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被災後社会の総体的研究:被災後をより良く生きるための行動指針の開発(2018-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|挑戦的研究(萌芽)

竹沢尚一郎

目的・内容

日本は大規模な自然災害が頻出するが、これまで研究者や行政関係者は将来の災害にどう備えるかという「防災」の観点から研究を重ねてきた。こうした研究や取り組みに対し、被災後に被害を軽減するために地域社会に何ができるか、復旧を実現するのに何が必要かといった、被災後社会についての研究は限られている。しかも、被災後社会の研究は個々になされただけで、統一的な視点を与えることに成功していない。その結果、災害が発生するたびに、被災者や行政関係者、支援者、研究者は手探りで対応を強いられてきた。
本研究は、東日本大震災の発生以来、ボランティアや研究者として被災後社会の支援と調査にあたってきた研究者が、災害後に人びとがとった行動を状況ごと、行為者ごとに詳細に記述する。その上で、そこにおける問題点や改善点、教訓等を明らかにすることで、災害後に望まれる地域社会や支援のあり方を記した指針を作成することを目標とする

活動内容

2021年度活動報告(研究実績の概要)

本年度は研究代表者である竹沢だけが研究を延長申請し、受理されたので、竹沢がこれまでに他の研究分担者とともに実施してきた研究を総括し、その取りまとめをおこなった。
具体的には、竹沢が研究分担者のひとりである伊東未来とともにおこなった、京都に避難した福島原発事故避難者に対する2つのアンケートに基づく論文を見直し、その要点を整理して全体を書き直した。それと並行して、竹沢が別に実施した約30名の避難者を対象としたインタビューをすべて文字起こししたあと整理し、可能なかぎり忠実に文章化した。それを各インタビュー対象者に送り、修正や書き加え、一部削除などの手直ししてもらったものを公表することにした。なお、そのうちの何人かは公表を避けるよう依頼してきたので、そのうちの18名のインタビューのみ公表することとした。
これらのアンケート結果とインタビューの2つの資料を基に、研究を総攬する序章とまとめの結論を加えて、『福島原発事故避難者はどう生きてきたか―ー被傷性の人類学』を執筆した。これは東信堂から2022年3月に単著として出版された。この本は、さっそく京都新聞や毎日新聞京都版で取り上げられるなど、広い反響を呼んでいる。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

本研究のテーマは「被災後社会の研究」である。その目的は、地震や津波、大事故などの大災害に見舞われた社会が、その被害を可能なかぎり軽減するにはどのように行動すべきかを、文化人類学や地域社会学、宗教学、建築学などの学際的な視点から明らかにすることである。
災害は当該地域に住む住民全体に甚大な被害をおよぼすが、その全成員に対して等しく作用するわけではない。ジェンダー、職業、所得、年齢等の要因に応じて、不平等な仕方で生じるものである。そのため、そうした不平等が生じた理由を探ると同時に、そうした状況を補正していくこと、どのような支援が必要かつ効果的なのかを、現場でのフィールドワークにもとづきながら明らかにしていくことが求められる。
本年度は、東日本大震災が引き起こした東京電力福島第一原子力発電所の重大事故の後で、京都府及びその近郊に避難した避難者を対象に、事故直後の状況、避難を決意した理由、避難生活の中の困難、家族の状況等についてインタビューを実施し、それを文字化することに尽力した。インタビューした人数は延べ25人、対象者は京都府及び近県に避難した避難者と、一時避難した後に福島県に戻った人びとである。
このインタビューについてはすべて文字起こしをした後、当人にチェックしてもらっている。本研究では過去に、避難者を対象にしたアンケート調査を実施することで、避難行動と避難生活についての全体的傾向を明らかにしたが、今年度に多くの人びとのインタビューを実施することで、個々のケースについても深い理解を得ることができた。
現在、過去に実施したアンケートと今年度のインタビュー、および翌年度に実施するインタビューを総合して、本として出版するべく準備中である。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

本年度中に、避難者4,50名に対してインタビュ-を実施し、各個人の避難行動と避難生活について情報を取得すると同時に、すべてのデータを整理して記録化し、出版社との協議にまでもっていく予定であった。
ところが、今年度はコロナウィルスの蔓延によって全国で非常事態宣言が出されるなどしたため、出張をしてインタビュを実施することが一部不可能になり、当初予定していた分のうち、約6割程度しか完了していない。そのため、本の出版についても遅れが生じている。
その一方で、本研究を継続・発展させるために新たに日本学術会議に科学研究費を出願し、採択された。そのため、今後4年間にわたり、本研究をより発展させた形で研究を遂行する予定である。

2019年度活動報告

本研究のテーマは「被災後社会の研究」である。その目的は、地震や津波、大事故などの大災害に見舞われた社会が、その被害を可能なかぎり軽減するにはどのように行動すべきかを、文化人類学や地域社会学、宗教学、建築学などの学際的な視点から明らかにすることである。
東日本大震災のような大災害が発生すると、社会はその構成員の生命をはじめ、経済、政治、宗教、地域社会などの各次元に渡って甚大な影響を被る。そうした被害を軽減させ、より迅速に復旧を実現するには、社会がもつさまざまな能力を発揮させる必要がある。この観点から本研究は、地域社会、学校、祭り、原発事故避難者、商店街、行政機関、まつづくり団体といった社会を構成する諸アクターを対象として、インタビューを含めた現地調査を実施することで以下の理解を得た。
経済活動に関しては、水産業や水産加工業などの基盤産業は国の支援もあってかなり回復したが、商店街は大手スーパーが進出したこともあり、どこでも壊滅的な状態である。教育制度は、過疎化の進行と共に小中学校の統廃合が進んでいる。東日本大震災後に学校は、住民の生命を保護する上で避難所等として大きな役割を果たしたが、今後何がその役割を担うのかは課題である。
地域の宗教生活については、地域社会の象徴である祭りや民俗芸能はいち早く復興したが、福島県の原発事故周辺地域では神社等の統廃合が進められており、今後の課題となっている。
東日本大震災で大きな被害を被った東北3県のうち、岩手県と宮城県では震災後9年を経過するなかで、ほぼ復旧は完了している。一方、原発事故の重大被害が出た福島県では住民の帰還は完了しておらず、全国に避難した被災者が30数件の訴訟を起こしているなど、依然として完全復旧からはほど遠い状態にある。

2018年度活動報告

本研究は、大規模災害が生じたあとの社会的状況を「被災後社会」の名でとらえ、被災者、行政機関、地域住民、支援ボランティア、研究者等、「被災後社会」に関わるさまざまなステークホールダーの行動や意識を総合的にとらえることで、将来生じるであろう災害への対処法を明らかにすることをめざすものである。本年度は本研究の最初の年度であるため、最初に全研究者が集まって研究会を組織し、各自の問題意識のすり合わせや、今年度の研究実施計画について話し合った。本研究は、人類学、宗教学、建築学、社会学など、専門分野を異にする研究者からなる研究であるため、各自の問題意識や研究内容にかなりの幅があることが確認された。そこで視点を統一するより、さまざまな視点を生かしながら研究を遂行することを確認した。
竹沢は岩手県釜石市で、商店街を中心に被災後の社会のあり方と行政組織との関係を中心に聞き取りを中心に研究し、災害後に解散した商店街や、外部企業との連携によって再建した商店街など、さまざまなケースがあることが明らかになった。その違いがどこから来たかを明らかにすることの解明を、現在めざしている。
研究分担者の黒崎は、福島県いわき市や浪江町、岩手県釜石市や大槌町で調査を行い、被災後の宗教者の行動について新たな知見を加えることができた。菊池は宮城県山元町での研究を継続すると同時に、岩手県宮古市や大槌町で調査を行い、復興のための地域社会や学校、行政の連携について新たな理解を得た。伊東は、福島から全国に避難している自主避難者の行動パターンを明らかにするとともに、彼らに対する支援者の取り組みや活動内容について分析した。
今後は、これまでに得られた知見をより広げかつ深めていくために、本研究に欠ける他分野の研究者との研究会や共同研究を実施していく予定である。