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日本手話、台湾手話、韓国手話における語と意味の歴史変化の解明(2019-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C)

相良啓子

目的・内容

本研究の目的は、歴史的に関連がある日本手話ファミリーの語や表現の意味および用法の変化を明らかにすること、また、その成果をこれまで進めてきた音韻、形態の変化に関する研究成果と合わせて手話言語学における史的変遷を体系的に示すことである。
本研究は、また、これまで日本手話の研究では行われてこなかったグローバルな視点を重視して研究を進めるという点で創造性がある。オランダのナイメーヘンに本部を置くラドバウド大学のOnno Crasbornが運営する手話言語のデータベースGlobal Signbank (https://signbank.science.ru.nl/)を利用して、語の形と意味を分析するが、そのために有効な語や表現の意味や概念の登録の仕方をCrasbornと共同で検討する。

活動内容

2023年度実施計画

2022年度事業継続中

2022年度活動報告(研究実績の概要)

令和4年度は、これまで収集したデータに基づいた分析を進め、研究成果発表を国内および米国で開催された国際手話言語学会で行った。まず、9月に国立民族学博物館で開催されたthe 14th Theoretical Issues in Sign Language Research conference (TISLR14)で、「Diachronic change in Japanese Sign Language,Taiwan Sign Language and South Korean Sign Language: Focus on kinship terms」をタイトルとして発表を行った。意味の変化については、「男たち」「女たち」の複数形として韓国に行き渡った両手の表現が、韓国では、複数形としても単数形としても使用できる一般化になった例を示した。続いて、11月にニューメキシコ大学で開催された15th Biennial Desert Linguistics Society (HDLS15)で、「Variation within and between sign languages in Japan, Taiwan and South Korea: The impact of language contact」をタイトルとして発表を行った。韓国手話は韓国語と、台湾手話は中国語および中国手話との言語接触によって語の意味が変わる例を示した。そこでは手話の「語族」の概念についても議論された。ニューメキシコに滞在中、現地の研究者と手話言語学における歴史変化について議論した。
執筆に関しては、研究分担者の原と打ち合わせを行い、「手話言語における言語接触」についての論文を共著で執筆中である。
国内での調査については、大阪の高齢話者と面会し、話者同士の会話を収録し、現在分析を進めている。その中で、特に「本当」「構わない」「上手」の表現に若者手話と意味の違いがあり、台湾手話、韓国手話と意味や用法を比較する方向性ができた。
台湾および韓国での調査においては、コロナ感染も関係して、年度内の調査はかなわなかった。今後の調査の方針とGlobal Signbankの展開について、台湾および韓国の手話言語学者と議論を行い、現在、令和5年度の調査に向けて準備を進めている。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

コロナが落ち着いてきているものの、台湾および韓国の高齢手話話者を対象とする調査はなかなか実現できずにいる。これまで収集したデータの分析とその成果発表は行えているが、意味の変化を深めるためには、自然発生の会話データの収集が必要である。

2021年度活動報告(研究実績の概要)

令和3年度は、Global Signbankに入力した日本手話203語、台湾手話180語、韓国手話119語のうち、数詞および親族表現のみに着目して分析を進めた。地域による表現の違い、形は同じだが各言語によって意味に違いがあるものについて記述し、意味の変化について分析した。分担研究者の菊澤および原と意見を交わし、形の変化と意味の変化について、音声言語と手話言語の共通する点、相違点について明らかにした。また、明らかになったことを「日本手話、台湾手話、韓国手話における語彙の記述とその歴史的変遷―数詞および親族表現に着目して-」のタイトルで、博士論文としてまとめた。博士論文では、形の変化と意味の変化の両方に言及した。他に、”Historical Relationships between Numeral Signs in Japanese Sign Language, South Korean Sign Language and Taiwan SignLanguage”のタイトルで、英語での論文を書き、今年度中に「East Asian Sign Linguistics」の1章として書籍化される予定である。
一方、令和2度に続き、令和3度もコロナ禍において、フィールド調査を殆ど実施することができなかった。そのような中で、90歳の大阪の話者に、古い大阪の手話についてヒアリングをする機会が得られた。文献資料に記載してある古い大阪手話の「祖父」「祖母」の表現と同じものを話者が使っていることがわかり、資料とフィールド調査の表現が一致した。古い大阪手話では両手を使って表すが、現在の「祖父」「祖母」の表現は片手になっている。また、両手で表す「男」の表現がみられ、現韓国手話の「男」と形が同じであること、その意味も共通していることがわかった。現日本手話では、「男」は片手で表現するが、古い大阪手話では、文脈上、両手で表すこともあったのだろう。更なる追加調査が必要とされる。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

コロナ感染拡大防止のため、国内、台湾、韓国におけるフィールドワークを実施することができずにいる。そのため、意味の変化を調査するにあたってのデータ収集を進めることができなかった。そのため、今まで収集したデータを基に、「形」の変化を中心として分析を深め、そこから意味の変化の調査につなげていけるように準備をしている段階である。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

2019年度に行った、Global Signbankを構築しているラドバウド大学のCrasborn氏および研究分担者の原との打合せを受けて、2020度は、Global Signbankへの登録作業を進め、日本手話203語、台湾手話180語、韓国手話119語、計502語を登録した。登録した語彙は、親族表現、数詞表現を始め、地域による表現の違いがある語彙、表現は同じだが各言語によって意味に違いがあると思われる語彙とした。動画と語彙の説明を登録したため、各言語間、および同言語の中でのバリエーションについて比較ができる状態で閲覧できるようになった。
一方、コロナ禍において、本年度はフィールド調査を行うことができなかった。2020年度については、これまでに収集した語彙の整理を行い、一部論文にまとめた。まず、2020年7月に発刊されたMacro and micro-social variation in Asia-Pacific sign languages第6巻第1号に、”Variation in the numeral system of Japanese Sign Language and Taiwan Sign Language: A comparative sociolinguistics study”が掲載された。現在、研究分担者の菊澤、原と意見を交わしながら「日本手話、台湾手話、韓国手話における語彙の記述とその歴史的変遷」をテーマとした学術論文としてまとめているところである。
次年度は、蓄積された基本用語を基にして、今後「意味の変化」について調査を深めていくため、さらに必要なデータ収集に向けて、その内容と収集の方法について検討し、可能な地域からフィールド調査を実施したいと考えている。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

昨年度は、国内、台湾、韓国におけるフィールド調査を行う予定をしていたが、コロナ感染拡大防止のため、フィールド調査は全てキャンセルとなった。そのため、意味の変化を調査するにあたってのデータ収集を行うことができなかった。そのため、これまで蓄積したデータに基づいてGlobal Signbankへの記述を進めている。

2019年度活動報告

6月に、Global Signbankを構築しているラドバウド大学のCrasborn氏および研究分担者の原と、データの登録方法について打合せを行った。データの登録開始に向けて、現在使用されている表現と似ている形をもつ古日本手話のデータ「100語」の抜き出し作業を進めている。古日本手話のデータは、日本手話ファミリーにおいて、形が共通、あるいは類似している表現で、意味が同じものと意味が異なるものを中心に選択している。親族表現、地域変種が明らかな表現を優先に作業を進めている。
本研究の関連として、研究分担者の菊澤と、6月に「Paradigm Leveling in Japanese Sign Language and Related Languages 」のタイトルで執筆した論文が、『Senri Ethnological Studies/Senri Ethnological Studies』に掲載された。パラダイムが部分的に変化したものとパラダイム全体が変化したものについて分け、記述法を用いて語彙の変化のあり方を明らかにした。9月にハンブルク大学で開催された第13回国際手話言語学会において「Numeral Variants and TheirDiachronic Changes in Japanese Sign Language, Taiwan Sign Language and Korean Sign Language」についてのポスター発表を行った。そこで得られた、手話言語学研究者からのフィードバックを参考として、今後の研究に反映させていく。また、「日本手話、台湾手話、韓国手話の二桁から四桁の数の表現における変化―「10」「100」「1000」に着目して―」のタイトルで執筆した論文が、『国立見民族学博物館研究報告44巻3号』に掲載された。次年度は、蓄積された基本用語を基にして、今後「意味の変化」を調査するにあたり必要なデータ収集に向けて、その収集方法について検討していく。