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アフリカの無形文化を対象にした民族誌映画の制作による応用映像人類学的研究(2018-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C)

川瀬慈

目的・内容

本研究の目的は、エチオピアの無形文化を対象にした民族誌映画を事例に、映像を活用した文化保護モデルの構築を目指すことである。近年、無形文化の保護を推進しているUNESCOは、アフリカの無形文化を映像によって記録し活用する方法を推奨している。しかしその記録については、研究者や国際機関が一方向的に行う傾向が強く、現地社会の人々の声が反映されているとは言い難い。さらに、国際機関が掲げる記録・保護すべき無形文化の理念と、地域住民の無形文化に対する認識の間に溝があり、対象地域における映像記録の活用に関する議論が十分に行われていない点が指摘できる。本研究では、UNESCOによる保護すべき「無形文化」について、応用映像人類学的な観点から検討し、今日消滅ないしは著しい変容を強いられているアフリカの無形文化を対象にした望ましい映画制作・活用の指針を示す。

活動内容

2023年度実施計画

2022年度事業継続中

2022年度活動報告(研究実績の概要)

2022年度は5月から6月にかけてエチオピア首都のアジスアベバ、ハヤフレット地区においてフィールドワークを行い、エチオピア北部出身の世襲の音楽職能集団アズマリの音楽活動の映像記録を行った。特に、歌い手と聴衆の即興詩を通した掛け合い(歌われた内容は、新型コロナウィルスの世界的な蔓延から、ティグライ人民解放戦線と政府軍の争いをはじめとするエチオピア国内の戦争、過去、現在のエチオピア首相に対する批判、大エチオピア・ルネサンスダム建設をめぐるエジプト、スーダンとエチオピアの外交摩擦に至る)に着目して撮影し、記録映画『吟遊詩人-声の饗宴-』(撮影、編集、監督・監修:川瀬慈)を制作した。
本作は12月に新宿ケイズシネマにおいて開催された東京ドキュメンタリー映画祭2022の人類学・民俗映像部門に入選するとともに、準グランプリを受賞し、高い評価を得た。本作については、拙作民族誌映画の被写体との視聴を通したディスカッション部分をとりいれつつ、編集をすすめ、国際民族誌映画祭の各種コンペティション部門への出品を開始していく予定である。3月には、共編者としてかかわった書籍『拡張するイメージ─人類学とアートの境界なき探究』を亜紀書房より出版した。アート、人類学、それぞれの領域が融合する場所で、イメージの可能性を考え、探求する11人の研究者による調査研究、制作、展示をめぐる実践と思考をまとめた。私自身は制作した研究映像を含む、イメージが人々に喚起する力を考察する論考「イメージの吟遊詩人」を本著のなかで発表した。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

長かったパンデミック期間がほぼ終わりを迎え、アフリカ現地でのフィールドワークが可能となり、映画制作、著述活動、出版を順調にすすめることができた。
特に記録映画『吟遊詩人-声の饗宴-』(撮影、編集、監督・監修:川瀬慈)を発表し、東京ドキュメンタリー映画祭2022人類学・民俗映像部門において入選すると同時に準グランプリを受賞したこと、書籍『拡張するイメージ─人類学とアートの境界なき探究』(亜紀書房)を出版したことは2022年度の成果であったといえる。以上を踏まえると、本研究課題はおおむね順調に進展しているといえる。

2021年度活動報告(研究実績の概要)

令和3年度も、新型コロナウィルスの世界的な蔓延の影響を受け、当初予定していた海外における調査を行うことができなかったが、研究課題に関連する著作の執筆・刊行や、これまで制作したアフリカの芸能や儀礼をテーマにした民族誌映画の発表を、オンライン環境も含めて積極的に行い、研究関心を共有する国内外の関係者と研究課題に関する意見交換を継続した。同時に、将来にむけての国際共同研究のアイデアについて海外の映像人類学者と協議した。第4回東京ドキュメンタリー映画祭の人類学・民俗学部門において、拙作民族誌映画『アシェンダ!エチオピア北部地域社会の女性のお祭り』が入選し、公開され、大阪Isao Bldg Projectにて上映討論会『日本とアフリカの地平から芸能を考えるー川瀬慈・映像作品特集上映ー』が開催され、アフリカの芸能をテーマに制作した過去の作品が公開された。また、Community of Audio-visual and Hybrid Media Anthropology of Iranによる招待を受け、アフリカの芸能の映像記録方法論についての講演をオンラインで行った。これらの機会では、政府の文化政策のなかで大きく変容するアフリカ地域社会の芸能の現状や、その記録方法、記録映像の活用方法をめぐって、幅広い観点から視聴者と議論することができた。令和3年度はまた、「民族誌映画の革新的制作を通したアフリカ地域研究の新分野開拓」を対象に第36回大同生命地域研究奨励賞を受賞した。同時に、科研費による研究成果として刊行した著作『エチオピア高原の吟遊詩人 うたに生きる者たち』(音楽之友社、2020年)によって、第34回サントリー学芸賞を受賞した。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

世界的なパンデミックの影響が続いた影響で、アフリカ現地でのフィールドワークを断念するなど、すべて計画通りに研究がすすんだわけではない。しかしながら、研究テーマに関連する著作の執筆・刊行や、これまで制作したアフリカの芸能や儀礼をテーマにした民族誌映画の発表を、対面、オンライン両方において複数の機会で行い、研究関心を共有する研究者との意見交換を重ね、自身の研究プロジェクトの深化をはかることができた。さらに将来的な国際共同研究のアイデアについても構想を練ることができた。以上より、進捗状況についてはおおむね順調、と判断する。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

令和2年度は、新型コロナウィルスの世界的な蔓延の影響で当初予定していた海外における調査を行うことができなかった。しかしながら、本研究課題に関連する複数の著作を執筆し、発表することができた。代表的な刊行物としては単著『エチオピア高原の吟遊詩人 うたに生きる者たち』(音楽之友社)が挙げられる。本書では、エチオピア北部の地域社会において音楽・芸能を生業とする職能集団アズマリ、ラリベラの活動の歴史的変遷、地域社会の様々な場面における活動の様子、および当集団を対象にした報告者自身による映像記録をめぐる創意工夫、さらに完成した作品が各国で巻き起こした議論について報告した。本書の後半部にはQRコードを付し、報告者が制作した4本の民族誌映画作品(本書で扱った職能集団のエチオピア北部地域社会における活動を記録した作品)と書籍を連動させる試みを行った。
大阪の映画館シアターセブンにおいて9月に開催された東京ドキュメンタリー映画祭in大阪においては、アフリカ無形文化をテーマに報告者が制作した3本の民族誌映画を発表した。また、研究集会The Image Making from Africa-Perspectives from Visual Anthropology-を主宰者として企画し、東京外国語大学や日本アフリカ学会の協力のもと、6月と3月にオンラインで開催した。本会では、マリ、カメルーン、エチオピアの映像人類学者、映像作家とともに彼ら/彼女たちが制作した研究映像を視聴し「人類学的な映像記録とは何か?」について密な議論を行った。報告者はさらに、12月に開催された文化遺産国際協力コンソーシアムにて「アフリカ無形文化の記録をめぐる課題」について報告し、アフリカで長年調査を行う人類学者やJICA関係者等と報告者の研究課題に関する意見交換を行っ
た。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

令和2年度は本来、、国際的な文化遺産保護をめぐる世論や、学術的な議論の動向を踏まえながら、 アフリカの無形文化保護を推進する国際機関、行政機関において映像データの管理、分類に関する調査を実施し、関連資料(計画書や報告書)の収集を行うことを計画していた。しかしながら新型コロナウィルスの世界的な蔓延のため、当初の予定通りの調査を行うことがかなわなかった。しかしそのような状況の中、zoomを活用し、各国の学者や、行政関係者と公式、非公式のオンライン会合を開き、文化遺産保護や、民族誌映画の方法論に関わる意見交換をすることができた。

2019年度活動報告

2019年度は、8月にエチオピア北部でのフィールドワークを行い、エチオピアの無形文化を対象にした映像記録に携わる現地の人類学者、民族音楽学者や映像作家にインタビューを行うことができた。そこでは、現地の研究者、関係者による無形文化を対象とした映画制作の目的やアプローチ、撮影・編集における具体的な創意工夫について情報を収集することができた。さらに、彼ら、彼女たちの作品や記録がアジスアベバ、メケレ、ゴンダール、あるいはエチオピア国外の博物館やアーカイブ等でいかに活用されているかについても調べることができた。
2019年度は、研究成果として、研究課題に関連する2本の論文、1冊の編著、そして1本の民族誌映画を公開することができた。さらに、12月に東京において行われた第2回東京ドキュメンタリー映画祭・川瀬慈特集《エチオピアの芸能・音楽・憑依儀礼》において、過去に制作したアフリカ無形文化に関する映画3本を発表し、映像人類学や、アフリカの無形文化に関心を持つ研究者と記録の方法論に関して議論することができた。年度末の新型コロナウィルスの世界的な蔓延による研究計画の若干の変更等はあったが、アフリカ、欧米の研究者とオンラインを通した意見交換を積極的に行い、貴重な情報を収集することができた。今後、これらのデータを分析し、エチオピア、ひいてはアフリカの無形文化記録に携わる各国の研究者の視点や方法論と比較検討し、考察し論文にまとめていきたい。

2018年度活動報告

平成30年度はアフリカ現地でのフィールドワーク、出版、国際会議の企画、実行等、インプット、アウトプット両面を積極的に行うことができた。
まず、8月のエチオピア北部でのフィールドワークにおいて、ティグレイ州メケレで活動を行うゴンダール出身のアズマリ、ムカット・ムルカン氏による演奏活動を映像記録した。特に、結婚式をはじめとする祝祭儀礼の場における地域社会の人々と芸能者の相互行為について詳細に記録できた。今後編集を行い民族誌映画を制作する。
出版関係では、世界思想社より、単著『ストリートの精霊たち』を出版した。本書は、これまで川瀬が民族誌映画による記録の対象としてきたエチオピア北部の芸能者等と川瀬との交流や関係性の変化を主なテーマとしている。平成30年度は、川瀬が制作した過去の民族誌映画の上映と本書の解説を組み合わせる形で、各地で上映、講演活動を繰り広げた。
10月の国際エチオピア学会研究大会(於:エチオピア、メケレ大学)では、エチオピア無形文化の人類学的な映像記録をテーマにした民族誌映画上映プログラムを主宰者として企画、実行した。本プログラムでは、エチオピア、ドイツ、米国、ノルウェーの映像人類学者とともに、互いの学術映像の視点、アプローチ、さらには作品の保管や活用のありかたについて、2日間にわたり、密に議論できた。また12月には、第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館展示を担当する人類学者等とともに京都人類学研究会・季節例会シンポジウム『人類学とアートの協働』を開催した。本シンポジウムでは、制作実践に基軸をおいた文化人類学者、アーティスト、キュレーター間の領域横断的な議論を行い、人類学な映像制作実践におけるアートの語法の援用について意見交換できた。