる物質やエネルギーのやりとりが創発される機序や、そうしたやりとりをめぐって生起する情動とやりとりとの間の関係に関する理解をすすめる。今年度は特に、国境を越える人の移動や物理的な近接のあり方等に未曾有の影響を与えたコロナウィルスと人類のやりとり念頭におきつつ、「他者が持つ本源的な危険性」や「他者に対する本源的な恐れ」にも注目しながら、惑星的な文脈における他者との関わりのあり方についての再考を進める。そのために市民的な理性を持たない他者間の生をめぐる物質やエネルギーのやりとりに焦点をあててきた生態学的な視点や方法論をもとに他者との「共生」や「共存」の記述方法を再検討する。そのために生態学者を中心とする特別講師を招聘する。

【館内研究員】 森明子
【館外研究員】 飯嶋秀治、岩佐光広、岡部真由美、北川由紀彦、木村周平、久保忠行、工藤由美、沢山美果子、髙橋絵里香、中野智世、

藤原辰史、丸山淳子、三上修、モハーチゲルゲイ、山北輝裕

研究会
2020年7月4日(土)13:30~18:00(ウェブ会議)
木村周平(筑波大学・人文社会系)「Scallop at the end of Japan: 公共性の生態学への予備的考察」
大槻久(総合研究大学院大学・先導科学研究科)「協力の起源と維持機構−その進化生物学的考察−」
討論(全員)
2020年7月5日(日)10:00~12:00(ウェブ会議)
内藤直樹(徳島大学)「唯物論と汎心論について」
総合討論(全員)
2020年11月7日(土)13:00~16:00(ウェブ会議)
内藤直樹(徳島大学)「『厄介者』と(して)生きることについて:寄生や依存から考える」
討論(全員)
2021年1月23日(土)13:30~17:00(ウェブ会議)
岡部真由美(中京大学)「布施のエコノミーと宗教的なるもの:北部タイにおける仏法センターの事例」
成果公開にむけた討論(全員)
2021年3月18日(土)13:30~17:00(ウェブ会議)
深田耕一郎(女子栄養大学)「介護の人類学試論:『贈与と福祉―全身性障害者の自立生活運動を事例にー』」
討論(全員)
研究成果

今年度は、安易な価値観の共有を許さない非人間を含む他者とともにあることのままならなさのなかで活動の場を創り、維持する機序について、さまざまな分野を専門とする共同研究員が理解するための基盤について検討した。そのために、数理生物学や福祉社会学の専門家を特別講師として招聘し、協力や共生についての生物学的な捉え方や福祉につきまとう贈与のパラドクス問題の解法についての討論をおこなった。そして、とりわけ近代以降にネガティヴなイメージがつきまとうようになった依存、寄生、厄介といった関係のあり方や腐敗、雑音、賭けといった活動や態度を通じて「共生」概念について再考する可能性を検討しようとしている。研究代表者の内藤は、こうした検討を通じて得た見方をもとに、2編の編著本を出版した。最終年度には<エコロジー>と<エコロジカルに考えること>の違いを整理した上で、否定的なものから公共性や公共空間について再考する方途について考察する。

2019年度

平成30年度に整理した、新世概念やエイジェンシーに関する議論を手がかりに、それぞれの文脈においてメンバーが人間と非人間が織りなす公共的なものに関する事例を比較検討する。そのために共同研究員のほぼ全員と特別講師による1泊2日の共同研究会を3回実施する。各共同研究会では4-6の事例報告をおこなう。今年度はあえて異なる文脈における多くの事例を集中的に比較検討することで、それらを包含することが可能な理論的枠組みを練り上げていく。すべての共同研究会は国立民族学博物館でおこなわれる。そして上記理由のために、すべての回において特別講師を招聘する。 本共同研究では、近年の情報通信技術の発展のもとで営利を追求する諸主体(企業・NGO・個人・コミュニティ等)による実践に焦点をあてる。そして利己的な主体による、生存上の必要(食・住居・教育・医療・福祉等)の充足に関わるやりとりが、公的な領域やネットワークを創発する事例に関する民族誌を比較検討する。このようにグローバルな政治経済状況下の主体による諸行為が絡まり合うことで特定の意味や価値が生み出される場所やネットワークに関する共時的な比較研究とその歴史学や生態学からの文脈化を通じて、公共性の創発に関する地域や特定のコンテクストを越えた理解に到達することを目指す。

【館内研究員】 森明子
【館外研究員】 飯嶋秀治、岩佐光広、岡部真由美、北川由紀彦、木村周平、久保忠行、工藤由美、沢山美果子、髙橋絵里香、中野智世、

藤原辰史、丸山淳子、三上修、モハーチゲルゲイ、山北輝裕

研究会
2019年7月20日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
北村光二(岡山大学)「相互行為システムのコミュニケーションの再生産を支える『社会』の自己生成:トゥルカナのコミュニケーションを事例として」
菅原和孝(京都大学)「カラハリ狩猟採集民グイ/ガナの安寧(well-being)と受苦(suffering )」
丸山淳子(津田塾大学)「サン社会における『分かち合うこと』と『疲れること』:台頭する『シェアリング経済』を参照に」
討論
2019年7月21日(日)9:00~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
岩佐光広・赤池慎吾(高知大学)「魚梁瀬森林鉄道と生をめぐる営み:女性のライフヒストリーを手がかりに(仮)」
総合討論
2019年11月9日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
藤原辰史(京都大学)「『分解の哲学』について」
中野智世(成城大学)「近代ドイツにおけるケアの空間:カトリック系慈善施設の事例から」
全員討論
2019年11月10日(日)9:30~15:00(国立民族学博物館 大演習室)
工藤由美(国立民族学博物館)「マプーチェ医療をめぐる国家・先住民関係(仮)」
髙橋絵里香(千葉大学)「民営化/私事化する福祉国家:フィンランドの高齢者ケア制度にみる私的領域間の対立と共謀」
総合討論
2020年1月25日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
森明子(国立民族学博物館)「EU農業政策とホーフ:オーストリアの事例」
沢山美果子(岡山大学)「カネと公共圏から見た日本近世の捨て子たち」
久保忠行(大妻女子大学)「『境界的(liminal)なものがつくる公共空間の可能性:観光客と難民』」
討論(全員)
2020年1月26日(日)10:00~14:30(国立民族学博物館 大演習室)
北川由紀彦(放送大学)「『新宿段ボール村』再考」
山北輝宏(日本大学)「新しい物質主義的社会学とハウジング・ファースト」
総合討論(全員)
研究成果

① 社会の創発と衰退/崩壊/転換に関する動態の記述:たとえば過疎化という人口減少は、しばしば「社会そのものの崩壊」であるかのように語られる。また、難民キャンプのような庇護の空間は一時的なものとして設置され、問題が解決された際には閉鎖される。本共同研究会では、社会の創発だけでなく、その衰退/崩壊/転換に関する諸アクターによる連関の動態に注目することの意義について検討した。
② 危険な存在としての他者との連関の創発:他者との共存とをめぐる困難に注目する視点の重要性について確認した。ここで言う「他者」とは、理解や制御の外部に存在する対象のことを意味する。それは慣習や制度による「理解」の直下に存在し続ける、理解や制御の外部としての他者との連関を我々はどのようにおこなっているのかという問いである。
③ アクター間の「もつれ」の創発/消滅に関する民族誌的記述:この世界はヒト以外の生物や物質を含めた諸アクターによる連関によって形づくられている。今年度はアクター間に「もつれ(tangle)」が形成される動態に注目することの重要性を確認した。本共同研究では、そうした「もつれ」をサルベージして道徳的な価値付けをおこなうというよりは、その創発や消滅に関する民族誌的な記述を志向する。

2018年度

1)研究会の開催 すべての共同研究会は、国立民族学博物館で開催する。公共性に関する超域的な議論の基盤を形成する手がかりとして、初年度に人新世に関する理論的枠組みを構成員全員で検討し、それを公共性に関する議論にいかに導入可能か議論する。それを踏まえて、2〜3年目にメンバーによる事例研究を検討する。最終年度にはメンバー全員で「公共性の生態学」構想の可能性についての集中的な議論をおこなう。
2)年度ごとの計画
・平成30年度は、人新世に関する人文・社会科学分野の議論に関する検討会を3回開催する。第一回研究会では人新世議論と公共空間の創発に関する理論的視座を得るために、京都大学の篠原雅武氏を特別講師として招聘する。そうすることで、とくに近代以降の人間活動に関する人文・社会科学と自然科学を架橋する議論に関する理解を深化・共有する。
3)共同研究の構成
グローバルな政治経済的状況における他者の生をめぐる公共性の創発について、人新世議論を手がかりに自然科学領域に再文脈化することを目的とするために、以下の組織化をおこなう。
① 他者の生をめぐる公共性の創発に関する民族誌的研究
(ドイツ・移民による教育と場所の形成、フィンランド・介護の民営化、ベトナム・地域医療、チリ・先住民と医療、ボツワナ・先住民と観光、オーストラリア・先住民の居住政策、タイ・難民キャンプの住まい、タイ・難民と仏教寺院、タンザニア・難民キャンプの経済、日本・森林政策と場所の形成)
② 公共性の創発に関する社会学的研究
(日本・ホームレスのローカルな包摂実践、日本・貧困政策)
③ 生をめぐる公共性の創発に関する歴史的な文脈化
(ドイツ近現代史・貧困救済、ドイツ現代史・食をめぐる統治、日本近現代史・養育)
④ 異種間関係に関する生態学的研究
(生態学・スズメと人間関係の歴史)

【館内研究員】 森明子
【館外研究員】 飯嶋秀治、岩佐光広、岡部真由美、北川由紀彦、木村周平、久保忠行、工藤由美、沢山美果子、髙橋絵里香、中野智世、

藤原辰史、丸山淳子、三上修、モハーチゲルゲイ、山北輝裕

研究会
2018年10月27日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
内藤直樹(徳島大学)趣旨説明
篠原雅武(京都大学)「人新世的状況における『人間の条件』」
全員・総合討論
2018年12月15日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
三上修(北海道教育大学)「カネとチカラが生み出した都市を利用する生物:スズメから見た都市空間」
モハーチ・ゲルゲイ(大阪大学)「地球と身体のループが生み出す公共性:『代謝』をめぐって」
全員・総合討論
2019年1月26日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
森明子(国立民族学博物館)「ケアが生まれる場をとらえる」
沢山美果子(岡山大学)「日本近世の『公共空間』と『共生』――近世史研究の議論から(仮題)」
全員・総合討論
2019年1月27日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
飯嶋秀治(九州大学)「施設間移行と生存経路(仮題)」
全員・今年度の総括
研究成果

本共同研究の目的は、人間と非人間によるネットワークのなかで「ケア」というユニークな出来事が生起する機序について考察することにある。それゆえ、特定のやりとりをアプリオリに「ケア」として措定することを回避するために、経済学と生態学的な観点を導入する。そして非人間を含んだネットワークにおけるモノや情報のやりとりのなかで生起する「ケア」という行為や関係性の諸相を観察する。  本研究の理論的な視座と枠組みを精緻化するために、人間の行為主体性や環境との関わりに関する根源的な問いかけである人新世議論に関する論者および生態学者による生き物から見た「都市的なもの」に関する研究発表をもとに、それを人文―社会科学系の研究者(人類学・社会学・歴史学)がいかに受けとめうるのかについての議論をおこなった。生物の世界における被食―捕食関係に見られるような、「理解」を前提としない関係の連鎖が、結果的に自己あるいは社会的なシステムを形成するに至る機序を解明することが、本研究をすすめる上では重要であることが明らかとなった。