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セルロースナノファイバー塗工法による脆弱化した酸性紙資料の大量強化処理の開発(2018-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B)

園田直子

目的・内容

19世紀半ばから20世紀初頭の紙の大半は酸性紙であり、世界中で紙資料の保存が危機に瀕している。本研究では、脱酸性化処理に微細セルロースファイバー(FCF)による強化処理を併用することで、紙の劣化抑制および補強効果を同時に付与する新しい手法の実用化をめざす。このうち脱酸性化処理としては、日本国内で実用化されているドライ・アンモニア・酸化エチレン法およびブックキーパー法を用いる。
強化処理の手法としては、本研究チームのこれまでの研究から、フリース法(紙資料の欠損部分に薄い繊維の膜を架けることによって劣化した紙を補強する強化処理法)を改良することによってFCFを用いた経年劣化紙の強度向上を達成することが可能となった。本研究では、FCFをより効果的に塗布する手法を技術的に確立して、本強化手法の実用化をめざす。また、保存環境調査と環境改善を視野に入れることで、紙の保存と延命の問題に総合的に取り組む。

活動内容

2020年度活動報告

本研究代表者らは、セルロースナノファイバー(CNF)に代表される微細セルロースファイバー(FCF)のもつ高強度特性及び光学透明性に着目し、FCFを用いた劣化紙の強化処理を提案している。自然劣化紙の強化処理は、ドライ・アンモニア・酸化エチレン(DAE)法またはブックキーパー(BK)法のいずれかの脱酸性化処理を施すことから始める。湿潤処理を経て、サクションテーブル上で脱水して、紙表面に FCF 塗工処理を施した後、比較的常温に近い 40℃ の乾燥温度で真空乾燥処理を施すことによって安定した紙表面に仕上げることに成功した。
本科研では、FCF 塗工の実用化を目指して、経年劣化紙の両面に連続的なコーティングを可能にする小型塗工機を設計、試作した。試作した小型塗工機を用いて、FCF 塗工の最適処理条件の検討を行い、自然劣化酸性紙にFCF 処理を施した。その結果、紙の劣化の指標とされている引裂強さが向上するとともに、FCF塗工量の増加によって紙の引裂強さの向上効果が増加した。この傾向は紙の引張強さでも認められるものの、その効果は小さかった。ゼロスパン引張強さで塗工の効果は認められないのは、FCF塗工処理による劣化酸性紙の強度上昇が、パルプ単繊維に対する補強効果ではなく、パルプ繊維間結合に対するFCFによる補強効果が主な要因と推察された。また、自然劣化酸性上質紙は、BK法によって酸化マグネシウムの微粒子が紙表面に付着するため、加速劣化処理によるISO白色度の低下が抑制された。一方、DAE法処理紙は、トリエタノールアミン等による黄色化の影響からISO白色度が低下するが、加速劣化処理中における白色度低下は元の酸性上質紙に比べて抑制された。
保存環境調査では仕様が異なるケース内の温湿度を適切に維持する条件を実測値に基づいて検証するとともに、民俗文化財の保存についてまとめた。

2019年度活動報告(研究実績の概要)

近代製紙技術が確立した19世紀半ば以降、1990年頃に中性紙製造技術が定着するまでの図書や文書資料は、そのほとんどが酸性紙で製造されており、劣化の進行が著しい。この問題の解決法として最も有効な方法の一つに、酸性紙の脱酸性化処理があり、これまでいくつかの大量脱酸性化処理が世界で実用化されてきた。酸性紙に脱酸性化処理を施すことによって紙の劣化は抑制できるが、脆弱化して低下した紙の強度は復元できない。
本研究代表者らは、セルロースナノファイバー(CNF)に代表される微細セルロースファイバー(FCF)のもつ高強度特性及び光学透明性に着目し、FCFを用いた劣化紙の強化処理を提案している。ドライ・アンモニア・酸化エチレン(DAE)法またはブックキーパー(BK)法のいずれかの脱酸性化処理を施した自然劣化紙に湿潤処理を行った後、サクションテーブル上で脱水後、紙表面にFCF塗工処理を施すと、紙の劣化抑制効果のみならず、自然劣化した紙の引裂強さや引張強さなどを向上させることを明らかにした。さらに、実用化に当たって注意を要するFCF塗工後の乾燥処理条件について検討し、比較的常温に近い40℃の乾燥温度で真空乾燥処理を施すことによって安定した紙表面に仕上げることに成功した。
本研究計画の初年度には、劣化紙資料を強化できるFCF塗工の実用化を目指して、経年劣化紙の両面に連続的なコーティングを可能にする小型塗工機を設計、試作した。令和元年度には、試作した小型のプロトタイプ塗工機を用いてFCF塗工紙の品質をコントロールする最適処理条件の検討を行った。その結果、小型塗工機を用いて自然劣化酸性上質紙にFCF処理を施すと、紙の劣化の指標とされている引裂強さを向上させるとともに、FCF塗工量の増加によって紙の引裂強さの向上効果が増大する傾向を示した。この傾向は紙の引張強さでも認められるものの、その効果は小さかった。

2019年度活動報告(現在までの進捗状況)

本研究代表者らは、紙の脱酸性化処理にFCFを活用した強化処理を併用することによって、経年劣化紙の劣化抑制効果及び補強効果を同時に付与できることを確認した。小型塗工機では、正回転のアプリケータロールに塗工液を転移して、ワイヤーを巻いたコーティングロッドによって過剰の塗工液を削り落として塗工する方式を採用した。2本のアプリケータロールを縦方向に重ねてその間隙部分に通紙することによって紙の両面に塗工するよう設計した。令和元年度には、この装置を用いて自然劣化酸性上質紙両面に連続的なFCF塗工を可能にすることに成功した。これまでのFCFの手塗り塗工方式から、コーティングロッド(ワイヤーバー)を取り付けた小型塗工機によるロール塗工方式にグレードアップしたことによってFCF塗工量の標準偏差は小さく、小型塗工機によるFCF塗工量の精度が良好に保たれていることが判明している。コーティングロッドの番号及び塗工速度を変数としてロール塗工したところ、ばらつきなく安定的に両面塗工量をコントロールできることを確認した。また、コーティングロッドのワイヤー直径や塗工速度を増加させると、紙の両面塗工量を増加させることが判明した。
紙資料等の保存環境については、地震によって被災した図書室の被害と対応、海外での共有型収蔵施設に関する調査を行った。

2018年度活動報告

セルロースナノファイバーなどの微細セルロースファイバー(FCF)塗布による強化処理では、研究代表者である国立民族学博物館の園田直子、東京農工大学の岡山隆之(研究分担者)、前高知県立紙産業技術センター所長の関正純(研究協力者)が、適宜、FCFの調製条件や塗布条件を精査し、研究計画の遂行を促進した。 経年劣化紙の強度向上処理に適したFCFの製造開発は、水中カウンタ・コリジョン装置(研究協力者の殿山真央が所属する高知県立紙産業技術センター既存設備)を用いて、東京農工大学研究分担者チームの岡山および小瀬亮太を中心に進めた。
FCF塗布実験は、東京農工大学研究分担者チームおよび当該研究室に所属する学生1名が担当した。FCF塗布実験は、劣化紙資料をドライ・アンモニア・酸化エチレン法またはブックキーパー法によって脱酸性化処理後、水で湿潤させた紙表面にFCF懸濁液を塗工し、真空乾燥する手法を検討した。また、FCF塗布による劣化紙の強化処理の実用化には、大量強化処理に向けて工程のシステム化、特に連続的で均質なFCF塗布を実施できる工程の設計が重要となる。そこで、紙を湿潤状態にした後、小型サイズプレスを用いて、2ロールサイズプレス方式によって紙の両面に均一なFCF塗液膜を作成する手法を検討した。
開発された手法が文書資料等の文化財に安全に適用できるかの検証に関しては、FCF塗工後の紙表面の状態を三次元画像データにより確認する手法を国立民族学博物館の末森薫(研究分担者)が検討した。園田と同館の日髙真吾(研究分担者)は保存環境の調査をおこなった。