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ラテンアメリカ地域における「先住民性」についての民族誌的研究:コスタリカを中心に(2019-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|特別研究員奨励費

額田有美

目的・内容

本研究の目的は大きく分けて次の3点である。
(1)コスタリカ国内に暮らす人びと(特に先住民居住区の住民たち)が「先住民であること」をどのように解釈し、「先住民」という概念にどのような意味付けを行っているのかを明らかにする。
(2)コスタリカにおける「先住民であること」の意味付けと、ラテンアメリカ地域のその他の国々における意味付けとにどのような共通点ないし差異があるのかを示す。そうすることをとおして、ラテンアメリカ地域におけるコスタリカという国のあり様を明らかにする。
(3)上記(1)と(2)の研究を進める際の方法論である民族誌(特に非写実的民族誌)の可能性について検討し、その意義を特に地域研究への方法論的貢献という視座より考察する。

活動内容

2021年度活動報告(研究実績の概要)

昨年度までの研究成果を踏まえ、日本語、スペイン語、英語での発表や執筆作業に取り組んだ。グローバル、リージョナル、ローカルな空間のなかで「先住民性」がいかに生み出されているのかを具体的に記述するための3つのキーワードのうち、まず「環境」については日本語で学会発表を行い、環境保全対策としてコスタリカで法制化されている「生態系サービスへの支払い(PES)」が「先住民であること」をエンパワーする仕組みとしても機能していることを指摘した。次に「土地」については日本語での発表を行い、論稿を執筆・投稿した(査読を経て掲載決定済み)。論稿では、先住民居住区の土地の所有権・占有権を回復しようとする運動がFacebook上で展開されていることを報告し、オンラインでの住民との個別のやり取りを踏まえて詳しく考察することで、より正当な「先住民」の定義をめぐる住民間でのコンフリクト(例: 人類学者らの研究によって報告されてきた母系クランのみを「先住民であること」の必要条件とみる者と、このような要素的な定義に意義を唱える者との対立)が生じていることなどを指摘した。そして「食文化」については日本語と英語で学会発表を行った。その後、英語での発表内容を展開させ、「無形文化遺産化」という新たな視点を加えて考察し直した論稿をスペイン語で執筆した。この論稿はスペイン語圏の研究者たちとの共著書籍に収載予定である(出版予定)。
さらに、人類学と民族誌についての入門書Introducing Anthropology: A Graphic Guideの翻訳作業に共訳者1名と共に取り組み、翻訳書『人類学』を出版した。また、文学的な記述としての民族誌を思索したアメリカ合衆国の人類学者オスカー・ルイスに関する書籍の監訳作業に他2名の監訳者と共に取り組んだ(出版予定)。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

新型コロナウイルス蔓延のため現地調査がまったく実施できなかった。そのため、FacebookやYouTubeなどのSNSや、WhatsAppやMessengerといったメッセージングアプリを調査手段かつ調査対象として利用したリモートでの調査にこれまで以上に取り組んだ。その結果、デジタルインフラが未整備であるにも関わらず、コスタリカの先住民居住区の住民たちがSNSやメッセージングアプリを活用し、COVID-19が蔓延するなかでも「先住民の権利」を主張する運動を継続していることや、同運動に資するような「先住民らしさ」の生産と発信のためにデジタルメディアを活用していることがわかった。また、居住区の住民や居住区出身者(特に20~30代)のなかには、自身の祖父母から直接的に受け継いだ知識(調理法、言語、神話、自然とのかかわり方など)をSNSやYouTubeといったデジタルな媒体をとおして広く発信する者も登場するようになったこともわかった。
これと並行し、日本語、英語、スペイン語で書かれた新旧の関連書籍や論文を広く通読し、現代的「先住民性」の生産と節合しうる複数の分野(環境経済学、アグロエコロジー、ツーリズム、インターカルチュラル教育、メディア研究、共生の哲学、文学、アートなど)の研究動向の把握に努めた。スペイン語の出版物に関しては日本からでは入手困難なものがあった一方で、SNSをとおして新たにコンタクトを取ることができたコスタリカ在住の研究者より一般公開されていない同国の環境政策と先住民居住区との関係に関する資料を入手することができた。
以上より、グローバル、リージョナル、ローカルな空間のなかで「先住民性」がどのように生み出されているのかを具体的に記述するための戦略として、(1)土地、(2)食文化、(3)環境の3つのキーワードに焦点を絞るのが妥当だという現時点での結論を導くことができた。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

予定していた現地調査は一度も実施できなかったものの、オンライン調査を取り入れることで、「先住民性」を生み出すプロセスに関与するさまざまなアクターの存在やそれらのアクターが異なるコンテクストでどのような情報を発信しているのか等を整理し、その一部をスペイン語でも発表することができた。さらに、現地での治安上の配慮ゆえこれまでは直接的な記述対象とすることが困難だった「土地回復運動」と呼ばれる社会運動についても、オンライン調査を取り入れることによってその全体像を捉え、考察や記述の対象とする見通しを立てることができた。

2019年度活動報告(研究実績の概要)

この研究は、(1)コスタリカ国内の先住民居住区に暮らす人びとが「先住民であること」をどのように解釈し、「先住民」という概念にどのような意味付けを行っているのかを明らかにすること、(2)コスタリカにおける「先住民であること」の意味付けとラテンアメリカ地域のその他の国々における意味付けとにどのような共通点ないし差異があるのかに着目し、ラテンアメリカ地域におけるコスタリカの位置付けを明らかにすること、(3)方法論としての民族誌の可能性について検討することの3点を目的としていた。
今年度は主に(1)と(2)に重きを置き、少なくとも計2回の現地調査を行うことで質的データの収集とその分析・考察を反復的に行う計画であった。8~9月にかけて行った1回目の現地調査では、首都圏の研究者たち(コスタリカ大学の人類学者や先住民居住区出身者)と面会し、現地の情報や研究動向についての情報を収集した。コスタリカ ・ナショナル大学で開催されていた国際学会 ACALingに出席し、同会に発表者として参加していた先住民言語研究を専門とする現地の言語学者らとも面会した。ここでは、現在もなお先住民言語を話すか否かという点がこれらの研究者にとっての先住民性を規定する第一の指標であり続けていることが確認できた。
その後、南部の先住民居住区へ向かい、居住区内に滞在しながら「先住民である」と自認する住民を主とする10~70代の100名近くの男女の協力を得て聞き取りを行った。ここで聞き取った内容はフィールドノートとして記録した。うち12名にはより丁寧な聞き取り(半構造化インタビュー)を行い、その様子をICレコーダーないしビデオカメラで記録した。これらの語りのデータより、「先住民であること」と少なからず関係していると各人が考えている多岐にわたるトピック(出自、言語、居住地、食、結婚形態、儀礼の記憶や経験など)を把握することができた。

2019年度活動報告(現在までの進捗状況)

2~3月にかけて予定していた2回目の現地調査は、新型コロナウイルスの蔓延と感染拡大防止措置、それに伴う移動行動の制限指示等のため実施の中止を余儀なくされた。その後、SNSを用いたオンラインでの調査方法についても情報収集を始めたものの、試行錯誤の段階にとどまっている。
1回目の調査結果および考察を学会で発表予定だったものの、学会自体が開催中止となり、発表の機会を失った。